夜空に咲く最も美しい輝き
6
奇怪な形の岩に手をかけて渓流を飛び越えようとしたら、距離が全く足りなくて転んでしまいました。
大仰な音を立てて尻もちをつきました。全身がびしょ濡れです。指も捻ったのか変な方向を向いているし、これなら普通に歩いた方がよかったかもしれません。
「……」
なぜでしょう。わたしの想像では向こう岸に綺麗に着地するはずだったのですが。
這い上がりながら、自分の身体を見下ろします。白と黒で構成された腰や足元が早くも汚れていました。水は汚れを洗い流すものだと学んだのですが、これではむしろ泥を付着させている気がします。
とりあえず歩を進めることにしました。どこへ向かうべきか悩んでいると、妙な模様を発見しました。
平たい岩に太い線でなにかが描かれています。似たようなものが五つもあります。解読は出来そうにありませんでした。新たな言語でしょうか。いや、この形はどこかで見た覚えがあります。しかし些か雑な感じがします。
「きのせい、でしょうか」
まさか、この点が
竹が鬱蒼と生えた森に着きました。周囲を歩き回って、痕跡を探します。竹に手形が付いています。歩きながら片手で触ったのか、それを辿ると竹林の出口に繋がっていました。分かりやすくて助かります。
しかし難題に一つ直面しなければならなりませんでした。二手の分かれ道です。湿原へ下りる道と、上り坂の山道、果たしてどちらが正解なのでしょうか。注意深く観察しても一向に手がかりが出てきません。
この場所から見える先の風景を分析し、より未知に近いと思われる道程を推測します。山道は終わりが見えませんが、道中に別段目立ったものもないです。一方で湿原には変わった形の湖や花が多く見えます。
ここは覚悟を決めるべきでしょう。わたしは左側へ足を踏み出しました。
それからしばらくして、足取りには徐々に後悔の念が付きまとい始めていました。ないのです。痕跡がどこにも。
分岐の選択を間違えたのでしょうか? 今からでも戻るべきなのでは?
わかりません。
今のわたしにはどうしようもない疑問です。答えの出ない問いというものが、これほど苦痛だとは思いもしませんでした。
彼らは、このような未知にも喜んで挑んでいくのでしょうか。わからないものに対して恐怖心よりも好奇心の方が優先されるとは、甚だ不思議なものです。
しかし、わたしはその境地へ行かなければなりません。義務感とも違います。これはそう、これこそがきっと——。
ぬかるみにはまって泥だらけになった足を崖下の渓流で洗い、峻嶺を越え、不毛の地までやってきて、ようやくそれがありました。
「——見つけました」
丸い水滴に花が刺さっていました。茎は捩れています。どう見てもこの地帯にそぐわない物体は、空想で出来たものに違いありません。
ただ、それにしては他の痕跡が見当たりませんでした。近くの草原や洞窟も見て回りましたが手がかりは皆無です。またしても暗闇の中から手探りで進まなければいけないのでしょうか。
そう思った矢先に、ふと目に留まるものがありました。巨大で淡泊な木です。空想に限りなく近いですが、空想というには味気ありません。今まで見てきたどのパターンとも一致しない異質。コドモらしさをわざと削ぎ落しているような、そんな木があったのです。
それがなにかはわかりません。ただ、行けと直感がざわめいています。
言い知れぬ衝動を胸に抱きながら、わたしはそこを目指して進み始めました。
5
「あっ」
ハヒの手から滑り落ちた球が、地面に落下した衝撃でその中身をぶちまけた。勢いよく弾けた火花はサキの足首をちりちりと焦がし、暗い紫色に染めた。
ハヒの
「ん? ああ、割れちゃったの?」
「ご……ごめん! 私が色の配分を間違えたから……」
「ふふ、大丈夫だよ。別にあやまらなくても」
