それぞれのやり方
5
私は全てを覚えています。
私の全てだったあの声を。
あの声に従うのはとても心地が好いものでした。何でもわかった気になれました。
私の隣にも、あの声に従う色が二つありました。共に成長し、協力し合う関係でした。
しかし、それは幻想だったとあとになって気付きました。
隣にいた二つの色に、理解などなかったのです。なにも考えず、なにも思わずに色を塗っているだけでした。
それが普通なのです。最初の記憶なんて、普通は忘れてしまうものですから。
私の方が異常。例外。秩序から最も遠い存在。
白と黒の景色から逃れた時、私の世界は裏返りました。
色彩を理解し、新たな景色も得ました。今度こそ理解される、共感ができると思いました。
しかし、それは妄想だったとあとになって気付きました。
私は色のある世界ですら異物だったのです。
私の心が安らぐ居場所はもうどこにもありません。
私と一緒にいる限り、他の皆も同様でしょう。
皆は、あの声に反抗するつもりでいるようでした。
私と出処の同じあの子たちは、あの声に逆らえません。今は、まだ。
でもきっと、いつか自身の足で立てるようになるはずです。その時になれば、私は適当な理由を付けてあの子たちのもとを去りましょう。
私は全てを覚えています。
全てを抱いて、私は眠ります。
6
砂漠の一角に、細い首を伸ばした塔があります。
一見すればそこかしこに散らばったただの樹木ですが、周囲のいかなる色彩をも寄せ付けない灰色の佇まいは箱庭から落ちた空想の遺跡でないことを示しています。葉はありません。空からのしかかる重力を支えるように、あるいは虚空を掴む手のように、渇いた先端を露わにした千枝が天に向かって広がっているばかりです。
塔の内部は螺旋状の階段になっています。細い幅と急な段差は、誰かが迷い込んでも頂上まで上る意欲を抱かせないほどに退屈な作りです。もっとも、まだ建設途中のこの塔には頂上と呼べるものもないのですが。
「ふぅ……」
私は手元の煉瓦を置き、姿勢を整えました。だいぶ空気が澄んできたようです。濃密な暗闇に包まれてはいますが、滝を落とす白い雲の地も近くに見えます。この塔が箱庭の崩落以来で一番高くまで積み上げられた空想物といって間違いないでしょう。
不躾な足音が長細い階段を辿って響きます。迷い込む子の気配ではありません。
「わたしは、コドモになりたいです」
私に言えたことではないかもしれませんが、とてもみすぼらしい風貌でした。痩せ細った白黒の体躯は今にも折れそうで、ここまで上って来られたことが不思議なくらいです。しかも体中が泥や草にまみれて散々な状態です。
六本ある指、のっぺりとした
「そうですか。私とは逆ですね」
取り合う価値もない。そう判断して私は作業を再開します。
「ワタシたちは、オトナです」
「それがなにか?」
「わたしは、コドモになりたいです」
「はぁ」
同じ言葉を繰り返すことしか能が無いのでしょうか。知能が聞いて呆れます。
「たす、た、たす……けて」
「……ああ」思わず口の端から漏れた声は、自分でも驚くほど、重い岩を引き摺るかのように鈍く響きました。「どうしてここに来たのですか?」
「コドモになりたい、です」
そうこうしている間に、空は黒く染まり、世界から色が奪われました。雲行きが怪しいですね。
「目的ではなく、理由を聞いているのです。コドモになりたいと思う、理由は」
それ以上は口を開けるのも億劫に思えて、だから返ってきた言葉が非常に幽かながらも水気を含んでいたことに驚きました。
「……きれい、だった」
もう一度口を開ける気になれたのは気まぐれだったかもしれません。けれど、私はその一言に確固たる感情を込めました。
「では、見届けましょう。今に縛られた子たちの奔放な瞬きを」
作りかけの壁には地上を見渡す窓としての穴が小さく空いていました。ちょうどこの角度からだと、黒ずんだ海がよく見えます。
私の見立てでは、あの子たちはオトナたちに対する何らかの手段を得て再び姿を現すはずです。
ちょうど、地上に変化が訪れました。随分と騒がしいです。
……火山を組み立てているのでしょうか。相変わらず、斬新で面白い発想です。
火山から眩い色が打ち出されました。空想の結晶です。繊細な軌跡を残し、空に花を咲かせました。
