第5話 奈落淵一家の力
「……は?」
そこに、どうみても〈一般人とは思えない風貌の男達〉がいた。
それらは二十名程いて、共通してスーツの姿で、共通して強面で、共通して〈間違いなく普通じゃない〉と思わせる空気があった。
その男達は〈エクスタシー〉の面々を捕えている。
特に拘束等はない。その男達はただ突っ立っているように見える。
だのに彼等はこの状況を支配していた。
〈エクスタシー〉の面々は何もしていない。身動きも取っていない。
視線は地を這い、彼等の傍に立っている〈一般人とは思えない風貌の男達〉はそんな〈エクスタシー〉の面々を取り囲むかのように立っていた。
通りの端々には黒いセダン車両が複数居並び、戸を開けた男は目を白黒とさせつつ、震える脚で外へと出てきて、その様々を見て現実味が失せていく。
「退け、小僧」
呆ける彼の耳に言葉が届いた。
言葉の主の表情は刃物を思わせる程に鋭く、恐ろしいまでに美しかった。
そんな美女がピンヒールを鳴らしながら男に接近する。
男は口をまごつかせる。
額から滴った汗が喉元まで伝い、眼前に迫ってくるその人物――「退け」と口にしたメイド、蜜月を前にして息を呑んだ。
男が口をまごつかせた理由は単純だった。
「ここで声の一つでも出したら殺される」――そう確信する程、目の前に立ったメイド服を着た女性は異常な空気を纏っていた。
「聞こえなかったか小僧。退けといったぞ、私は」
再度と蜜月が口にする。
その言葉にまともに動けなかった男はいよいよ脚を動かし、戸の前から退いた。
そのまま震える脚で地面にへたり込むところだったが、腰を落とす寸前、両脇からスーツ姿の男達が表れ、肩を掴み、無理矢理に立ち上がらせる。
男達は何もいわない。見つめるだけだった。
その何も語らぬ異様さに、ついに彼は生きた心地すら失せ「座る自由すらも奪われたのだ」と理解し、恐怖によって小水を零した。
「お嬢様、御無事で」
「あら……? 蜜月じゃないの。どうしたのよ、こんなところに」
店内へと踏み入った蜜月は、外に残るだろう戦力を片づけようとしていた白雪と対面する形となった。
予想外の人物を前に、それまで怒涛の殺意を滲ませていた白雪の目は大きく見開かれ、張りつめた空気までもが失せていく。
穏やかな表情になった白雪に蜜月は一度微笑むと床に膝を突き、頭を下げた。
「外の状況は掌握して御座います、お嬢様。よもやこういう事態になるとは……中々にこの近辺は荒れているようで」
「あらまぁ、別によかったのに……とはいえ手間も省けて何よりだわ。ご苦労だったわね、蜜月。そして皆も」
跪く蜜月。その背には外の光景があり、伺えた状況から凡そを察した白雪は溜息と同時「一先ず問題はないな」と呟いた。
「蜜月。〈エクスタシー〉とかいう組織、分かるかしら」
「勿論です、お嬢様。皆には既に情報共有をしております」
「やはり優秀だわね、流石は我がレディースメイドといったところかしら」
「お褒めに与り恐悦至極……」
空気からして騒動は一先ずの幕が下りたものだとロリィタの皆は肌で感じていたが、それにしても理解の及ばない状況なのは変わらなかった。
皆は、先までの危機から脱した安心感だとか、目の前で巻き起こった暴力の光景だとか、それを成し遂げた人物――白雪の意味不明にも程がある戦闘力を思い返すと、やはり今までのことは全て夢や幻だとか、或いは撮影等の芝居だったのではないかとすら勘繰った。
ところが最大の被害者であるオーナー本人は皆の疑問に対して首を横に振りまくり、その勢いを見てロリィタ達は「まぁそりゃそうだ」と同様の感想を口にする。
では先々の危機的状況というのは実際の通りだった訳だが、それを真っ向から粉砕した白雪という人物に再度注目が集まる。
「ちょちょちょ、白雪ちゃん!? さっきのは何、どうなってるの!?」
「ていうか外の人達、あれってなに!? そこのメイドさんも! 白雪さんの身内なの!?」
「い、今、お嬢様っていってたもの! そうであるなら、やっぱり身内なんじゃ……?」
「そもそもあんなに強いってどういうことなんでしょう、もう何もかも非現実の連続で、流石に頭が痛くなってきましたわ……」
白雪へと群がるロリィタ達は先までと打って変わり、口々に疑問を投げ、打ち寄せるロリィタ達の身体や言葉に白雪は困った表情だった。
「ああいや、その、少し落ち着いて頂戴、皆様方。状況は未だ済んでいないのだから」
「でもでも興奮も当然のことよ! そりゃあ怖かったけど、先の白雪様の強さといったら!」
「それに助けてもらったってことでしょう、私達は? ならば尚のことよ!」
「ええ、そうだわ! そうでしょう、オーナー様!?」
未だに現実味がないのはオーナー本人だった。
先に彼女が口にしたように、彼女は度々〈エクスタシー〉に脅迫されていた。
「こういう時世に後ろ盾の一つもないと危険だろう」と、「だからこそ己等の傘下に収まれ」と強要されていた。
脅迫に屈すまいと断り続けていた彼女だが、その度に従業員をかどわかすだの、関係する誰彼に脅迫がいくだの、店内に長く居座るだのと様々な迷惑行為をされていた。
