第2話 入学式


 なんやかんやで入学式当日。

 私は≪魔王≫として何度かフューリアス王国に足を運んだことがあるので、素顔のまま学園に通うと正体がばれてしまう可能性がある。


 なので≪認識阻害≫の魔術が込められた丸眼鏡をかけて正体を隠していたのだけれども……新入生が集まった講堂で、私はさっそく注目を集めてしまっていた。周りの生徒たちからひそひそと『魔族よ』、『なんて汚らわしい』といった感じの影口を囁かれてしまっている。


 人と魔族の外見的な違いはほとんどない。人間の物語でよく描写されるような黒い翼なんてないし、頭から角も生えていない。


 強いて異なる点を挙げるなら≪銀髪≫が人間より魔族の方が多いってことと――魔族の場合、身体のどこかに≪魔紋≫が浮き出ていることだ。


 この魔紋というのは生まれつき刻まれている入れ墨みたいなもので、保有魔力が多いほど数が多く、複雑な形になるといわれている。


 魔紋には『魔術式を記録させることができる』という特徴があるので、たとえば呪文詠唱に30分かかるような大規模魔術も一瞬で起動させることも可能となる。


 人間よりも遙かに数が少ない魔族が版図を奪われなかった理由がこれね。人間を超える魔術巧者であると。


 ちなみに私の身体の魔紋は大部分を制服で隠すことができるけど、両手の甲はそうもいかないので不便と言えば不便ではある。


 まぁ、手袋をすれば隠せるし、手袋さえすれば(銀髪は珍しいとはいえ)一目で魔族だとバレることはないはずだった。


 だというのに何で魔族だと注目されているかというと……つい、うっかり、手袋をしてくるのを忘れてしまったためだ。つまり手の甲の魔紋がフルオープンである。


 てへっ、失敗しちゃった♪ だってしょうがないじゃん普段は手袋なんてしないのだし♪


 ……なにやらここにいないはずの宰相から『ぶりっ子ぶらないでください恥ずかしい』との辛辣なツッコミをもらった気がするけれど、気のせいだと信じたい。まさか遠見の魔術で監視してたりしないわよね?


 と、宰相の使い魔(赤い小鳥ver.)がわざわざ姿を消してやってきて、私に手袋を渡してくれた。やはり見ていたらしい。


 もう魔族だとバレてしまったのだから手遅れな気もするけれど、まぁせっかく持ってきてくれたのだしと手袋をする私である。


 と、周囲の生徒がざわめき、視線を私から入り口へと向けた。


 講堂に入ってきたのは人間にしては珍しい銀髪を肩口で切りそろえた少女。……髪が長い貴族子女ばかりのこの学園で『ショートカット』もまた珍しさに拍車を掛けていた。


(わぁ、すっごい美少女)


 思わずため息をついてしまう。私も美少女だという自覚があるけど、あの子はもう別格って感じだ。前世でよくやっていた乙女ゲームのヒロインがリアルにいたらあんな美少女なんじゃなかろうか?


 銀色の髪は私のものより白が強い感じがして、どちらかというと白銀色と呼んだ方がいいかもしれない。


 目元は心根の優しさを現すように穏やかに垂れ下がっているけれど、蒼海のような瞳は意志の強さを示すように光り輝いていた。


 日焼けとは無縁の肌は前の世界にあった白磁がごとく。その圧倒的な白さの中にあって鮮やかに主張するのは朱色の唇。目や鼻のバランスはもちろんのこと、眉毛から耳に至るまですべてが『美しい』と表したくなる圧倒的美少女だった。


 魔族である私でも心奪われる彼女の姿は、当然のことながら人族も話題に上げずにはいられないようだった。……良くも悪くも。



『おお、聖女様だ』

『なんて美しい』

『心の優しさが顔にまで表れているかのようだ』


『……ふん、平民のくせに』

『学もない女を入学させるなんて……』

『あの顔でどれだけの男をたらし込んできたのかしら?』



 周囲の反応を見るからに肯定的な意見と批点的な意見は半々ってところ。……見事に男女で肯否が別れているのは笑っていいところかしら? やっぱり男って可愛い女に弱いのねー。


(しっかし、あれが噂の≪聖女様≫なのね)


 数ヶ月前、フューリアス王国で聖女が認定されたという情報は掴んでいた。


 いわく、聖なる魔法を操る唯一の人物。

 いわく、聖なる魔法は魔族に多大なる効果がある。


 それが本当であるならば魔族にとっては天敵なので真偽を調べようとはしたのだけど……結局は姿絵(似顔絵)すら入手できなかったのよね。


 もちろん魔族の性格的に『チマチマとした情報収集』が苦手であったのでろくな諜報機関がなかったのが失敗の理由だし、友好国になったフューリアス王国相手に本格的な諜報戦を仕掛けられなかったというものある。


 けれど、王国も必死に隠したからこそ姿絵すら入手できなかったことも事実。


 はたしてそれが本当に『魔族に対する最終兵器』だから隠したのか、あるいは、それが嘘だとばれると交渉材料にならないから隠していたのか……。


 あの王様(狸オヤジ)だとどっちでもおかしくはないのよねぇ。『こっちには魔族に強い聖女がいるんだぞ』ってハッタリかまして交渉を有利に進めようとするなんて平気でやって来そうだし。


 腹が黒い人間って嫌ねぇと私が考えていると――在校生挨拶が始まると教師が教えてくれた。


 新入生からの注目を一身に受けて壇上に上がったのは見目麗しい男子生徒。


 和平交渉の時に≪魔王≫として挨拶をした覚えがある。まぁあのときの私は正装のローブで顔を隠していたし、今は地味な丸眼鏡系女子を演じているのであっちは分からないだろうけど。



 ――ウェイス・ディ・フューリアス。



 フューリアス王国この国の王太子だ。







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