6話 オカルト同盟

「いやぁ、いいもの見せてもらったよー。まさか、神に手をあげる人間がいるとはね。」


 声の主を探すように見上げると、木の上に人影あった。顔はよく見えないが、声からして女だろうか。


「水さすなや。クソアマ。」


「あっはは。あんた……誰に向かって口聞いてんの?」

 

 あ、と声を発した頃には、人影は二十メートルある高さから飛び降りていた。


 ——この高さじゃ助からない。


 地面に衝突する様を見届けたくなくて、目を逸らしたが、鈍い音も悲鳴も聞こえなかった。

 恐る恐る目を開くと、これまた現世離れした和装メイドのような衣裳に身を包んだ少女が凛と佇んでいる。

 そのまま少女は蔓に拘束された男に近づくと、グイ、と胸ぐらを掴んだ。

 表情は見えないが、その小さな背中から放たれるオーラは圧倒的だった。


「年増が。いい加減その格好キツいで。」


 聞き間違いでなければ、男は少女にそう言い放っていた。少女の見た目は俺と同じくらいか、それより幼く感じたが、実年齢は違うのだろうか。


「あんたさ、やっぱ痛い目見ないとわかんない? あとから生まれた癖に、何でそんなに偉そうなの?」


「関係ないやろ。早よ解かんかい。」


 少女はため息を吐くと、スカートのフリルを揺らしながら男に背を向けこっちにやってきた。


「君、名前は?」


 ニコニコと微笑を浮かべているはずなのに、レースのついた眼帯で片目が隠れているせいで、不気味さが勝った。緑を基調とした和装は、山によく馴染んでいた。

 男とはまた違ったデザインの服装だった。


高天野たかまの理玖りく。」


「リクくんね。リクくんは、どうして神様を信じてないの?」


 少女は屈託のない顔で質問した。痛みでそれどころではなかったが、何をされるかわからない状況で黙るのは得策とは思えなかった。


「……見たことないし、助けてくれたこともない、から。」


「なるほどねー。じゃあ、私が助けてあげよう!」


「おい、年増、おどれ人間の味方するんけ。」


 人差し指を立てて楽しそうにはしゃぐ少女の後ろで、男は不満そうな声を飛ばした。


「なんか勘違いしてない? どっちの味方とかないから。ただ面白い方につくだけ。」


 痛みでだんだんと意識が朦朧としてくる中で、少女と男は言い争いを続けた。会話の内容まではわからないが、高い声と低い声が交互に聞こえた。

 ただ、一時的だが死なずに済んだ事実に安心すると、意識が闇に溶け落ちた。


 ——次に目を覚ました際にはすっかり陽が沈んでいた。状況を整理するように月明かりを頼りに身辺を確認した。

 

「あれ、手が。」


 記憶が正しければ俺の右手は狐の耳を生やした怪しい男に折られたはずだった。それが手首を回しても微塵も痛まなかった。


「夢、見てたのか。」


 だとしたら悪夢だ。神を名乗る存在にカレーパンをたかられ、祖母の形見を投げられ——。


「あ、鈴。」


 ハッとして服の上から身体を触ると、胸ポケットからりんっと軽やかな音が鳴った。

 鈴をつまんで取り出してみても、特に目立った傷はなかった。ほっと一安心すると、手をついてゆっくりと立ち上がった。ふと振り返った先に佇む祠も、来たときとなんら変わらない、古びたものだった。


 ——でもまあ、触らないに越したことないよな。


 半ば逃げるように、その祠に背を向けて山を駆け降りた。よく眠っていたからか、暗闇の中でも夜目が利いた。ポケットに入れた鈴が、走るテンポに合わせてリンリンと音を奏でている。

 

 ——あれは全部夢だったんだ。


 そう理解すると、怖いものは何もなかった。むしろ悪夢から醒めたことにより、頭はスッキリとしていた。

 少しだけ晴れた気持ちでカエルの鳴く田んぼ道を駆け抜けた。

 

 頭の包帯や頬のガーゼがなくなっていたのは、家に帰ってからのことだった。


 * * *


 ——いや、やっぱりおかしいよな。


 形見の鈴を指先で転がしながら昨日あったことを思い出す。

 昨日の出来事は夢だと結論づけられても、さすがに不良グループに首を突っ込んだ際の出来事は夢とは思えなかった。頭突かれた際の額の傷も、相手を殴ったときにできた右手の傷も、尻餅をついてできた青あざも綺麗さっぱり無くなっていた。あとは食べ損ねたはずのカレーパンも。


「俺、昨日包帯巻いてたよな。」


 こんな話をできる友達もおらず、仕方なくカンナビに尋ねた。


「……高天野くん。つかれてる?」


「ああ、昨日ちょっと寝れなくて。」


 込み上げるあくびを噛み殺すことができず、目尻に涙が浮かんだ。

 いやまあそうだよな。相変わらず一切表情を変えないカンナビだからこそ、どストレートに返されると居た堪れなかった。

 心軽やかな気分で家に帰ったのに、風呂で自分の体の違和感に気がつくと、結局一睡もできなかった。目を擦って机に突っ伏すと、いつもの倍重力がかかったような感覚に体を起こすことはできなかった。


「動かないでね。」


 右隣でそう呟く声が聞こえてふと横目に見ると、どこから取り出したのか、カンナビは棒状の鉄塊を取り出して先端を俺の方に向けていた。


「お前、何して。」


「大丈夫、ちゃんと祓えると思うから。多分。」


 カンナビの目線の先は、俺を見透かして後ろをとらえているようだった。視線の先を追って振り返ると、


「なんや、君も見えんの?」


 びっくりしてガタンと音を立てて立ち上がった。衝撃で転けそうな机を押さえながら、声の主から目を離せなかった。


「え、夢じゃない……?」


 白銀の髪も、ピクリと動く大きな狐耳も、浅葱色の和装も見覚えがある。

 男は器用に教室の窓枠に腰掛けたまま無心でこちらを眺めていた。


「人型の妖異は初めてだけど、頑張ってみる。」


 カンナビは戦闘態勢をとるように棒を構えた。

 視線を感じて辺りを見渡すと、教室にいる全生徒が俺とカンナビの奇行の様子を伺っている。


「なに、あいつらオカルト同盟でも組んだの?」


 ヒソヒソと伝わる淀んだ空気に、心臓が早鐘を打った。全員が可哀想なものを見る目をしている。


「違う、俺はオカルトなんて、」


「天につく玉、地につく玉、人に宿る玉——」


 カンナビが詠唱のようなものを唱え始めると、あたりの空気がピリつくような感覚がした。比喩ではなく、本当に、窓ガラスが震え、机もガタガタと音を立てるような、そんな現象が起こる。

 窓枠に器用に腰をかける男は頬杖をついたまま、動こうとしなかった。

 超常現象なんて信じていない。カミサマなんているはずない。それなのに、この現状を説明するには、神威的な言葉を借りるしかなさそうだった。


、何してるの?」


 ——二人?


 誰かに投げかけられた嘲笑の言葉に、引っかかった。俺たちに視線は釘付けになっているものの、誰一人和装の変質者の姿を捉えていないようだった。

 だからか、教室内に緊張感は漂っていなかった。

 ポケットに鈴を入れ、同級生にオカルト同盟を組んだという誤解を解くより先に、カンナビの細腕と、男の和服の裾を掴んで、強引に教室の外へ連れ出した。

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