「ごめん。本当に……ごめん」
サキは困ったようにハヒの頭を抱き寄せる。震える紫色の髪を丁寧に撫で付けて、ようやくハヒは顔を上げる。
木のうろに設けられた広めの空間だ。二色の前には合わせて腰ほどまでの高さがある半球が二つ、綺麗な断面を見せている。内部を見れば、さらに小さい玉が色とりどりの柄をなして詰め込まれている。あとでくっ付ければ立派な球体が出来るだろう。
紫は慌てて新たな玉を描き、隙間に押し込む。もうじき完成しそうだ。
「サキ、ハヒ。そろそろ第二号が発射されるらしいから、見に来てよ」
先ほどのやり取りは見ていない振りをしながら、私は入り口から顔だけ覗かせてそう伝えた。
「あ、そ、そうなんだ。……じゃあ行かないと」
ぎこちなく先を急ぐハヒが球体を持って駆け出し、遅れてサキもやってくる。こちらを横目に見つつ人差し指を口元にあてる。私は無言で頷いた。
遊び心でいっぱいの木々を抜け、球体を前に転がしながら荒野を並んで歩く。特に話すこともなく、静かに歩を進める時間が続く。目線も言葉も交わされていないはずなのに、なぜだかずっと見つめ合っているような気まずさが付きまとっていた。
「——ハヒは、オトナが怖い?」
だから、その空気を破ったサキに思わず驚きの
「たぶん、オトナに掴まれたあの時からだよね。私がハヒの手を取ってあげられなかったから」
「ちが……あれは私が油断しただけで、サキは何もわるく……あっ」
「やっとこっち向いてくれたね。ふふ」
サキの赤い手がハヒの手を包み込む。淡い紫色は熱に当てられて赤みを帯びる。
「ずっと目を合わせてくれなくて、ちょっとさみしかったんだ。もしかして嫌われたのかなって」
「そんなことないよ! サキはなんでもできて、優しいから。私の方こそ、失敗して迷惑かけてばっかりだし、面倒だと思われてるのかも、とか考えちゃって」
歩みを再開し、繋いだ手が強く握られる。サキは前を向いていた。
「怖かったら、怖いって言っていいんだよ。アズキたちを助ける時だって、真っ先に立ち上がったハヒ、すごくかっこよかったんだから」
「……うん。ごめん」
「だから、謝らなくていいんだってば」
「うん」
つばの下で、ハヒの
歩いていると、赤色と紫色の道が現れた。大きな球体を転がして運ぶために引いた二条の線路だ。道は長く、向こうに見えるフラスコ火山の頂上まで続いている。
麓に着くと
「おっ、来たな。始めるぞ!」
すとんと真っ直ぐ腰まで落ちた茶色の髪を翻しながら、アズキは付いてこいと言わんばかりに親指で自分の背中を指した。そこには何やら意味のわからない複雑な模様がでかでかと刻まれている。
ともかく案内されて指令室を通り過ぎ、屋上に出た。この木は高台の形をしていて、ここからだと山頂を遠巻きに見ることができる。アズキは指令室に戻り、何やら耳に似た形をしたものに向けて声を発する。
「第二号、発射用意!」
少しして山頂へと続く一直線の道に橙色の明かりが灯り出した。正確には、道の両端に沿って等間隔に立ち並ぶ街路樹の木の実だ。隣り合う街路樹は上部に巻き付いた糸で互いに繋がっている。アズキの言葉は耳のようなものから伸びた糸を伝い、実行部隊に届く。向こうからの声も同じく糸を伝ってくるらしい。
山頂から降りてきた言葉は糸の色を新たに染め上げ、指令室の手前に生えた大きな向日葵へと流れる。信号を受け取った向日葵が黄色の花びらを開く。中央に灯るのは、問題なしを意味する緑色の光だ。
「よーし、準備完了! 発射っ!」
地響きが高台を揺るがす。見れば向日葵と街路樹もぷるぷると震え、遠く木霊に似た反響を微かに伝える。
