第4話 折檻
チャンキーヒールを鳴らして白雪は男共へと歩み寄っていく。
その足取りに迷いはなく、彼女の視線は真っ直ぐに景色を射る。
「なんだこのガキ……? お前、今、何をしやがった?」
男達にはまったく理解の追いつかない状況だった。
目的の店は抵抗の一つもないと思っていたし、この場にあるのは恐怖にすくみ上る、風変りな格好をした女性達と生意気な店主くらいで、脅威が存在するわけがないと思っていた。
「相手が誰だか分かってんのか、自分がノした人を誰だと思ってんだ? その人は俺達のリーダーだぞ? まして
床の上で気を失っている地雷系の少女――曰くは彼等のリーダーと呼ばれる人物、竜ケ崎円は、どうやら名の知れた不良だった。
その名前を聞いて複数のロリィタは驚愕の顔をするが、対して歩みを続ける白雪は首を傾げるだけだった。
「知らないわね。誰よそれ」
「……今やここ近辺の実質的な支配者だろうが。チーム〈エクスタシー〉の大幹部だ、糞ガキ」
チーム〈エクスタシー〉――首都歓楽街を根城にする不良集団で構成員は百五十名に及ぶ。
ギャング然とした組織は
「物を知らねえってのは恐ろしい限りだぜ。俺達〈エクスタシー〉は暴力至上主義だ。刃向う奴はぶっ飛ばす、口答えの一つも許さねえ。そんな風に暴れ回ってきた結果に今がある。歓楽街のほとんどが支配下にあるっつー意味……分かるか? この盛り場を牛耳るっつー意味が」
ネオン街を支配する〈エクスタシー〉の影響力は大きい。
風俗店に始まり飲食店の多くも既に彼等の手の内で、その全ては暴力による従属化だった。
若く、血の気が多い暴力集団が夜の街のほとんどを掌握した事実。
それというのはつまり、彼等の組織力というのは、荒れる盛り場をも頷かせる徹底した暴力にこそ本質がある。
「跳ねっ返りの一人や二人、ましてやガキ相手となりゃ普通は見過ごすだろうよ。相手取るのも馬鹿馬鹿しいとよ。けどなぁ……俺達はそうじゃあない。抵抗の一つも許さねえ。だから手前は終わりだ。そのガラぁ貰い受けるぜ――」
克明に己等の悪を語った一人の男は悍ましい笑みを浮かべる。
実際に〈エクスタシー〉構成員の全ては自身等の有利を疑いもしなかった。
だがしかし、息巻いていた男の言葉が途切れる。
ついで白目をむき、男は膝から崩れると先の地雷系の少女と同じように床に転がってしまった。
「聞けば聞く程に下らない内容だこと……呆れが礼にくるというのはこういうことをいうのかしらね。鼻高々に己等の悪行を語るだなんて……そういったものはね、口にしない方がいいわよ。何せそれが通じない場合は滑稽でしかないのだわ」
虚空を突くようにパゴダ傘の石突が宙で制止していた。
それを構えているのは白雪だった。
彼女は呆れ顔のまま
よくよく見ると男の
その状況を見ていた多くの人々は唖然とし、更には目を疑うばかりだった。
見目麗しき美女、白雪。
彼女は堂々と歩みを続けていたが、彼女は己の前に立ち塞がった先の男に対し、迷いの一つもなく、さも当然のようにパゴダ傘の
速度足るや並みでもない。先の男は恐らく暴力に自信があった様子だったし、実際に男は暴力を得手としていた。
ところが反応すら出来ずに沈んだ事実。
かつ、暴力を当然のように行使し、咽喉という急所を的確に突いた白雪。
美女の表情といえば感慨の一つもないような澄んだもので、状況をようやく完全に理解した〈エクスタシー〉の面々はいよいよ怒りを露わにすると白雪へと詰め寄った。
「おいクソガキ! 手前、何してやがんだ!」
「ふざけんじゃねえぞ糞が、死ぬ覚悟は出来てんだろうな!?」
予想外の事態に当初はまともなアクションすら取れなかった兵隊達だが、思考は脅迫から暴力へと完全にシフトした。
己等のリーダーと仲間の一人を無力化した事実――気に入らないにも程があった。
歳若く、荒れ狂うしか能のない自分達であれ、たった一つの暴力という手段で夜の街を制した。
故に彼等はその商売で、暴力という専売特許で遅れを取る訳にもいかなかったし、仲間を傷つけられた事実に激怒をした。
相手が少女だろうと関係はない。
彼等は凶器を持ち、それを当然のように振り被る。
「あらまあ当然のように武装しているのね。刃物もあれば鈍器もあると。恐ろしいわね、歳若い見た目に反して攻撃する度胸も命を奪う覚悟もあるというのね」
白雪は冷めた顔のままだった。
状況は後のない土壇場に等しく、八方からはほぼ同時の拍子で凶器を振り上げる男共が迫っていて、刹那の後にはそれらの攻撃が降りかかろうとしていた。
だが白雪の表情には焦燥の一つもなく、彼女は突然にパゴダ傘の下はじきに指をかけた。
「はっ、その傘で防ごうってか!? ボケが、んなもんで防げる訳がねえ――」
この場にいる全員が同じ気持ちだった。
突然に傘を開いた白雪に対して、そんな程度で刃物や鈍器の攻撃を防ぐことができるわけがないと。
だが皆の気持ちや予想は大きく外れてしまう。
開かれた傘はやはり派手で華美な装飾をした物で、これにまともな防御機能はないと思われたが――
