第13話 風俗



 みどりとあおがうちに来るようになってしばらくすると二人の父親が昼間に訪れてきた。どうやら二人から最近うちで時間を潰していることを聞いてそれを確かめに来たらしかった。


 白いシャツは元々の白さではなかったし、シャツにプリントされた絵は彼の年齢や印象からかけ離れたデザインで適当に選ばれた服という事が一目でわかる。

 この年齢の男性はもっと自分を大事にして小奇麗にしている物なのだろうがシングルファーザーの彼はそこまで手が回らないのかもしれない。


 表情も相変わらず冴えず、疲れた重たい表情でしきりに頭を下げる卑屈なその姿を見ていると苛つきに似た同情心で胸がつかえるような重苦しい気持ちになった。 

 そしてこういう時に他人からただ優しくて意味のない言葉をかけられることはさらにこの人の劣等感を増してしまうという事はなんとなく今までの経験で知っていた。

 


「私としては二人が自発的にこの店に来てくれて手伝ってくれることが嬉しいと思っていたんですけどお父様が気分が悪い思いをされるのならば仕方がありません。 

 だけどそれはあなた方家庭の問題です。そちらから二人にもうここには来て欲しくないという事を話してもらえますか。」



 そう言うとその父親は暗い顔をして静かに帰って行った。

 それは若かった頃によくつるんでいた仲間を父親が嫌い、あそこの子供とはもう付き合うなと言われたことを思い出した。

 親にはそれを言う権利がある。それを聞くかどうかは子供の判断ではあるがいろんな事情や周りの評判を聞いて親が子供を守ろうとすることは自然な行為だった。

 それを否定することは誰もしてはいけない。


 しかしそんなことがあった次の日もみどりとあおは何も変わらずにうちの店を訪れた。家庭でどのような話し合いがなされたかはこちらからは伺い知れなかった。

 それからは時々みどりとあおの父親が手土産を持って開店前の店を訪れるようになった。その表情が前より少しずつ明るくなり服装も少しずつあか抜けたように思えてなんとなくほっとした。


 みどりは相変わらずこの店のトイレの掃除を続けていたが商店街の公衆トイレも兼ているので不特定多数の人が利用すると時にはとてもマナーの悪い利用客もいる。

 みどりが掃除したすぐ後に乱暴な使い方をして汚されたりすると怒りさえ覚えた。


 そして今日、みどりの父親に許可をもらってトイレ掃除をしているみどりの後ろ姿の写真をトイレに張ってみた。そうすることでトイレを使う人が少しでも掃除する人のことを意識してもらえるのではないかというアイデアだった。

 みどりの写真の下にいつも掃除をしてくれてありがとうございますというメッセージと商店街組合の名前を入れた。


 ジホがトイレに入りそのメッセージと写真を見つけた。



「自分の家のトイレを掃除するのも嫌なのに誰かわからないやつが汚したトイレを掃除するというのはとても勇気がいる仕事だろうな。

 これからはどこのトイレを使う時もその事を思い出しそうだよ。」



 ジホはみどりとあおに会ったことはないが二人の間では頻繁に話題に出た。

 ジホはこの兄弟の話を聞くのが好きだった。みどりとあおがどんな子供でどんな事に興味があるかを詳しく私から聞きたがった。だけどその父親の事は聞きたがらなかった。



「そうだ。みどりとあおのお父さんから貰ったお菓子があるけど食べてみる?」



 ジホはいらないと言って自分でワインをグラスに注いで一気に飲み干し、次の瞬間、私の手を握ろうとした。その一瞬の動きを見逃さずに手の位置をずらした。



「午後は何してたの?」



 そう聞いたのは書店で会った時、いつもの彼の服装とは少し違うと感じていたからだ。その瞬間、ジホに動揺が走ったのがわかった。

 しばらく答えを待ったがジホは何も言わなかった。


 ジホは嘘をつかない。感情が驚くほど素直な人間だ。だから都合が悪くなると黙ってしまう。例の彼女かもしれないと思い、それ以上その話題に触れないように気を付けた。


 しかししばらく沈黙の後、唐突にジホが答えた。



「ごめん。風俗に行った。」



 えっと思った。

 もしかしたらそれが小さく声に出してしまっていたかもしれなかった。

 

 私が何も言わずにいると



「ごめん。」



ともう一度言って私の左手を両手で包むように強く握った。自分の動揺が相手の手に伝わらないように細心の注意を払った。

 


「なんで謝るの。私には関係ない事だからわざわざ言わなくてもいいし、謝ることはもっとおかしいわ。この際だから言わなくてもいいことかもしれないけど私の考えていることを話すわ。」



 前回のようにジホに押し流される形にはならないようにしっかりと意思を持ってジホの手を引きはがした。



「正直言うとあなたにこんなふうに手を握られることがどういう事を意味するのかを考える事さえ煩わしいの。私は私たちがこの先、男女の関係になる期待はしていないし、そんなふわふわとした頼りない関係よりも今のこの正直な感情をぶつけられる友人としての関係の方がずっと頼もしく感じられるわ。

 そして私は自分の人生の大事な決定を人に無理やり強いられることが我慢ならないの。いつでも私が自分で選択をしてその責任も自分で取りたいの。

 だからこの前、あなたに手を握られて何もできなかった時も自分の意思がそこになかったことに自分自身に心底がっかりした。 

 あなたは大人になって初めてできた男友達で世間的には歪な関係に見えるかもしれないけど私にとってはこの時間がかけがえのない大切な時間なの。だからこのことであなたと距離ができたりもしたくないし、お互い気持ちよく付き合うためにもこういう話は一度しておいた方がいいと思っていたの。

 もし私が最初からあなたを男性として見ていたのなら私の過去のいろいろな恥ずかしい話なんか絶対にしなかったはずだし、最初の段階からきちんとわかりやすい手順を踏んであなたにその事を伝えたはずよ。

 性別を抜きにして純粋に人として付き合っていきたいと思ったからこそ私も包み隠さず本音ですべてをしゃべったの。

 もし、その事を踏まえたうえでもさらに手を握ると言う行為が必要な時は友達として受け入れるわよ。」



「それでいいよ。ただ隣に座って手を握りたいと思っているだけだから。」



「じゃあ私がしたいと思っていないことを無理やりしようとは夢にも思わないでね。」


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