第4話:決意

翌朝、差し込む朝日に目が覚める。僕は昨日の出来事を夢の中で見ていたような気がした。《ルナティカ》の話、彼女のあの表情が、未だに頭から離れない。目を開けると、そこはいつもの自分の部屋だ。目の前に日常が広がっているはずなのに、頭に残る昨日の出来事がそれをどこか遠くのことに感じさせた。


昨日はあの後すぐ帰されたんだっけ。話の衝撃のせいか、それ以降のことはよく思い出せない。

僕は寝ぼけたまま机に向かって座ると、ぼんやりとその時のことを考えていた。確かに、彼女の話には何か引っかかるものがあった。ルナティカ――超文明の遺産。それを手に入れたら、この世界はどうなるのか。僕がその遺産を探すことになるのだろうか?


その日、昨日連れていかれた拠点に行くと、見たことのある使用人のような女性が僕を待っていた。昨日会議室の扉を開けていた人だ。

僕は施設についての案内を受けた。資料室や宿舎、食堂なんかもあって、生活するには困らなさそうだった。彼女に会うことはなかったが、それでよかったのかもしれない。昨日の彼女のことが頭から離れなくて、ずっと上の空だったから。


案内が終わり、昼食を食べて拠点を出た。時間はまだお昼過ぎだったが、いつものように歴史を学びに図書館へ行こうとは思えなかった。ずっと昨日の話が頭に残り続けている。

とりあえず周辺の地理を知っておくことにした。この辺りは道が複雑で抜け道も多い。もし昨日みたいなことがあっても大丈夫なようにしておかないと。

あらかた道を把握し、目的もなく歩いていると、昨日彼女を助けた広場だった。


僕は端にあるベンチに座り、一人考え込むことにした。


『その遺産を手に入れたら、この世界はどうなるんだろう?』


その問いに対する彼女の微笑み、そして少し悲しそうに見えた瞳――――


その問いに、今の僕には答えが出せない。ただ、彼女が何を望んでいるのかは少しだけ分かる気がする。そのためには、もっと学ばなければならない。もっと知識を深めなければ、彼女が信じる「正しい形」で遺産をつなぐことはできないだろう。


だが、僕はまだその世界に足を踏み入れたばかりだ。それもこれも、ただ知識があるだけの僕が突然関わることになったせいだ。僕が持っている情報は役に立つかもしれない。けれど、実際にどう動いていくべきなのか、道筋はまだ見えない。


「いや、僕にもできることがあるはずだ。」


『お前が持っているものは、我々にとって極めて価値がある。』


昨日彼女に言われたその言葉を思い出す。

これまでいいように扱われたことなんてなかった、僕自身も無駄だと思っていた、僕の知識。それを彼女は、彼女たちは必要としてくれているのだ。


彼女が言った通り、僕の知識が何かしらの価値を持っているのなら、使うことを求められているならば、それを使わなければならない。それは僕の使命のように感じた。僕が今、持っている知識は、たとえ小さくても何かの力になるはずだ。これまでは暇つぶしのようなものであったが今は違う。


家に帰ると、母親と妹が食事の準備をしている音が聞こえる。いつもの平穏な家の雰囲気が、少しだけ僕の心を落ち着けてくれる。食事を摂りながら、妹が無邪気に僕に話しかけてくる。妹に笑顔を浮かべ、いつものように振る舞う。

いつも通りの景色に見えて、僕にとってその景色は昨日とはもう違うものになっていた。


部屋に戻り、ベッドに横になると、少しだけ目を閉じた。思い返してみれば、僕は誰かの役に立ちたかっただけだったのかもしれない。無駄知識ばかりと蔑んだ視線を向けられて、知識に自信が持てなかった自分が悔しかっただけだったのかもしれない。

それでも、自分を、自分の知識を認めてくれて、必要としてくれる人に役に立ちたいという思いが込みあがってくる。これからはもっと知識を蓄えるだけじゃいけない。僕自身も変わって、その知識を有効活用できるようになっていかないとならない。


一日の終わりに、リオ・ヴェルダンは静かに目を閉じる。


これは無駄知識ばかりを持った凡庸な青年が、ちょっと危ない裏組織の仲間とともに世の中を、世界を変えていこうと奮闘する物語――――

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