からを破る
6
新言語の披露は、満足できる結果をもたらした。
簡潔に言うなれば、
目はおどろと生えた芽を見留め、鼻はほのかな草木と花の香りを捉え、歯から紡がれる声は舞い散る葉を震わせ、耳は実と実のぶつかり合った音を拾う。
少しだけ、機能を詰め込みすぎたと後悔した。作っている最中は次々と発想が浮かんできて楽しかったのだが、何をそんなに熱くなっていたのだろうか。一気に処理すべきものが増えてむしろ惑わされそうな気がする。
とにかく、感覚に直結したそれらの欠片を用いれば、自分の思っていることを瞬時に視覚的情報で伝えることができる。言葉と併用すれば情報の伝達量はかなり増えるはずだ。
それになんといっても、新たな色を生み出せなくてもすでに配置した部位を動かせばいくつかの表情が作れる。どの表情にどんな意味を持たせるのかはゆっくり話し合うとしよう。
「こんなのはどうだ!」
「なにこれー! あははは、おもしろーい!」
幸いにも皆の習得は速かった。まだ言葉に慣れていない茶たちもすぐに表情の変化を覚え、拙いながらも意思の疎通が楽になった。分かりやすく分類するために、言葉を音声言語、
二つの言語を用いて複雑なやり取りをしていると、自分が賢くなったみたいで気分がいい。名付けもそうだ。ものから名前を見出し、皆で呼ぶための音を決めるのは楽しかった。自分が及ぼした影響を思うと誇らしい気持ちになれる。
私はすっかり創作とやらの虜になっていた。これなら私にも出来る。皆の役に立てる。
「青、これ見てよ! 目と目を寄せて……」
さきほど発見した面白い表情をしたまま、私は花茨が目印の穴に向かった。さっと潜り抜けると途中で描くのを中断した地図が見え、相変わらず形の整った岩や花が見え、いつ描いたのか鬱蒼とした木が見え、それらを塗り潰すかのように横たわる大樹が見え、大樹の前に座る青の後ろ姿が見えた。
青が振り返り、その歪んだ表情が見えた。
「空虚か」
枯れた——という表現が正しいのかわからない。しかし、頭の中に浮かんだ音は確かにその言葉を示していた——声が口から発せられ、耳を伝って聞こえてくる。思わずぞわりと寒気を感じた。
あれ、こんなの、
青は元々完璧を求めるきらいがあり、何度も空想を描き直しては違うと言って投げ捨てていた。あの美しい岩や花や木も前から沢山あったものだ。いや、よく見ると木だけが異様に多い。青みを帯びた根と幹と枝と葉は壮麗で、どれも立派に描けている。おそらく空想を一番楽しんでいる赤でも、これほどの量と質を維持することは難しいだろう。
「なかなか上手く描けないものだな。時間もかかる。完敗だよ」
「完敗って……」
「その表情は……ああ、驚いているのか?」
妙に落ち着き払った声が冷たく響く。自分の表情など気にする余裕もなかった。
驚くのも当然だろう。これほどまでに綺麗な空想を規則という制限の中で描けているのに、どうしてそんな顔をするのか。これじゃあ言語の発明一つで空想と同等のことが出来たと舞い上がっていた自分が恥ずかしくなってくるではないか。
「いや、空虚も見ただろう。あの大樹の群れだよ。あれを真似しようとしたが、無理みたいだ」
「そんなことないよ。私は青の空想の方が好きだ」
「……そうか。それは、少し、嬉しいが」
微かに声の調子が戻った気がした。それがなかったことになってしまわないよう、私は急いで付け加える。
「あ、そうだ! 赤が話があるって、皆のこと呼んでいたんだ」
「最近はよく呼び出されるな。すぐ行く」
「うん。じゃあ待っているね」
逃げるように外に出る。軽く息を吐き、私は岩窟に向かった。見渡してみるとすでにほとんど集まっているのが分かった。同時に、
最後に青が来て場の準備が整う。青の表情はさきほどより幾分かマシに見えた。
「ちょっとさ、この世界壊そうよ」
全員が集まったのを確認するや否や、赤は開口一番にそう言い放った。
「我慢してたけど、やっぱりムリ。世界がここより断然広くて、それなのに空想が禁じられてて、しかも私たちの場所が塗り潰されちゃうなんて……耐えられないよ」