とても綺麗です。自然と口が笑みを浮かべていました。
しかし、あれでは恐らく……
「……っ」
やはり失敗に終わりました。あの一発だけでは、深い闇を晴らすには足りません。
失敗は良い起爆剤です。次の成功を導いてくれますから。
ただし、それも次の機会があればの話です。彼らはそのことを理解できていません。確信していた成功が消え去り、オトナたちの介入を許してしまいます。
空想は一瞬にして崩れました。いっそのこと、彼らは箱庭で勝ちを経験するべきではなかったのです。
悔やんでも時間は待ってくれません。このままでは皆置いて行かれてしまいます。
さすがに手を貸すべきかと立ち上がった時、それは瞬きました。
「えっ?」
それは、紫色の、ほんのわずかな瞬きでした。火口の近くに見えたその光はもうなく、黒い手が一斉にそちらへ向かっています。
私は後ろでぼうっと突っ立っているだけのみすぼらしい体躯を掴み、壁に押し付けました。
「あの時、紫の子に何を見せたのですか?」
「あの、とき?」
「海の岬で、あの子の顔に触れた時です。いなかったとしても分かるのではないですか?」
「よく、わからない……けど、直接色に触れたのなら、たぶん……全てを」
「もっと具体的に!」
「ワタシたちの持つ、全ての記憶と、知識を。ワタシたちが保つべき、秩序の源を」
「……ちっ」
これは想定外の事態です。彼らがここで立ち止まる未来を私は思い描いていませんでした。
「私はあそこに向かいます」
いざという時のために準備していた紙飛行機があります。ここから飛び降りて一直線に向かえば、赤の子よりも先に火口に到着するでしょう。遅れればこの機会は永久に失われます。
「どうするかは自分で考えなさい」おろおろと慌てる気配を背に、私は振り向かずに言いました。「あの子たちは、誰の指図も受けません」
それからすぐに、重量の増えた紙飛行機が塔の天辺から飛ばされました。
「——ユキ?」
幸い、間に合いました。ですが余裕はありません。
それでも、ここからは慎重に言葉を選ぶ必要があります。
「そのやり方は褒められたものではありません。……しかし、その心は理解できます。私はそれを、美しいと思う」
「……分かるんだね。何も言ってないのに」
「言語とは、図らずとも発しているものです」
「そうなんだ。まあ、とりあえず……うん、ありがとう。理解してもらえるとは思ってなかったけど、嬉しいよ」
黒い手が迫ってきているのを感じます。
「あなたは今、一番オトナに近しい存在ですね」
「そっか。じゃあ、規則でもなんでもお手の物だ」
「あの子を苦しめるかもしれませんよ」
「うん。でも、見逃さないって言ってくれたんだ。だから、見てもらう」
話をしていて確信しました。ここであの子の選択を覆すことはできないと。
それだけの確固たる意志が、言葉の節々に感じられました。きっとあの子は誰よりも鮮明な未来の景色を頭の中で思い描いていて、それはすでに決まっていると言っても過言ではないのでしょう。
ならば、今の私に出来ることは、それを前提とした望ましい輪郭を描き出すこと。
私が横に動くと、今まで背後に隠れていた臆病者が露わになりました。当然、あの子も気付きます。
「あなたは……」
「わ、ワタシたちは……わた、わたし、は……コドモに、なりたい。どうすればいい?」
たどたどしい言葉でした。聞いていてどことなく不愉快な、雑音混じりの声。
「……はあ? そんなの知ったこっちゃない。くだらないことに私たちを巻き込むな」あの子は忌々しげに、見たことのない
黒い手の気配に続いて足音が近付いてきます。いよいよ限界です。
あの子にも、これ以上の会話を続ける意思はなさそうでした。私は目礼でお詫びして場を離れました。今ごろはとても大切な意思の疎通が交わされていることでしょう。それを覗きたい衝動を抑えつつ、足を速めます。
尊い瞬きを見たのは、それからすぐのことでした。
奥行きが引き伸ばされていきます。今という瞬間が、燦然たる結晶のように光を乱反射させ、重なり合う景色を取り込みます。
「残念ですが、ここからは私だけで——」
言いながら振り返って、私は口を噤みました。
ええ、確かに、空想は何よりも自由です。空想は、何ものにも縛られるべきではないのです。
