第3話 乱入者
「うへぇ、なにこれ? 元より格式高そうな店だなーとは思ってたけど……なによ、コスプレ集団の会場なん? うげえっ、すっげえフリフリ、フワフワしててバッカみたい!」
聞き捨てならない程の侮辱だった。
サロンに集ったロリィタの多くは怒り心頭に立ち上がると入り口に立つ少女を一斉に睨みつける。
「はぁ、何よあんた等、そうも凄んじゃって? 集団心理ってやつ? 数が多ければ気が大きくなるのは人の性って? それこそバカみたいよねぇ、いやはや滑稽、滑稽……」
その少女もまた、特徴的なファッションだった。
それは地雷系と呼ばれる今時の少女達の間で流行しているファッションで、フリルやレースを「過剰な装飾」と小馬鹿にした割に、フリルを施したセーラーを身に纏い、超ミニのスカートも同様にフワフワと舞い踊る。
だが特徴的なのは色使いとメイクだった。
モードを想起させるような白や黒を基調とし、ピンクや赤といった派手で直球的な色も好まれる。
そしてメイク――病みメイクと称されるそれは病みカワとも呼ばれるが、赤いアイシャドウを使い泣き晴らしたような風貌になる。
ベースメイクは徹底してトーンアップした白で、それによって赤味がより強調されていた。
「けれども残念至極。そうも調子にのんなやクソメス共が」
そんな地雷系の少女に続くように複数の男達が表れ、サロン内へと踏み入ってきた。
突然の乱入と理解の及ばない状況に、それまで怒髪冠を衝く勢いだったロリィタ達は怯え、意気消沈し、誰もが席に腰を落とした。
「そうそう、そうやって大人しくしてなよ。今回はそもそもあんた等に用はないわけ。んまぁ……利用はさせて頂くんだけどさぁ?」
店の戸が乱暴に閉まった。
窓辺から外の様子を伺った複数のロリィタ達は、サロンを取り囲むように多くの男達の姿があるのを見た。
「まるで包囲網のようだ」と皆は顔を蒼褪め、逃げ場はないと察すると、皆は状況の理解も及ばず、戸惑いのまま周囲を見渡していた。
「ああ、別に警察に連絡するでも友達や親に連絡するでも好きにしていいよ? こっちはどうせ直ぐに用事をすませるからさぁ」
ねえ、と地雷系の少女は足音を響かせてオーナーの眼前に立つ。
「老舗としてのプライドなのかも知らんけどさ、こういう状況に至れば選択の余地なんてないって流石に分かるでしょうよ? 如何に気丈に振る舞おうと、組織的な暴力の前にはあんたらみたいな一般人は無力も無力なのよ」
笑いつつも少女は言葉を続ける。
「だからいい加減に頷きなよ、ね? 〈あんたの店の面倒を見てやる〉っていってんだよ? 何を拒む理由があるのよ? それこそこういう状況になったら泣きを入れるくらいしか出来んって実感も経験もしたでしょう? そんな無力なあんたらを護ってやるっていってんだよ?」
少女の言葉にオーナーは震える手を握り、拳を作った。
彼女の細い腕は暴力とは無縁に思えるし、拳を握ったところでそれが通用するかも疑わしい。
だが、それが彼女の意地であり、意思表示だった。
オーナーは未だ全身で震えたまま、声も震えたままで、それでも地雷系の少女を睨み付ける。
「た、例え、どれだけの脅しを寄越されようと、私は我慢してきました。それこそ、うちの従業員に怪我をさせるだとか、無理くりに他所のお店に引き抜きで持っていかれても……それでも私は、このお店を愛していますし、護る為ならば何でもするつもりでもありました……」
震えるだけの声が段々と鋭さを帯びる。
それは誰が聞いても分かる通りに怒りの感情だった。
「それでも、こういう真似だけは我慢ができません……! 私一人を襲うならまだいいでしょう、私は耐えられる! だのに我がサロンのお客様をも巻き込んで、挙句は脅しの材料にするだなんて外道極まります! 退店を願います!」
毅然とした態度で言い放ったオーナーに、最初、地雷系の少女は面白そうに笑っていた。しかしそれもすぐに止む。
状況を不安に見つめるロリィタ達も、店内に押し入ってきた男達も、オーナー本人ですらも彼女の反応には不思議な様子で、皆は怪訝に彼女を見た。
「ナマいってんじゃねえぞクソアマが」
「うっ……!?」
それは唐突という言葉が相応しい程の変化だった。
突然真顔になった地雷系の少女はオーナーの胸倉を引っ掴むと無理矢理に顔を寄せ、抑揚のない声でそう呟いた。
それにオーナーの項は粟立つ。
何故ならば引き寄せられると同時、彼女の腹部にはナイフの先端が押し付けられていたからだった。