言いながら、徐々に赤の目が悲痛に伏せられていく。
「壊すって、どういうこと?」
「そのまんまだよ。空虚と青は一回行ったんでしょ? この閉じた世界の外に」
「……うん。白黒と出会ったところだね」
忘れるはずもない、あの景色が再び思い起こされる。あれは一つの転機だった。あの景色は、それこそ初めて赤色を見た時と同じくらいの衝撃をもたらした。
「全部禁止されてからじゃ遅いよ。怖くて避け続けても意味ない。だから、白黒に突き付けてやるんだ、私のこの衝動を」
開けられた目は毅然とした光を放ち、周囲を圧迫する。それにあてられた色が、一つ二つ足を踏み出した。
「私も賛成。このままじゃやられっぱなしだよ」
「私はまだ少し怖いけど……でも皆が行くなら、一緒に行きたいかな」
「緑もー、また思いっきり遊びたいよー!」
紫、黄、そして緑が賛同の意を示した。
意外だったのは、一番強く反対すると思っていた青がおとなしかったことだ。賛同も反対もせず、考え込むように下を向いている。青よりも茶たちの方が億劫そうな
「空虚はどう?」
「私は……」
目と目が合う。一直線に見つめられると、なぜだか緊張した。
こうなることは、最初に話し合いをした時から分かっていた。でも一度立ち止まり、創作が上手く出来てから、どうとでもなる気がしていた。実感だけが現実に追い付いていなかった。
私はもう一度白黒に会いたい。会って、問い質したいことがたくさんある。
未知への衝動が再燃する。
「規則を壊したい」
その時になって初めて、私は未来という言葉を音として理解したけど、それを口にするのは憚られたからやめた。
7
反抗を決意してから、事は迅速に進んだ。赤を先頭にして列を組み、私たちは大樹のある場所へ向かった。
大樹は一部が消されかけている状態だった。最初に見た時の感動はどこへやら、今では天井近くで目撃した大量の木の群れと同質の違和感が目の端に淀む。
ひとまずそれを目印にして、近いところに土台を作ることにした。重力で飛べなくなったため、地面から段々に空想を積み上げていかなければならないのだ。
白黒はいまだ姿を現していない。大体の状況を確認し終えたら、私だけ離脱して断崖に戻った。
赤たちが天井への道を作っている間、私と茶、灰、橙は空想領域の維持を行う。二層の壁が黒色で深く抉れていた。
「よし。まずはここから始めよう」
もちろん私は空想ができない。だから消されている箇所の発見や全体的な牽引が主な役割だ。
「このきょーしつ、塗る?」
「きょーしつ?」
「うん! いま決めた!」
「そっか。じゃあそう呼ぼう」
三色の中で、茶が一番乗り気だった。彼らは大樹へ近付くことをあまり好んでおらず、自分たちの空想を確認するつもりもないみたいだ。制限されているとはいえ、あの物量を生み出す手際の良さは土台作りに欲しかったが仕方ない。
「そういえば、どうやってあんなに多くの木を空想したの?」
「多くの木?」
「ほら、白いところにある大きな木だよ。茶たちが描いたんでしょ?」
あの時降り立った木は灰色と橙色で描かれていた。でも灰を見ると何も言わずに
茶はしばし考え込むように目を閉じた。
「あー! うーんと、あれはね……えーと……」
見れば橙も似たような
「空虚に会うまで、わたしたち、いっぱい木描いた。でも、あんまり……おぼえていない。たぶん、だれかの声を聞いていた……」
そう言ったのは橙だった。おどおどしながらも言葉には頑張って言い表そうとする意思が伝わってくる。
「声……」
それは最初の記憶を呼び起こした。私が赤を発見し、声をかけたあの頃の記憶だ。
「空虚の声とは、すこしちがう……ただ、聞いたら、なんでかそうしないとってなった」
あの場所で声をかけるとなると、やはり白黒なのだろうか。もしかしたら描くことに関する規則を与えられたのかもしれない。いや、だとすると今の空想を禁じる規則と矛盾する。
この疑問はあとで直接ぶつけてみることにしよう。