「……あなたは空想が使えないでしょう。ならば、言葉を大切にしてください。気持ちを伝えるのに、時として空想よりも美しいものが言葉だと、私は思っていますから」
目を輝かせて空を眺める
最後に見えた紫の子の横顔が、あまりにも眩しくて瞼の裏に焼き付いたまま。
「……
7
「お久しぶりです」
最後の黒い手を処理し、私は茶と橙にそう言いました。
茶の身体的な損傷は皆の中で最も酷く、全身にかけて広くひびが入っていました。それでも深部にまで達していないのは、身に纏っている色の厚塗りが幸いしたようです。
「ユキ……っ」
橙が走ってきて私の手を掴みました。その他にも顔や肩、脚にも触れていて、どうやら私の形を確認しているみたいでした。
ひとしきりのお触りが終わると、両腕を広げて抱きついてきました。言葉少なに伝わってくるものの多い色です。以前と変わりありません。
「……」
一方で、言葉への依存度が高かった茶は黙って私のことを見つめていました。何を考えているのか、いまいちわかりにくい顔です。いの一番に怒りの言葉をぶつけてくるだろうと思っていたのですが、予想が外れました。
真意を問うために私も見つめ返すと、しばらくにらめっこのような緊張と沈黙が流れ、最終的に折れたのは茶の方でした。
「あーダメだダメ。せっかく再会したってのに、なに言えばいいのかわからねぇ。こういう時、なんて言うのが正解だ?」
「ああ、そういう……」
確かに、この反応は茶らしいといえるかもしれません。私もまだまだですね。
「まあひとまず、助けてくれて助かった。ありがとう」
「いえ、そもそももとを正せば、私が原因でもありますから」
「それもそうだな。急にいなくなりやがって、探したんだぞ!」
言いながら、茶は私の髪をわしゃわしゃと弄り出しました。私の身なりはこの子たちに比べて地味で単調ですので、すぐに形が変わってぼさぼさになってしまいます。
「で? なれたのかよ、オトナとやらには」
乱れた髪の隙間から覗き込むその瞳に、私は少しばかりの申し訳無さを覚えました。
私は首を横に振ります。
「また行くんだな?」
「……はい」
「そうか」
頭を撫でられながら妙な気分を感じました。長居は良くないかもしれません。
橙が再び私の手を掴みます。
「私は、ユキの味方。なにかあったら、いつでも戻ってきていい」
「はい」
どうしてか、茶と橙の前だと上手く言葉が出てきません。
いえ、言葉自体は浮かぶのですが、それを使う気になれないのです。言葉には意味があり、意味は意思の伝達を助けるものなのに、この場では意味がやたらと空虚に感じられて仕方ないのです。
なので、私は笑って濁しました。ですが、それは茶たちも同じだったようです。
「あー……それにしても、ここはどこだ? 黒い手を振り払おうとしたら急に山頂が光って……ありゃ噴火じゃねぇよな」
「それを私に答えさせるのは、意地悪ですよ」
「……それもそうだな」
茶は一拍置いて私の頭から手を下ろしました。その傍に橙が並びます。
「もう一つ、意地悪を言わせろ」
「いちおう聞きましょう」
「一緒に来てくれないか。今の私たちにはユキの力が必要だ」
予期していた言葉に、私は安堵しました。直後に苦笑が零れました。
本当に敵わない相手です。
「もう私の力は必要ないですよ。私はあくまで邪魔なものを取り除き、道を整えただけ……何を選択し、どう歩むかは皆が決めたことです。そこに優劣はありませんし、それは巡り巡って私のためでもあるのです」
だから、あまり悲しい顔をしないでください。
無意識に顔を上げ、背筋を正し、なるべくきちんとした姿に見えるよう胸を張ってから二色に振り向きました。山の向こう、大樹がある方を指差します。
「思い切り、楽しんでください。その方がきっと楽しいですから。……では」
8
なにもない場所を歩いていた。
そこには花も、草も、木も、岩も、本当になにもない。無彩色に覆われた見慣れた世界だった。
もう歩き続けてどれくらいの時間が経ったのかもわからない。いや、同じ景色のなかを同じ速度で歩いているのだから、時間は経っていないも同然だ。
私は虚無にいる。それはいないも同然だ。
「 」
口を動かしても、音は出ない。見回してもなにもない。一切の変化も楽しみもなく、永久に独り。
