第5話 落書き
翌日。
私が奇異や敵意の込められた視線を無視しながら教室にたどり着くと……クラスメイトのほとんどが私を見た。
警戒や興味といった感情は珍しくもないけれど、ところどころ同情が込められているような?
まぁいいやと特に気にすることなく自分の机へと向かう。歩くだけで人混みが割れるのは楽なような悲しいような。
そうして私が自分の机にたどり着くと――気がついた。
私の机、落書きされとるやん。
太い黒字で『魔族死ね!』とか『帰れ!』とか『汚らわしい』とか。なんというか、罵倒するにしてももうちょっとバリエーションが欲しいところだ。
というかこの世界にサインペンなんてものはないはずなので……羽根ペン用のインクに指を浸して書いたのだろうか? なんという手間暇を。
いやどうせ連れてきたメイドか執事に命令してやらせたのだろうから、貴族令嬢(あるいは令息)的には手間が掛かろうがどうでもいいのか。
さーて。ここで人間なら落書きを消すのに苦労するところだ。……というか、少し離れた場所にいる聖女ちゃんは実際苦労している。彼女も私と同じように落書きされたみたいで、一生懸命机をこすって字を消そうとしているのだ。
う~む、魔族なら『浄化』の魔法で一発なんだけどね。私としても落書きだらけの机よりは綺麗な机の方が勉学に対するやる気が出そうなので、さっさと消してしまいましょう。
というわけで私が魔紋の一つに魔力を流し、無詠唱で『浄化』の魔法を発動しようとしていると、
「――あら、お可哀想に」
なにやら声が掛けられた。文面だけ見れば同情しているのに、声質は嘲っている感じがする。
一旦魔法の発動は中止して、声のした方を向く。
そこにいたのは――ドリルだった。
いや違った。髪をドリルのようにカールさせた金髪美少女が立っていた。
金髪縦ロール。
キツい目つき。
ど派手な赤いドレス。
だけどもとっても美人さん。
なんというか、前世でのテンプレっぽい『悪役令嬢』だ。
この大人びた雰囲気、とても15歳とは思えないわ。下手すれば18歳の私よりも大人っぽいのでは?
そんな悪役令嬢さん(仮)はちらりと私の机を見て、小さく鼻を鳴らした。
「やはり魔族がこの学園に通うのは無理がありますわね。さっさと国に帰った方がよろしいのではなくて?」
ものすっごく悪い顔をする悪役令嬢(仮)さん。後ろにいる取り巻き令嬢も『可哀想ー』とばかりに扇子で顔を隠している。
これは、あれかな? 悪役令嬢(あるいはその取り巻き)が私の机に落書きをしましたーという、よくある展開だろうか?
「あ、はぁ。ご忠告ありがとうございます?」
私がとりあえず頭を下げると、悪役令嬢(仮)さんはぽかんとした顔をして、次いで、みるみるうちに顔を赤くしていった。
「まぁ! 何と不躾な!」
「公爵家令嬢であるミライア様に対して、なんて失礼な物言いかしら!」
「やはり魔族の方は最低限の礼儀もご存じないようね!」
取り巻き令嬢さんたちが怒りで顔を赤くしながら糾弾してくる。いや私魔族の平民という設定なのでー。人間貴族の礼儀とか知らないことになっているんすわー。
「――何の騒ぎだい?」
と、今教室に入ってきたらしい王太子とその取り巻きたちがこちらに近づいてきた。
「おや、ミライア嬢。また何かやったのですか?」
王太子の取り巻きらしき男子生徒がそう糾弾してくる。この距離だと(私たちの身体が邪魔をして)机の落書きは見えてないはずだけど、『またなにかやった』と口にするってことは、それだけやらかしているのだろうかこの悪役令嬢(仮)は?
「で、殿下……」
バツの悪そうな顔をする悪役令嬢(仮)ことミライアちゃん。
あー、これ、机の落書きを見られたら面倒くさそうだなぁ。なにせこの王太子は『差別しないようにしましょう!』と挨拶した人だし。大声で落書き犯を糾弾しそうだ。自分の発言の重さとか、相手の実家の影響力とか、派閥とかを丸っと無視して。そして私は確実に巻き込まれる。
……よし。
私はすべて
魔紋に魔力を流し、
ほんの一瞬だけ机が光り、次の瞬間には落書きは綺麗さっぱり消え失せていた。私の机と、聖女ちゃんの机のものもね。
「な、」
机から落書きが消えたことに気づいた人たちが騒ぎ出す。
「…………」
私の仕業だと察したのかミライアちゃんが訝しげな目でこちらを見てきたので、軽く微笑みながら手を振っておいたのだった。
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