フラスコ火山の山肌は薄い茶色で、内側から上ってくる真っ赤な溶岩が透けて見える。熱く煮え滾ったそれは綺麗な三角形の輪郭に沿って山を染め上げていき、やがて頂上までを満たす。勢いはとどまることを知らず、頂上の穴に設置してあった巨大な球体を押し出した。
地響きは最高潮を迎え、噴出された赤い溶岩と共に球体が空高く打ち上げられる。球体は見た目によらず比較的軽く、一度勢いを得るとずっと高い彼方まで飛んで行った。そして高度は限界に達し、中空に留まる一瞬が訪れる。
直後、轟音が鳴り響いて球体が爆発した。身体の芯を震わす衝撃に次いで赤色と紫色の派手な輝きを空に描き出す。綺麗な花の形だ。
「おお~!」
私は無意識に歓声を上げていた。横で叫ぶ赤も爆発音に負けず劣らずの声量だ。無口な紫はともかく、あれだけ張り切っていたアズキの声がしないなと思って振り返ると、感極まって口を開けたまま絶句する姿がそこにあった。
空に描かれた花は垂れ落ち、ゆるりと散っていく。
「大成功~! いえーい!」
「やったー!」
ぱちん、と私と赤で手のひらを打ち合わせる快音が、爆発のほのかな余韻を飾っていた。
——打ち上げ花火大作戦。これこそがオトナに対抗する二度目の武器だ。
事は全員の名付けとおしゃれとやらを済ませたあと、作戦会議に参加したムツリの言葉に端を発した。
「たかいたかーいで、どっかーん! ってしたい!」
最初に議題に取り上げられたのは、またしても空想が制限された空間で、どうやって空高く浮かぶ物体を壊すことができるか、といったものだった。以前は天井まで届く螺旋階段を描いたが、さすがに今回はそんな余裕がない。つまり緑の提案した、何かを飛ばすという考え方は、意外と状況に符合していた。
次にアズキが案を付け足した。
「だったらあの流れ落ちる滝みたいに、流れ昇る滝を作ろうぜ。逆滝だ!」
とまあ、こんなふうに愉快な発想を次々と採用していった結果が、この打ち上げ花火というわけだ。
試しに制作した第一号の花火玉は加減を間違えたのか、運搬の途中で暴発してしまった。そのため、二号目からは遠く離れた工房で完成させたのちに山頂へと持っていく運びとなっていたのだ。
「高度も威力も申し分なかったぜ! 第三号を本番で運用する! 実行は完成し次第だ!」
ひとまず、指令室に全員集合して最後の計画内容を話し合う。
鍵となるのは空想の持ち込みだ。さっきみたいに
「でも、あんなデカい火山なんて持ってけないわよ」
「いくつかの層に分解して、外に出てから組み立てればいい」
「ふふ、楽しそうだね」
さっそく全員で分担して位置につく。今回はアズキ、サキ、ハヒが実行部隊に加わり、私が全体を取り仕切る役を任された。こうして眺めてみると、簡易的な構造とはいえ、山を丸々運ぶというのはなかなか大胆な発想に思えた。
「よし、行こう!」
号令をかけるが早いか、辺り一帯の色彩が滲んであやふやになる。大地の乾いた感覚が遠ざかり、瞬きの先に見えるのは元いた樹洞だ。
改めて見渡す暇もなく、わずかな燐光に照らされた樹洞内が今度は騒音で満たされる。大きな衝突と何かがへし折れる音。この大樹自体が、運び込んできた火山の質量に押し潰されて内側から張り裂けつつあるのだ。
「わあああー! こわいよー!」
「なにこれ⁉ なにこれ⁉ 爆発するの⁉」
「収まり切らなかっただけだ! アク、皆の誘導を頼む。平地で山を組み立てるぞ」
「分かった!」
軋みを上げて崩壊する樹洞から抜け出し、モリが青い土台部分を置く。
「アザヤギ、ムツリ、こっち!」
私は黄色と緑色の山の欠片を持った二色を呼ぶ。サキとハヒもそれぞれの持ってきた箇所を積み上げ、山が構築されていく。フラスコ火山が再びその威容を取り戻すのに、長くはかからなかった。
明暗の落差で視界が眩む中でも、燃える溶岩はその熱量を保ったまま猛々しく脈打っている。
「オトナが来るぞ! 急げー!」