地雷系の少女の身体が真実を覆い隠している。
肉薄した両者だが、それの実態は刺すか否か――流血沙汰の一歩手前の状況だった。
「碌に力も金もねえ、ただの飲食店経営者が何を
それは怒りの臨界点を突破する程の激怒だった。
少女にとって、現状、己の優位性は覆りようがないと思っていたし、己こそが状況を支配する立場だという意識が強くあった。
にもかかわらず楯突かれた事実。
生意気にも無力な一般人が勇ましくも立ちはだかり、己に文句を叩きつけた事実。
許す訳にはいかないと少女は決意を抱く。
元より散々なことを目的として彼女はこの店に踏み入った。
今この場においては目的としていた状況とは違うが、それでも暴力の景色が自分達の縄張りではなく、脅し相手のホームに変わっただけで予定に大きな変更点はない。
だから、もう、少女にブレーキはなかった。
刃を抜いた時点で正気はない。
怒りに支配され突き動かされる少女は、ついにその刃をオーナーの腹部に全力で突き立てようとした。
「成程ね、大体は理解したわ」
だが、そんな少女が抱いた必殺の決意は霧散する。
そこに、すぐ傍に、その乙女がいるからだ。
オーナーと最後に直接喋っていた彼女は変わらずに同じ位置にいる。
そのままで今の今まで無言で状況を見ていた。
果たして何が起こり、何を目的として連中は行動をしているのか――それの確証を得られず、どうしたものかと考えあぐねていた彼女は、ついぞ地雷系の少女達の思惑を理解した。
「つまりは稼ぎのいいお店に無理くりケツモチだとして出張って、金銭を巻き上げようとしていた訳ね。それに長らく抵抗していたオーナー様を頷かせるには相応の血が必要だと、この場にいるロリィタ達を人質にすればオーナー様も頷くだろうと、力任せな手段に打って出たと……そういう呆れるような内容だというわけね」
彼女の手が伸びている。
その手はナイフを握り締める少女の手を掴んでいた。
地雷系の少女は自身の殺傷行為を阻まれた事実に数瞬、理解が及ばずに沈黙する。
だがその沈黙を埋めるように乙女が言葉を口にして、内容を理解すると同時、再度殺意が湧いてきた。
「あぁ!? 上等な口をきくじゃねえかクソアマが! 誰の手を取ってやがる、このアタシ様の手だぞ! それすらも分からねえんなら、手前、血ぃ見る羽目に――」
「知らんわよ、あなたなんぞ」
地雷系の少女の言葉はそこで終わった。
最初、その光景を見ていた人々は、それこそロリィタもオーナー本人も、そして攻め入ってきた男共も関係なく、誰もが理解が及ばなかった。
何せそれまで威勢よく叫び散らし平然と人を刺そうとしていた地雷系の少女が、突然に身を崩して〈大きく派手な音と共に地面に激突した〉からだ。
普通、人が倒れた程度では叩きつける程に大きな音はしないし、それは爆発音にも思える程に大袈裟で、その衝撃を語るように、息巻いていた少女は白目をむき、口から
「今時はそれ程に無様で情けのない連中が幅を利かせるものなのかしらね。まあ生き残る為ならば必死になるのも頷けるけれども、それでもね――」
そんな少女を見下ろしつつ、立ち上がった人物がいる。
オフホワイトのワンピースに身を包んだ、エレガントロリィタを愛する少女だった。
見た感じ、その少女は華奢だし、暴力のようなものとは程遠い風に思える。
だがその人物は立ち上がった。
まるで己の役割を知るように、それを成す為にと。
「美しくないのよ。あなた達のそのザマというのは」
彼女は心底に愛していた。
己の道と定めたロリィタファッションをこよなく愛し、また、同好の士との友好を育むことを愛し、そんな楽園のような環境に感謝を寄せ、力添えをすると約束する程に愛を寄せている。
だから彼女は立ち上がる。
失神した少女を越え、フリルとレースを靡かせながら、その手にパゴダ傘を持ち、男共の前に立った。
「少しばかり教育のお時間よ。何せ馬鹿のように馬鹿な真似をしたのだから、二度とこのような間抜け極まる真似をさせない為にも……
果たしてこの場に彼女の正体を知る人物がどれだけいるかは定かではない。
ただ、間違いのない事実として、彼女こそは奈落淵一家が唯一の嫡女にして、彼の銀治組長をも言わしめて「誰もお前には敵わない」と称された、一種の〈化け物〉だった。
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