実質的な暴力というのはなかったが、今回のことから「それも近い内にはあったのだろう」と
「あの、白雪様! その、助けて頂いたのは非常に有難いのですが、こうもなっては……!」
一個人が刃向った事実――信じ難いことだし、有り得る訳がないとも思える。
事実として〈エクスタシー〉の組織力というのは侮れないし、影響力も鑑みれば事態は最悪な状況だった。
今し方、何故に外に黒服の人物達がいるかは不明だし、白雪の出自というのもオーナーは知らない。もしかしたら普通とは程遠い生まれなのかもしれないとも思う。
それでも相手は飛ぶ鳥を落とす勢いを誇る〈エクスタシー〉。
白雪という人物が世の暗がりを知る生まれであっても、事態は簡単な程度では済まない筈だとオーナーは不安を抱く。
「オーナー様。少しばかり宜しいかしら」
「はっ……え?」
ところが問題の白雪といえばあっけらかんとしていて、その顔にいつものような可憐な笑みを浮かべるとオーナーへと振り返り、こう口にした。
「先の状況から仕方なしに抵抗をした訳なのだけども、それでも品性の欠片もなく場を荒らしたのは事実。こうも店内を滅茶苦茶にして誠に申し訳御座いませんわ、オーナー様……」
「え、い、いやっ、え!?」
「楽しいお茶会は始まったばかり。その空気を壊した私には責任がありましてよ」
いや何を、とこの場にいる全員が同じことを思った。
確かに彼女は暴れた。暴力に対して暴力で応えた。
だがその理由は誰かや何かを護る為であり、オーナーとロリィタ達の無事を確保するべく抵抗したまでのことだった。
それでも白雪は心底に申し訳なさそうな表情で、彼女の隣に立つ蜜月までもが頭を下げてしまう。
「故に……今夜は私にこの場を持たせて頂けませんか」
驚愕の台詞だった。
それは「今夜のお茶会は全て己が請け負う」というもので、イベントの代金だとか店の修繕費も含めた「全ての費用を引き受ける」ということでもあった。
誰もが反射的に立ち上がり、何もそこまでする必要は微塵もないと思う。
ところが白雪が何をいうよりも先に一歩前へと踏み出したのは蜜月で、彼女は再度頭を下げると歩みを進め、オーナーの隣に立った。
「僭越ながら、今宵の茶会を先よりも美麗に仕上げよとお嬢様よりご命令を賜りました。ご尽力致します、オーナー様。蜜月と申します」
「へぇ!? え、あの、白雪様!?」
未だ困惑するオーナーやロリィタを後目に、白雪はパゴダ傘を手に持つと外へと踏み出す。
そこには〈一般人とは思えない風貌の男達〉がある。
彼等は意気消沈した〈エクスタシー〉の面々を他所にして白雪が出てくると深く頭を下げた。
「お疲れ様です、お嬢様!」
「お怪我はありませんか、白雪お嬢様!」
「お嬢、相も変わらずの実力に感無量です!」
まるで、そういった類の映画のワンシーンのようだった。
彼女が一歩、また一歩と踏み出すとそれだけで彼女の左右には人の垣根が出来上がり、それぞれは深く頭を下げて言葉を添える。
その一つ一つに適当な返事をしつつ、彼女は最後尾にあった一人の人物を前に立ち止まった。
「〈エクスタシー〉とかいう組織の本部、どこ?」
「はっ。数ブロック先のクラブ〈スピリット〉です、お嬢様」
「洒落た場所ねぇ。まあ若い時分ですものね、そういう盛り場に憧れを抱くのも自然かしら」
嘆息すると白雪は肩を竦めて呆れた顔になる。
そうして視線を泳がせた白雪は目的の方向を見据えると、再度一歩を踏み出した。
「お一人で……どちらへ行かれますか、お嬢様」
そんな彼女の背に男達が視線を集め、問いを口にする。
それに対する白雪は立ち止まると、顔だけで振り返ってこういった。
「
その瞳には鋭利な輝きがある。
他者から寄せられる全ての言動を切り伏せるような覇気だ。
男達は額に脂汗を滲ませ、言葉を続けようと思ったが、それを思い留めると揃って頭を下げた。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様……!」
「夜道はお気を付けて、お嬢様!」
「お帰りの際はいつでもお声がけ下さい、お嬢様!」
白雪の歩く方向には〈エクスタシー〉の本部でもあるクラブ〈スピリット〉がある。
一人で夜を歩いていく白雪。その背を追う者は誰もいない。
彼女を「お嬢様」と呼び、慕う男達であっても、これから彼女が仕出かすだろう行動を思っても何もせず、その場に留まった。
間も無く先の騒ぎを聞いて通報の一つや二つから駆けつける警官隊の存在がある。それの対処をする為にも彼等はここに残る。
白雪という少女が誰にも「ついてこい」と口にもせず、己の愛用するメイドまでをも状況に置き去りにした事実。
それらからはっきりと分かることがある。
「今宵のケリは全て手前一人でつける」――それが白雪の背から伝わる意思だった。
故に皆はその瞳に畏敬の熱を宿し、拳を握りながらに「だからこそあなた様が六代目に相応しいのだ」と同じ気持ちを抱いた。
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