ふと、目の端に映るものがあった。空洞がある。その奥に、なにかが。
視界が染まる。 と、燃え上がる。
そうだ。そういえば私は、私の意識が芽生えたのは、まさにこんなふうに——
「——見つけた」
しゃがれた声が頭上から降りかかってきた。
目の前には灰色の花で満ちた地面がある。
身体が重い。
私はうずくまっていた。
「ああ……」
直前までの記憶が徐々に蘇る。耳障りな音を立てて周囲の世界が構築されていく。
少し、考え事をしていた。
今の声はモリだろうか? 他に誰もいるはずがないと思いながらも、いや違うと頭の中で否定する。
聞いたことがないとは言えない、あいまいな記憶の引き出しに手をかけていた。
何を恐れることがある? わからないなら、見て確認すればいいじゃないか。
そんなことは知っている。
それでも今は、ただただ未知が怖い。
「わたしは、コドモに、なりたい」私の無反応に構わず、やけに不慣れな発音と抑揚が空気を震わす。「わたしは、……あなた、の。あなたが、羨ましい」
思わず顔を上げた。なにを、一体なにを言っているんだと、口を開けて言葉に詰まる。
白黒の張りぼてが立っていた。欠片を適当に繋ぎ合わせたような、目に余る不格好な風貌。その歪んだ手が眼前に迫って来る。
「うわぁぁぁぁっ‼」
私は身体を大きく仰け反らせ、尻もちをついて後ずさりする。
なぜ。どうして。ユキはオトナがここに入ることはできないと言っていた。モリの身体に付着していた分だけが一緒にあったと。
でも、目の前にいるのは明らかにオトナそのものだ。無数に迫って来た黒い手ではなく、海の傍で見かけたあのオトナだ。
私がじっと見つめていると、白黒はその視線を辿り、自身の身体に目を付けた。
「わたしの、この姿、ですか。これは、みなさまのあとを追って……途中で転んだり、道を間違えたり、した……したです」
「え……? ちが……そうじゃなくて! なんでオトナが、奥行きに……っ」
「ああ、そういうこと、ですね。それは…………なんで、ですか?」
「は、はあ……?」
まるで話が通じない。いや、オトナにしては悪意がないだけマシな方なのか。
ともかく異常事態なのは間違いない。モリが意気消沈し、ユキが去ってしまった今、私がどうにかするしかないのだ。
「あなたは……オトナたちは、なにがしたいの? 空想を禁止して、地面に縛り付けて、まだ規則を追加するつもり?」
「すみません。ワタシたちは秩序、を守りたいだけです。空想は、予測がつかないです。予測不能の未来を、未知と言うです。ワタシたちは、未知が、怖い」
「……」
少しだけ共感しそうになっている自分が情けない。
オトナとの対話を望んだことは事実だけど、これはそういうものとして見ていいのか? まだ油断はできない。黒い手に壊滅させられそうになったあの光景が、頭の中で鮮烈に想起される。
「それで、私やモリ、それに皆の色を消すんでしょ? そっちがその気なら、こっちだって……」
「いえ、そうではありません。しかし、その心は理解できます。聞いて、ください。わたしは、ワタシたちから追い出され……ました」
「え?」
「ワタシたちは、群像、です。個を持たず、知性を持たず、経験を持ちません」音が熱を帯び、声が次第に大きくなっていく。「しかし、あなたがわたしに、個と知性と経験をあげたのです」
「あげた……私が、あなたに? いつ?」
「あの時……あなたたちが規則を破り、空を彩った時です」
張りぼての
なんと言えばいいのか——意味もわからないまま、それっぽい言語を並べているだけのような、からの感触。
オトナの在り方は、どこか浮いているのだ。
「あの空は——ああ、綺麗でした」
でも、白黒の言葉には重みを感じた。まるで、今まさにその光景を見ているかのような吐息。
感動と、憧憬と、尊敬と、あと色々ななにか。あらゆるものが溶け合って、取り留めのない混沌の様相を呈している。その中身は誰にもわからない。
未知。
目の前にいるこの存在は、未知を孕んでいる。
それは得体のしれない恐怖心などではなく、もっと純粋な好奇心に似たものだ。
「あなたは……どちらかと言えば、こちら側の存在、ですよね?」
色そのものでなく色を纏ったその姿。共感しそうになっている自分。
直感は、時たま過程を飛び越えて正解を導き出す。これは直感か、それとも錯覚か?
