4話 供物
「……お年玉崩して弁償します。すんません。」
正直それしか方法がなかった。俺自身、カミサマへの信仰心がないし、直そうにもやり方がわからない。ここは、祠を壊したことに対しては、素直に謝って許してもらうしかなさそうだ。
「はぁ、そんなんで直るかい。」
「え。」
——困ったな。
この男が何を望んでいるのか、皆目見当もつかない。壊してしまったのは悪いと思っているが、今の自分には謝罪以外に差し出せるものがなかった。
「捧げモンは?」
「……ないです。」
捧げ物? 供物のことだろうか。捧げ物どころか、お守りの一つすら持っていない。
「は、ここに来んのに何も用意しとらんの? 信仰ないん?」
「すんません。俺、カミサマ信じてなくて。」
正直に言ったら怒られるだろうか。ただこれ以上詰め寄られても、何も返せない。
「なんや、自分ここのモンちゃうんか。」
「まあ、はい。他所から来ました。」
「ほなもうええわ。帰り。」
あっさりと帰りを促されるとは思わず、拍子抜けした。先ほどのアヤカシ云々の話は何だったんだろうか。ハッタリ? はたまた、信仰者に向けた脅しのようなものだったのか。
「逆に良かったやん。さっさとこの村出ていけば、自分だけ助かるで。」
「俺だけ?」
問いかけに対して男は先ほどの怪訝な顔から、口に三日月を浮かべて嘲笑した。
「解き放たれた妖……今風に言うと妖異か。あいつらは畑を荒らす。それだけやない、山にも川にも悪さしよる。あいつら破壊しか頭にないからな。いずれ人にも危害を加える。
そんなとんでもないバケモン閉じ込めとった祠を壊した。自分でもわこうとるように人一人がなんやできるようなもんちゃう。妖異はだんだんこの村を蝕んで、人なんか住めんなる。その前に、引っ越せばええねん。」
「そんなことできるわけ——」
「なんで? 神も信じとらん、この村のことも知らん奴が気にする話ちゃうやろ。」
別にカミサマやタタリを信じているわけじゃない。この村で育ったわけでもないし、微塵も信仰なんてしていないけれど、それでも祖母が住んでいた村だ。辛かったあの頃に、唯一拠り所となった地だ。無くなってほしいとは思わない。
「俺のせいでこの村が無くなったらきっと後悔すると思うんです。だからその、できれば何とかしたいんですけど……祠を直したり、村の退廃を止める方法はないんですか?」
「わがままやなぁ。信仰のないあほんだらに、何で神が協力せなあかんねん。厚かましいにも程があるで自分。」
「じゃあどうやってカミサマに頼めばいいんですか。」
カミサマがいると仮定して話を進める。でなければこの男との会話はずっと平行線のように思えた。
「どうって、せやな。祈祷で腹は膨れんし、捧げモンも一日分やったら割に合わん。まあ神器があればしばけんこともないか? でもあれどこなおしたっけ。」
半ば独り言のように語る男を不審に思っていると、ある違和感が芽生えた。鏡のように凪いだ水面に、水が一滴落ちたような些細な乱れ。普通ならそこまで気に留めるようなことではないが、状況が状況だった。
それでも気のせいだと思いたくて、男の言葉に耳を傾け続けた。
「まああれや、捧げモンと神器があれば妖異を祓えんこともない。やるかやらんかは俺の気分次第や。」
その違和感が確信に変わる。
「なんかその、まるで自分がカミサマみたいな言い方ですね。」
「だって、オレ神やもん。」
「は。」
目の前の男は頭に生えた耳をひくつかせた。
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