アズキの声が闇に響く。もちろん、オトナの襲来は予想していたことだ。それが実質的な制限時間だった。
全員の到着と火山の完成を確認して私は叫ぶ。
「準備できた! 発射ぁ―っ!」
噴火の閃光を散らしながら、空に一条の輝きが迸る。暗闇をつんざいて突き上がっていく様は恐怖を忘れさせ、高揚と期待を胸に抱かせた。
そして花火が咲き誇る。炯然と、赤と紫の花びらが暗い空に舞い散り、その爆発は四つの物体を光で覆った。
皆が無言で見上げる中、光は霧散して白い残像を滲ませる。物体の一つが割れるのを、この目で見ていた。
「……あれ」
ただそれだけだった。華やかな輝きは消え去り、黒く淀んだ闇が重く圧し掛かる。空は晴れてなどいない。
困惑と沈黙が皆の
「え……? し、失敗?」
「……っ、ひ、
「アズキ! 後ろ!」
腕を振り上げたアズキの背後に迫る影があった。黒い手だ。暗闇から出でたそれらは肩を、腰を、足首を掴む。アズキが跪いた。
「くっ、そ……!」
「じっとしていろ、今すぐ剥がす!」
近付こうとするモリを、アズキは制止した。そして破れんばかりに口を開ける。
「駄目だ! オトナがもっと来る! 逃げろ!」
「だが、それだとアズキが!」
「こんなん振り解けるに決まってんだろ! カカギ、お前も早く行け!」
「え、いや、そんな……そんなことは……」
「と、とりあえず、
「いいから全員で逃げろ、散らばれ! 私はあとで合流する!」
言いたい言葉をぐっと吞み込んで、私とモリはアズキに背を向けた。動けずにいるカカギの手を無理やり引っ張る。皆にも知らせなければならない。
前方にアザヤギとムツリがいた。騒ぎを聞いて駆け寄ってくる。
「こっちに来ちゃ駄目だ! オトナが来る!」
「えっ⁉ そんな……花火は? 花火はどうなったの⁉」
「失敗した! とにかく今は逃げるんだ!」
「う、うん!」
逃げるといっても明確な目的地はない。とりあえずは目前まで迫っている手から逃れるため、山を登り始める。
爪先を何かが叩いた。小さい石のような物体だ。見上げれば、花火で割れた巨大な物体の破片が、闇に紛れて鋭利な雨を降らせているのだ。大きさは不揃いで、私の全長を超えるものも散見される。
もしかしてと目を凝らすが、他の三つの物体は依然回り続けていて暗闇が晴れる気配はない。
破片の雨が激しさを増し、アズキが見えなくなるとカカギは自分の足で走り出した。その表情は硬く、張り詰めている。今の私にはどうすることもできない。
少し行ったところにサキの姿があった。事態を察したらしく、段差の上から手を差し出してくれた。
「掴まって! そっちの道は破片で塞がれてる!」
サキに引き上げられて岩壁をよじ登る。ここも被害は甚大だ。破片が特に多く降り注ぎ、穿たれた山肌からは溶岩が噴出している。
できるだけ平坦な道を選んでいるけど、オトナの黒い手は地形の影響を受けずに飛来する。距離は次第に縮まっていった。
「……っ」
硬い音がして、モリの足が止まった。髪を掴まれたのだ。
「行け……!」
自身の状況を悟るや否や、モリは両手でムツリの背を押し出した。「あっ」と漏れたムツリの声を聞くよりも早く顔を横から掴まれる。わずかに色が剥がれるのが見えた。
「ちょっ、モリが!」
「走れ!」
青く煌めく眼光がこちらを射抜く。立ち止まるわけにはいかなかった。アザヤギとムツリの手を引き、ひたすら前へ走る。
どうしてこうなった? 打ち上げの練習までは何もかも上手くいっていた。行方のわからなかったアズキとカカギにも再開し、
それが、こうも一瞬で、たった一つの誤算で全部崩れてしまうものなのか?
オトナに捕まっても大丈夫なのかどうか、もはや考える意味すらない。負けだ。この鬼ごっこで勝つ条件などない。私たちは惨敗する。
負けたら、そのあとは?