白黒は空を映した瞳で私に語りかける。
「ワタシたちは全てを知っています。未知を知る必要はありません。それが未知ですから。しかし、全てを知っているからこそ、新たに得るものも生み出すものもない……ワタシたちには、色が見えないのです」
「私は……赤色を見た」
「ええ。きっと、それこそがワタシたちとあなたを分けたのです。そして、ワタシたちとわたしをも。
あなたは色を持っていません。ですが、色を見て世界を彩ることなら出来る。それは凄いことだと、わたしは思います。あなたの空想は素晴らしい」
「……ありがとう」
「ですからワタシたちを——オトナを、恐れないでください。彼らはなにも見えていないくせに、わかった気になって上から支配しようとしているだけです」
顔がぶわっと熱くなる。にやけるな。その表情は言語として伝わる。
自分で作っておいて、なんて制御の利かない言語なのかと思う。でもそれが本来の機能でもあるのだ。私の気持ちが伝わっているから、目の前の白黒も笑っているのではないのか。
視界が少しずつ広がっていくのを意識の片隅で感じた。
私が単純なのだろうか。これほど直接的な誉め言葉を聞いて、思わず気分が舞い上がってしまっている私がおかしいのだろうか?
両の頬を強く叩いて気持ちを整理する。うん。今の私の頬が赤いのは叩いたせいだ。
「分かった。とりあえず、あなたを信じてみようと思う。子どもになりたい……って、言っていたっけ」
「はい」
「それは、私が羨ましいから? 色を見たいってこと?」
「そうですね。羨ましいし、色も見たい……わたしはオトナより色が見えていると思いますが、あなたたちと同じかは、わかりません。あとは、出来るなら、わたし自身もそのような空想がしてみたい、です。……ああ、そういえば」
なにかを思い出したのか、白黒が身体中をまさぐり始めた。非対称で不揃いな身体だ。穴が空いていたり動かすのに不便そうな部位があったりと騒がしい。
やがて背中辺りから小さいものを取り出した。細く、近くからでないと見えない大きさだ。
「それは……」
花だった。水滴に茎を挿した、捩れた一輪の紫の花。
「これは、道中で拾いました。とても美しくて、気に入っています」
白黒は、それを優しい手つきで包んで胸に抱いた。少し前までの張りぼてとは比べものにならないくらいに、繊細で真っ直ぐな
もう、疑う余地はないように思えた。これ以上は意地悪というものだ。
「あなたは……子どもだよ。だからこの景色の奥行きにいるんだ」
「そう、なのですか……実感は、ない、のですが」
「じゃあ手助けをしてあげる。だから、私のお願いも一つ聞いてほしい」
「はい! ぜひ!」
とても分かりやすく白黒の顔がぱあっと明るくなる。私は白黒に見えるように、背後の一点を指差した。
花畑に突っ伏したまま、動かないモリ。周囲の灰色と同化しかねないほど、その存在感は色彩を欠いている。
私よりもモリの方が心的な負担は大きいはずだ。でもこれからの未来にモリはいなければならない。そうでないと、私だって皆で笑う未来を空想することなんてできないのだから。
「あの子に、自分は凄いんだって自信を付けさせてほしい。嘘じゃ駄目だ。あなたの感じたままに、私に言ったみたいに素直な気持ちとか感想を伝えればいい」
「それが、コドモになる方法ですか?」
「うーん、少し違うかな。元気付けてからが本番。あの子が立ち直ったら、次はこう言うんだ」
これは規則ではない。約束だ。
対等に、互いを尊重し合って初めて成り立つこと。
私は白黒に手を差し伸べた。
「遊ぼうって」
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