幕間:ソフィア視点

「お前を私の最側近たる主命官に任命する。」


その言葉に周り我が幹部たちは驚きに目を見開き、私の前に立つ彼を凝視している。


ふふっ、皆驚きからか面白い顔をしているじゃないか。まさかこんなことになるとは、誰もわからないだろうな。


そんなことを考えていると彼がか細い声で恐る恐る言う。


「分からない…何で僕が?」


彼の目をじっと見据えて言う。


「お前の知識が必要だ。」


彼はその言葉の意味がよく分かっていないのだろう。未だに困惑した瞳をキョロキョロと回している。


当然だ。無理もない。私がさきほどここに連れてきたばかりなのだから。

彼との出会いはわずか数時間前にさかのぼる――――





















私はソフィア。

秘密組織、秩序の盟約コヴェナント・オブ・オーダーを創り、ある目的のために戦っている者だ。


私は今、追手に追われていた。ある広場の人混みに紛れようとしたとき、視線の先で爆発が起きた。

とっさに横に跳び衝撃から逃れようとしたが、衝撃を殺しきることができず、地面に体が叩きつけられた。


追手に捕まることを覚悟したが、そこで思わぬ助けが入る。


「大丈夫ですか?」


目を開けると、そこにいたのはどこにでもいそうな青年だった。黒髪に深緑の瞳。服装からして、下級貴族の令息か豊かな商家の息子といったところだろうか。


善意から声をかけてきたのだろう。体を起き上がらせようとしたが、まだ一人ではできなかった。


「……助けてほしい。」


彼はその声を聞くと、周りの様子を見渡す。


「いたぞ、あいつだ!」


追手が迫る中、彼は躊躇することなく私を路地に引き入れた。そして信じられないことに、彼は小石を拾い上げ、自分なりの戦略を練り始めた。


「神棋と同じ…」


彼のつぶやいた言葉に、私は耳を疑った。神棋―様々な種類の駒を盤上で戦わせるゲーム―は、相手の行動を何手も読む力が求められる。それをいつもの盤面上ではなく、この路地で行おうとしているのか――


彼の戦術は、驚くほど的確だった。追手たちの動きを巧みに誘導し、私たちは見事に彼らの追跡を抜け出すことに成功した。


安全な路地で息を整える中、私は彼を見つめながら問いかけた。


「どうやって撒けた?」


彼の答えは簡潔だったが、そこには自信が見え隠れしていた。


「路地を神棋の盤面に置き換えて、敵の行動を読んだだけで…」


その発想に私は確信を抱いた。彼は私たちにとって非常に有用な存在だ。


「他に何ができる?」


彼の返事には、どこか自己否定的な響きがあったが、その知識の幅広さには驚きを隠せなかった。魔竜、飛行鷲道、王国史、そして神棋――実用的ではないと彼は言うが、私にとって関係なかった。


