幕間:ソフィア視点
「お前を私の最側近たる主命官に任命する。」
その言葉に周り我が幹部たちは驚きに目を見開き、私の前に立つ彼を凝視している。
ふふっ、皆驚きからか面白い顔をしているじゃないか。まさかこんなことになるとは、誰もわからないだろうな。
そんなことを考えていると彼がか細い声で恐る恐る言う。
「分からない…何で僕が?」
彼の目をじっと見据えて言う。
「お前の知識が必要だ。」
彼はその言葉の意味がよく分かっていないのだろう。未だに困惑した瞳をキョロキョロと回している。
当然だ。無理もない。私がさきほどここに連れてきたばかりなのだから。
彼との出会いはわずか数時間前にさかのぼる――――
♦
私はソフィア。
秘密組織、
私は今、追手に追われていた。ある広場の人混みに紛れようとしたとき、視線の先で爆発が起きた。
とっさに横に跳び衝撃から逃れようとしたが、衝撃を殺しきることができず、地面に体が叩きつけられた。
追手に捕まることを覚悟したが、そこで思わぬ助けが入る。
「大丈夫ですか?」
目を開けると、そこにいたのはどこにでもいそうな青年だった。黒髪に深緑の瞳。服装からして、下級貴族の令息か豊かな商家の息子といったところだろうか。
善意から声をかけてきたのだろう。体を起き上がらせようとしたが、まだ一人ではできなかった。
「……助けてほしい。」
彼はその声を聞くと、周りの様子を見渡す。
「いたぞ、あいつだ!」
追手が迫る中、彼は躊躇することなく私を路地に引き入れた。そして信じられないことに、彼は小石を拾い上げ、自分なりの戦略を練り始めた。
「神棋と同じ…」
彼のつぶやいた言葉に、私は耳を疑った。神棋―様々な種類の駒を盤上で戦わせるゲーム―は、相手の行動を何手も読む力が求められる。それをいつもの盤面上ではなく、この路地で行おうとしているのか――
彼の戦術は、驚くほど的確だった。追手たちの動きを巧みに誘導し、私たちは見事に彼らの追跡を抜け出すことに成功した。
安全な路地で息を整える中、私は彼を見つめながら問いかけた。
「どうやって撒けた?」
彼の答えは簡潔だったが、そこには自信が見え隠れしていた。
「路地を神棋の盤面に置き換えて、敵の行動を読んだだけで…」
その発想に私は確信を抱いた。彼は私たちにとって非常に有用な存在だ。
「他に何ができる?」
彼の返事には、どこか自己否定的な響きがあったが、その知識の幅広さには驚きを隠せなかった。魔竜、飛行鷲道、王国史、そして神棋――実用的ではないと彼は言うが、私にとって関係なかった。
「お前、名は?」
「リオ・クライヴです。」
その名を聞いた瞬間、私は心の中で決めた。この青年を私の計画に絶対に巻き込むと。
♦
「お前を私の最側近たる主命官に任命する。」
私は彼を私たちの拠点に連れていくと、会合のため集まっていた幹部の前でこの言葉を放った。
この場にいる皆が困惑している。話が急すぎたな。
「分からない…何で僕が?」
「お前の知識が必要だ。」
「どうして僕なんだ?僕の知識なんて無駄なものばかり…何の役に立つというんだ?」
彼は自分に自信がないのだろう。
「そうよ!どういうこと?いきなりこんなやつ連れてきて、ちゃんと説明して」
「明らかに経験がないし実力不足に決まっている。どんなやつを俺たち以上の地位に置くのか?」
「まず主命官ってなんだよ?いきなり新しく役職作ったって分かんねぇんだよ」
幹部たちは困惑の声をあげている。ここにいる中で、彼の真の価値をわかっているのは私だけのようだ。
皆にそれを諭すように、少し微笑みながら告げる。
「お前が持っているものは、我々にとって極めて価値がある。」
「主命官とは、私の右腕としてその知識で私を支える役割だ。お前のその知識と先ほどのようなとっさの対応能力が欲しい。」
彼はそれでも自分が本当に役に立つのかわからないままのようだ。
だが、私は彼が欲しい。致し方無いが、強気にいかせてもらおう。
「お前には二つの道がある。一つは組織に入り私の下で働くこと…」
「そしてもう一つは………言わなくてもわかるだろう。」
私は彼を絶対に手に入れてみせると誓っている。だからこそ、こんなにも意味深なことが言える。
彼は覚悟を決めるように、瞳を閉じる。ゆっくりと深呼吸するが、こわばった顔は直っていない。そして震える声を絞り出すように言う。
「…僕は、この組織に入る。」
彼の表情には、不安と決意が交錯していた。
「いいだろう。お前はこれから
この組織に入るからには、あのことを彼にも知ってもらわなければならないな。
「さて、リオ。」
机に手をついて立ち上がると、彼を正面から見つめる。
「お前には、私たちの活動と、この世界の真実を知ってもらわねばならない。」
「そして、その非凡な知識で私たちを支えてほしい。」
♦
私は予定されていた幹部たちとの会合を中止し、彼を先導するように拠点内を歩いている。彼らは呆れた表情をしていたが、仕方がない。私にとっては彼のほうが重要なのだから。
彼はどこか考えるように視線を一点に向けて後ろを歩いている。この世界の知識を呼び起こしているようだ。
「どうしてこうも王国史には曖昧な部分が多いんだろう…?」
私は驚きで足を止めた。彼がこれほど的確にそこに気づくのかと。
思わず口が動く。
「それは、書き残すことすら許されなかった時代があったからだ。」
「書き残すことが許されない…?」
おっといけない。こんなところで話す話ではないな。
彼を執務室に連れていくと、咳払いをし彼の視線を戻してから、話を続ける。
「この大陸にはかつて、我々の知るどの国よりも進んだ文明が存在していた。モナ帝国も、ルーナ王国も、その遺産を受け継いでいるに過ぎない。」
「遺産…って、それって一体…」
「《ルナティカ》」
その言葉に、彼は一瞬ビクッとした。思わず語気を強くしすぎてしまったようだ。心を落ち着かせ、また口を開く。
「ルナティカは、少なくとも千年以上前、この大陸全土を覆うほどに広がり、超高度な技術を極めた超文明だった。だが、その栄華はある日、突然消え去った。」
「消えたって…そんなの、どうやって?」
「詳細は分からない。ただ、一つだけ言えることがある。その滅亡の裏には、人間の欲望と制御不能な力があったのだ。」
遥か遠い過去に何があったのだろうかと、つい思いを馳せてしまう。
「ルナティカの遺跡は今も存在している。だが、ほとんどの人間はその場所を知らない。見つけたとしても、内部に入る術を持たない。」
「ほとんどの人間?」
そのに違和感を持つとは流石だな。
だが、今は知るべき時ではない。
「リオ、私たちが追い求めているのは、その真実だ。そして、その遺産を正しい形で次の時代に繋ぐこと。だが…お前が気にする必要はない。お前の知識と機転があれば、それだけで充分だ。」
「もしその遺産を手に入れたら、この世界はどうなるんだろう?」
彼の果てしない純粋な知的欲求に、思わず口元が緩む。
その無垢な瞳には、まだ何も知らぬ者の眩しさが宿っていた。
だが、すぐに自分を戒めるように表情を引き締める。
意図せず、触れてはならぬ真実を知り、その人生を狂わされた者もいるというのに――。
彼の知識と発想力は、私たちに非常に有用だ。この出会いは偶然ではない――そう信じている。これから先、彼をどのように導いていくべきか、それが私の腕の見せどころだろう。
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