茶の言うきょーしつを塗り終え、長い草道に出た。次に消失が確認できたのは三層だ。
「ろーか! かいだん! げんかん!」
そこへ行く途中にも、茶は新たな単語をいくつも発した。どうやら名前を付けることにはまっているらしい。
「えっと……これ」
峡谷を歩いている時、橙が小さな色の球体を渡してきた。とても握りやすい形状で、橙色に染まっている。
「これがあれば、空虚も、色、塗れる……」
「わ、ほんとだ……」
言われた通りに壁に押し付けてみると、触れたところから橙色が滲み出てきた。掴んで擦ればそれに沿って軌跡が残る。色の欠片をもらって張り付けることはあっても、このように色を残すという発想はなかった。内気な橙だが、なかなかに器用なのかもしれない。
思わず夢中になって色を付けていく。作業は加速する。
「ここ、おんがくしつ!」
青味がかった溶岩洞の天井からぶら下がる、大小様々な氷柱がいくつか折れていた。その下に続く地面には、低く複層の段をなした石灰岩がある。
手前の壁面を柱状節理の凹凸が覆っている。細かく割れ目の刻まれたそれらを押し込むと、奥で冷たい音が木霊するものだ。緑がよくあちこちを押して遊んでいた。今は氷柱から伝ってきた黒い茨が角ばった迷路を描きながらその隙間に絡みつき、一部が押し込めなくなっている。
「ここ、としょしつ!」
二つの層を繋げた吹き抜けの空間だ。内側の六面全てに配置された岩棚が、その細長い四角の輪郭を整然と並べているのを見渡すことができる。前に立つと私の身体が隠れるくらいの高さで、無数にくり抜かれた穴の中には雑多な空想の小物が収まっている。
問題は二つの層をまたいで設置された窓にあった。窓は数十個の子窓が寄り集まって一つの大きな四角形をなしているのだが、その全ての枠が白と黒の靄で塗り潰されている。白は白と、黒は黒と隣り合わず、斜めにギザギザの縞模様を描く形だ。
「ここは……きょーしつ!」
「え、また?」
直角に折れた二つの木の板が、付かず離れずの距離で浮いている。横から見ると『』の形をしていた。その数はおよそ十……二十ほどだろうか。開けていたはずの場所がそれらに満たされて狭苦しい感じがする。
聞いた話だと、板の間に挟まって知りたいことを唱えると答えが浮かんでくるのだとか。怖いのは誰もその木の板を空想していない点だ。だから白黒の仕業ではないかとされている。
正直、意味がよくわからないが、最近はこういった怪談が流行っているのだ。
ざっと基地を一周して直せる場所は全部直した。わずかとはいえ、筆を使って自分で色を塗るのは新鮮な感覚だった。
そろそろ赤たちの様子も見に行ってみよう。そう思い、茶たちにここの維持を任せて大樹へと足を動かした。茶が言うに、あそこはびじつしつらしい。
現場は最後の段階に取り掛かっていた。五色の坂が螺旋状に絡み合って屹立している。先端はすでに高い。
残るは白、いや、赤緑青の天井を突き破ることだけだ。
「最後はこの筆を使うよ」
そう言って赤が見せてくれたのは、巨大な筒状の物体だった。鋭く削られた先端をよく見ると色がごちゃ混ぜになっている。
「皆、行くよー! ……せーのっ!」
それを全員で支えて一気に押し上げる。筆の先端は三色の塊に勢いよく突き刺さり、それを易々と塗り潰した。耳を描いたからか、以前よりも大きな音を立てて天井が破られていく。
そして特に合図もなく、皆ぽっかりと空いた穴を目掛けて飛び込んでいた。途端に周囲の空気が変質する気配。身体に張り付いていた蔓を切ったかのような解放感に包まれ、予想よりも高く放り出される。
「うわああああぁぁぁぁーっ!」
どうやら外の世界は重力の規則が弱いみたいだ。四本の手足を使ってなんとか着地し、あるいは勢いのまま転がり、私たちは箱庭からの脱出に成功した。
「わあ、広い……ここが外なんだ…………」
紫の声が風に飛ばされて消えた。それを跳ね返して反響させる壁や天井はもうない。視線も、音も、全ての感覚が遥か彼方まで引き伸ばされる。