「お前、名は?」


「リオ・クライヴです。」


その名を聞いた瞬間、私は心の中で決めた。この青年を私の計画に絶対に巻き込むと。





















「お前を私の最側近たる主命官に任命する。」


私は彼を私たちの拠点に連れていくと、会合のため集まっていた幹部の前でこの言葉を放った。


この場にいる皆が困惑している。話が急すぎたな。


「分からない…何で僕が?」


「お前の知識が必要だ。」


「どうして僕なんだ?僕の知識なんて無駄なものばかり…何の役に立つというんだ?」


彼は自分に自信がないのだろう。


「そうよ!どういうこと?いきなりこんなやつ連れてきて、ちゃんと説明して」


「明らかに経験がないし実力不足に決まっている。どんなやつを俺たち以上の地位に置くのか?」


「まず主命官ってなんだよ?いきなり新しく役職作ったって分かんねぇんだよ」


幹部たちは困惑の声をあげている。ここにいる中で、彼の真の価値をわかっているのは私だけのようだ。

皆にそれを諭すように、少し微笑みながら告げる。


「お前が持っているものは、我々にとって極めて価値がある。」


「主命官とは、私の右腕としてその知識で私を支える役割だ。お前のその知識と先ほどのようなとっさの対応能力が欲しい。」


彼はそれでも自分が本当に役に立つのかわからないままのようだ。

だが、私は彼が欲しい。致し方無いが、強気にいかせてもらおう。


「お前には二つの道がある。一つは組織に入り私の下で働くこと…」


「そしてもう一つは………言わなくてもわかるだろう。」


私は彼を絶対に手に入れてみせると誓っている。だからこそ、こんなにも意味深なことが言える。


彼は覚悟を決めるように、瞳を閉じる。ゆっくりと深呼吸するが、こわばった顔は直っていない。そして震える声を絞り出すように言う。


「…僕は、この組織に入る。」


彼の表情には、不安と決意が交錯していた。


「いいだろう。お前はこれから秩序の盟約コヴェナント・オブ・オーダーの一員だ。」


この組織に入るからには、を彼にも知ってもらわなければならないな。


「さて、リオ。」


机に手をついて立ち上がると、彼を正面から見つめる。


「お前には、私たちの活動と、を知ってもらわねばならない。」


「そして、その非凡な知識で私たちを支えてほしい。」





















私は予定されていた幹部たちとの会合を中止し、彼を先導するように拠点内を歩いている。彼らは呆れた表情をしていたが、仕方がない。私にとっては彼のほうが重要なのだから。

彼はどこか考えるように視線を一点に向けて後ろを歩いている。この世界の知識を呼び起こしているようだ。


「どうしてこうも王国史には曖昧な部分が多いんだろう…?」


私は驚きで足を止めた。彼がこれほど的確にそこに気づくのかと。

思わず口が動く。


「それは、書き残すことすら許されなかった時代があったからだ。」


「書き残すことが許されない…?」


おっといけない。こんなところで話す話ではないな。


彼を執務室に連れていくと、咳払いをし彼の視線を戻してから、話を続ける。


「この大陸にはかつて、我々の知るどの国よりも進んだ文明が存在していた。モナ帝国も、ルーナ王国も、その遺産を受け継いでいるに過ぎない。」


「遺産…って、それって一体…」


「《ルナティカ》」


その言葉に、彼は一瞬ビクッとした。思わず語気を強くしすぎてしまったようだ。心を落ち着かせ、また口を開く。


「ルナティカは、少なくとも千年以上前、この大陸全土を覆うほどに広がり、超高度な技術を極めた超文明だった。だが、その栄華はある日、突然消え去った。」


「消えたって…そんなの、どうやって?」


「詳細は分からない。ただ、一つだけ言えることがある。その滅亡の裏には、人間の欲望と制御不能な力があったのだ。」


遥か遠い過去に何があったのだろうかと、つい思いを馳せてしまう。


「ルナティカの遺跡は今も存在している。だが、はその場所を知らない。見つけたとしても、内部に入る術を持たない。」


?」


そのに違和感を持つとは流石だな。

だが、今は知るべき時ではない。


「リオ、私たちが追い求めているのは、その真実だ。そして、その遺産を正しい形で次の時代に繋ぐこと。だが…お前が気にする必要はない。お前の知識と機転があれば、それだけで充分だ。」


「もしその遺産を手に入れたら、この世界はどうなるんだろう?」


彼の果てしない純粋な知的欲求に、思わず口元が緩む。

その無垢な瞳には、まだ何も知らぬ者の眩しさが宿っていた。

だが、すぐに自分を戒めるように表情を引き締める。

意図せず、触れてはならぬ真実を知り、その人生を狂わされた者もいるというのに――。


彼の知識と発想力は、私たちに非常に有用だ。この出会いは偶然ではない――そう信じている。これから先、彼をどのように導いていくべきか、それが私の腕の見せどころだろう。

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