好奇心というものは時と場所を弁えずに芽生える。ああ、最悪の気分だ。
「あっちいけっての! 来んな!」
アザヤギの足首に手がしがみついている。強く握られたそこに一筋のひびが入る。
「ひっ」
黒い手は止まらない。すぐ傍のムツリにまでその指を伸ばした。
「……あれ?」
押し寄せる黒い手はムツリの傍を素通りしていく。私でも、サキでもない。火山のさらに上部、破片の雨を直に受けた頂きへ。
頭の中でもやもやしたものが形を作る。予感、違和感、あれとこれとがない交ぜになって激しく渦巻く。
そういえば、山頂の部分を担っていたのは確か——
「——ハヒ!」
サキが飛び出した。はっとして、私もそのあとを追った。
瓦礫の斜面を駆け上がる。競争や鬼ごっこなど、走って競う遊びでサキに勝てたことはなかった。赤い背中は遠い。何度か足をすくわれながら、逃してはならないという直感に押されて懸命に追いかけた。
頂上にハヒが見えた。いち早く到着していたサキと何やら言葉を交わしているようだ。
「ハヒ。それはダメだよ」
「……サキ」
物体の破片が柱のようにあちこちに突き立っている。地面の下を流れる溶岩の光すらも反射せず、ただ黒々と鎮座している。
一方で火口に立つハヒの身体には、仄明るい熱気と共にいくつもの手が引っ付いていた。アザヤギのそれとは比べものにもならないほどの亀裂が全身に走っている。その隙間からは、おしゃれとか空想の身体とか、そういうものとは全く別の、もっと本質的な紫色が覗き見える。
「実はね、私知ってたんだ。この花火じゃ夜は晴らせないってこと」
「……それって」
「知ってたけど、わかってはいなかった。だから私は皆を信じた。結果は失敗だったけど、信じて良かったって今は思ってる」
なぜだろう。ハヒがなにを言っているのか、私にはよく理解ができない。
なにが始まり、なにが終わろうとしている? この状況における答えはなんだ?
「最後の一線が目の前にあるんだ。もう、これより先には行けない」
「……他の方法を考えよう。一発でダメならもう三発作ればいい。私の
笑顔の、気配。
「うん。私たちに出来ないことはない。今までずっとそうだったし、きっとこれからも。でも、私には出来ないことがいっぱいあるんだ」
「ハヒ……」
「私が輝ける瞬間は、きっと今しかない」
ハヒはこちらを向いてくれない。火口の方を向いたまま、顔だけ横目に振り返っている。
淡々と語るその姿は、以前までのハヒ——紫とは到底思えなかった。
「私はハヒと一緒に晴れた空が見たいの。だから、こっちに来て。身体を塗り直して」
「……サキの言葉は、すごく柔らかくて、温かくて……悩んでる自分が情けなく思えてくるくらい、心地好い。私の心、全部見透かされてるんじゃないかっていつも思う。本当だよ。何度も救われてきたから。……なんでもお見通しなのかな」
「なんでもじゃないけど、私は皆のこと、見守っていたいから」
その時、ハヒの
「でも、サキが知らないことを私は一つだけ知ってる」
「え?」
「私がどれだけサキのことを想っているのか、優しいあなたにはわからないでしょ。私を見てくれるなら、それが悲しみでも構わない。それは最大の幸せ」
「……っ。もう、見てられな——」
踏み出したサキの足元で火花が弾ける。ハヒの顔しか見ていなかったサキは、そんな小さい衝撃にも耐えられずに膝を突く。
火花は紫色だった。あれは確か、花火玉を作る際に誤って付着した色だ。
「私を見ていて。その瞳に私の色を焼き付けて、永久に」
渇いた静けさが、一瞬だけ漂った。
「私は見逃さないよ。絶対に」
「……やっぱり、全部、あなたのせい」
そう言って、ハヒは火口に飛び込んだ。
溶岩が凄まじい勢いで迫り上がってくる。紫色の身体を呑み込んだそれは天高く噴き上げられ、逆巻く滝と化す。内側から何かが絶えず膨張するように、激しい飛沫を上げて重力に逆らっていく。
先端が物体に当たった途端に光が空を襲った。花火よりも大きく、黒を切り開くかのような紫電の瞬きだった。
「どういう、こと」
瞬き、ではない。光は消えることなく残っている。むしろ時が経つにつれて光量を増している気すらしてくる。これは錯覚だろうか?
そして、大空の中心にぽっかりと空いたその瞳は、空を見上げる私たちの意識までをも引き伸ばし、際限のない極光に染め上げるのだ。
まるで私たちが耿々たる光の奥の奥——花びら舞う、遠い景色のなかにいるかのように。
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