真っ白な地面は曲線の多い輪郭で、高低差が激しく、どこまで続いているか確認することもできない。踏み込むとふわふわした感触が足底に伝わってくる。立っているようで浮いてもいるような、どっちつかずの地面だ。
頼りない足場を認識すると不安な気分が襲ってきた。傍にいる青の
「なあ、あれはなんだ?」
少し離れた先に広大な窪地があった。近くまで寄ってみると、その窪地は細長い黒ずみを中央に湛え、ざざ、と静かな音を反響させていた。
黒ずみは風に吹かれ、波紋を震わせる。表面が何度もうねり、捲れていくのに、内側は際限なく浮き上がってくる。
湖。流動するそれの名前がふと音として聞こえた。
未知の流動体。白黒に出くわすかもしれない、そんな考えはもはや誰にもなかった。皆吸い寄せられるようにして窪みへ足を踏み入れる。
表面は真っ黒に淀んでいる。それでも何か見えそうな気がして、底の見えない水面を覗き込む。
瑞々しい風が睫を濡らした。
時が止まったかのようだった。
誰かがこちらをじっと覗いていて、その目は見開かれたまま動かない。手を伸ばす。動きが重なる。はっとして止める。水面の向こうの誰かも全く同じだ。真似をしているのだろうか。
赤、黄、青、紫、緑、色々をふんだんに使って構成された身体はまるで私だ。でも、こんな
伸ばしかけていた手を思い切って突っ込んだ。想像していたものとは異なる、ぽちゃんと沈む感触が手首までを満たした。冷たい。伸ばした手が水面を境に融合し、一つになっている。
「私だ……私が、いる」
感嘆、あるいは納得の音を孕んだ声が漏れ出る。信じがたいけど理解した。
これは私だ。水面、もとい鏡面に私が映っているのだ。
赤たちも次第に気付き始めたようだ。ぺたぺたと自身の
「なんか、変な感じ」
「ちょっと恥ずかしいな……」
どうして私が見えるのだろう。というか、私の
鏡像より速く動こうとどれだけ素早く手を振っても追い付かれる。もう少しで振り切れそうなのに。
「空虚、後ろ!」
「えっ?」
とん、と軽い衝撃が背中を押した。咄嗟に伸ばした手も水面に溶け込んで沈む。
地面が消え、全身を冷たい棘が襲った。口を開けても発した声はことごとく泡に閉じ込められる。手足は思うように動かず、耳元の音は鈍くて遠い。
かろうじて振り返ると、水面の明るい窓を背景にあの白黒がいた。落とされたのだ。もがく私をさらに沈めようと、白黒は両手で胸元を押してくる。触れられた箇所の色が剥がれ落ちる。抵抗できない。水面からどんどん離れていく。
外から見た時と同様に水の中は黒く、ほんの少し先も見渡せなかった。今はぼこぼこと舞い上がる無数の泡と表情のない白黒だけが私と一緒の空間にいる。
いや、果たしてそうだろうか。横目に流れる黒ずみが何かの模様をなしているように見える。目を凝らしてそれを示す言葉を探った。
それは空虚の形をしていた。ゆらぎの中で白と黒がたゆたい、空虚と、花びらと、岩と、草の形を織りなす。全て見た記憶のある模様と景色だった。ただ一つ、色だけが損なわれていることを除いて。
空虚が黄の岩を見つけて喜んでいる。青が丁寧に地図を描いている。空虚が赤を追いかけている。それは空想でできた偽物だったため失敗した。黄と紫が同じ壁を前にして塗り潰し合っている。あえて色で触れ合わずに言葉での説得を試みるがどちらも頑固だった。
全部、知っている。色がなくても分かる。この身を以て経験した過去だ。
模様は絶えず揺れ動く。
今度は灰、だろうか。色が欠如しているのでわかりにくいけど、たぶん橙の岩を見つけている。おそらく茶らしき色が線を描いている。灰が茶を追いかけている。それは空想でできた偽物だったため最後まで追わなかった。橙と茶が同じ壁を前にして塗り潰し合っている。声を出すも言葉として成立しておらずどちらも理解していなかった。
これは知らない。私の記憶ではない。
緑が独断で行動して茶に出会った。残された欠片を辿って私と青がその場所へ向かった。緑が茶に話しかける。茶は取り合わなかった。