「のわっ!? おいおいなんだこれ!?」
「うおぉ!? なんだこの傘、どうなってんだ!?」
展開された傘は鈍器を弾き、更には刃物すらも弾いた。
予想外の抵抗感に男達は驚愕のまま仰け反る形となり、悲鳴と共に衝突に目を伏せ
ていたロリィタ達すらもが薄目に見えた状況に口をあんぐりと開けた。
「暴力が得意だと……それこそが己等の絶対的能力だとあなた達はいったわね」
店内に咲いた白く華やかな傘。
それを格納した白雪は鋭い
未だ男共は腰が引けた状態でまともに構えも取れない。
そんな好機を逃すまいと白雪は床を蹴り、派手な音を発すると景色から掻き消えるような勢いで一人の男へと肉薄した。
「では体感してみるといいわ。ごり押しの
接敵した白雪は男の脚へと己の脚をかけ、体軸の崩れた男の手を取ると〈床に押し倒した〉。
その音は先程も聞いた音――地雷系の少女が床に転がった際に生じた爆音と同じで、抵抗の一つもままならなかった男は後頭部から床に激突するように倒れた。
まるで高所から落下したように大袈裟な音で、仕組みが分からないロリィタ達は撃沈した男の無様を見て喉を鳴らす。
白雪の動きは未だ止まらない。
先の男を踏み越えて更に一歩と前進し、眼前からナイフで突いてきた別の男の腕ごと自身の右半身でいなし、密着すると男の脇腹へと
「ひぎっ――」
「痛そうね。まあ当然なのだわ。だってここ、急所ですもの」
男の全身に理解し難い激痛が走り、硬直すると同時に、白雪は密着した状態から〈自身の身体を押し出した〉。
それは一見して体当たりのようだが、そんな単純な術に思えるのに、白雪が〈激しく大きく踏み込む〉と、たったそれだけの動作で――
「ごえぇっ……!?」
男は大袈裟な程に派手に吹き飛び、テーブルや椅子を巻き込みながら壁に激突した。
先々の兵隊達同様に意識を手放した男だが、白雪と密着していた部位――男の右脇腹が大きく沈んでいる。
まるで鈍器で突かれたような痕跡だったが白雪の手元には傘しかない。
一体何が起きたのかと皆は疑問ばかりを浮かべるが、それでも残る戦力は押し迫る。
「なんなんだこいつ!? 見かけによらない馬鹿力なのか!?」
「おい、同時にやるぞ! 挟撃だ挟撃、ボコっちまえ!」
白雪の左右からは、ほぼ同時の拍子で木刀が迫っていた。
対角にある男同士が息を合わせて上段から同時に木刀を振り下ろし、切っ先は白雪の頭蓋へと叩きつけられようとしていた。
「阿呆が……得物を持てば有利になるとでも思っているのかしらね」
しかし残念至極、それは成し得なかった。
白雪の動作はシンプルでしかなかった。
ただ背を屈めた――それだけだ。
だがそれだけのことで彼等の攻撃は意味を失う。
示し合わせた二人の挟撃は互いの切っ先を打ち付け合う形となり、それにより白雪の頭上で甲高い音が生まれ、二人の男は驚愕と同時に衝撃のあまり木刀を振り上げてしまう。
「〈剣の操作〉も出来ない愚鈍が剣を持ってどうするのよ。まだ素手の方がいいわよ」
撃ち合った両者の目がそれを捉える。
浮上した白雪が腰溜めに傘を構え、抜き放ったのを。
両者の顎先を傘の石突が捉え、半円に切り結ばれた傘の軌道に巻き込まれた二名の男はたったそれだけの衝撃で意識を手放し、両者は同じタイミングで床に転がった。
「んなっ……お、おい、なんだよお前は……何してんのか分かってんのかよ!?」
複数の敵戦力を無力化した白雪は息を吐くと、残る勢力はどれ程だろうかと目線を配った。
彼女の視界に映ったのは一名。それだけが店内にある〈エクスタシー〉の残存兵力だった。
一人だけ無事な状態の男だったが、彼は一歩、一歩と出入り口へと後退る。
夢でも見ているのかと思う程に男は状況を受け入れられなかった。
暴力だけでのしあがってきた〈エクスタシー〉――その組員としての矜持があった。だのに、そんな自慢の暴力は全て意味を失った。
たったの一店舗を支配しにきただけなのに、意味不明な格好をした一人の少女の手により組織の戦闘員が地面に転がる結果になってしまった。
「俺達に逆らうのか!? それをすることの意味が分かってんのかよ……あぁ!? この店はもう終わりだぜ、カスがよっ……何を得意気にしっちゃかめっちゃかやりやがって!」
男は叫びながらも出入り口の戸に背が触れる。
窮地に立たされていた男だが奥の手があった。
それこそはこの店に攻め入って来た時から外に配置していた〈エクスタシー〉の人員だった。
それらは予備の戦力という訳ではなかったが、抵抗があった場合は当然に投入を前提として考えられていた。
如何に破竹の勢いを以ってしても多勢に無勢。
一騎当千なんてものは
数に物をいわせることこそが戦略だとすれば、端から〈エクスタシー〉は勝っていた。
だから男は戸を押し開き「あの意味不明な少女を今度こそ嬲り殺しにしてやる」と息巻くが、そんな彼の視界に映ったのは、今度こそ理解し難いものだった。
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