茶は全身から色を出して描き始めた。何か発想があるとか、完成図を思い描いての行動ではないことが分かる。乱雑に解放された空想はとてつもない速度で広がり、瞬く間に巨樹の形をなしていった。そこには葉がなかった。緑がそれを不思議に思ったのか、自身の色を差し出した。茶は緑色を枝でなく根の方に付けた。緑は笑った。茶はそれ以外何も発しなかった。
上には灰と橙がいた。彼らも同じく無造作に色を放ち、木を描いた。どれも見分けがつかないほど似ていた。彼らは二つの色を混ぜた。茶色も混ぜた。どこかくすんでいるような赤や、かげって見える青や、かすれた緑ができた。
なんだろう、これは、一体。
いくつもの知っている過去の光景と、それをなぞった知らない光景が繰り返される。
気味が悪かった。皆との思い出を馬鹿にされたような不快感が胸に渦巻く。そして一つの直感が頭を支配した。
「茶た」ごぼ「ちの言っていた」ごぼごぼ「声」ごぼ「の主はお前」ごぼ「だな?」ごぼごぼ「お」ごぼ「前があの」ごぼ「美しくない」ごぼ「木の群」ごぼごぼ「れを」ごぼ「描かせ」ごぼ「たのか」ごぼごぼ「どうし」ごぼ「て?」
白黒の肩を掴んで引き寄せ、頭の傍で声にならない泡を吐き出す。白黒には耳がないから話す位置はあまり関係ないのかもしれない。それならこの気持ちをどう伝えたものか、と思索に耽る。
その時、黒ずんだ水面が弾けた。輝きが泡を包み、流れに逆らって突き進んでくる。
『くるしい』
青の声だ。違う、意識だ。意識が流れてくる。
『どういうことなんだ? あれだけ努力して描いたのに、どうして雑に量産された木の群れ一つにも勝てない?
皆は自分のやりたいことをやっている。描きたいものを描いて楽しんでいる。
それなのに、あれを見てからはどれだけ丹精込めて描いても満足できない。実力が伴わないのに、理想だけが途方もなく遠ざかっていく。自分の作品が幼稚に見えて仕方ないんだ。
あの時、空を見た時、空しいと思った。こんなに広い世界に、私は少し色も残せていない。
…………。
だが、空虚は空想ができないにもかかわらず、私たちに言葉と表情をくれた。空を見て、胸を高鳴らせていた。
私は……空虚を尊敬している。私は空虚のようになりたい。空想を楽しみたい。そこに意義を見出したい。
それが、私の思い描く未来だから』
——意識が回帰する。私は空虚を、いいや、私が空虚、だ。
包み隠すもののない、純粋な青の意識の残滓がいまだに頭を巡っていた。その苦悩、絶望、挫折が痛いほどに分かる。
でも私は青が思っているほどすごくはない。私は空想ができる青が羨ましい。完璧を求めるその姿勢はかっこいいと思う。
ならば、私はどうするべきなのだろうか?
言語を作り、規則を破り、その果てに何を見ようとしているのか。
考える暇を、メラメラと滾る衝動は待ってくれなかった。
私は全てが知りたい。ありとあらゆることをこの身で経験して、なにもかも知り尽くしたい。
「私は、皆と一緒に、未知を見つけたい!」
空虚の身に残っていた空気を吐き出し切る。叫びを孕んだ泡を掴み取ろうとする色があった。
意識の同化はとっくに終わったのに、青の視点で、沈んでいく
青は、私は水中に輝く手を差し伸べる。空虚の笑ったような
空虚の瞳は透き通っていた。透き通るあまり何色でもなく、ひたすらにからっぽだった。
その目に映る青い手が、内側から虚ろな瞳を握り潰す。瞳は聞こえない音を立てて砕ける。目のなかに破片が漂い、そのうちの一つが青い光を湛えて中央に佇んだ。
焦点がぎゅっと引き絞られる。
途端に視界が鮮明になった。掴んでいた白黒を放り、今度はしっかりと空想ではない青の手を握る。身体が引き上げられる感覚と共に水面が迫ってくる。
水の中から飛び出すとあたたかい空気が身を包んだ。そして目を開く。
清く、鋭利な青の瞳に、世界は色付いて見えた。
空が青い。
果てしなく、きっとどこまでも。
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