第2話
「ではリオ、私に少し付き合ってもらおう。」
彼女の言葉に逆らえない圧を感じた僕は、彼女に案内されるがまま、暗く人気のない裏路地へと来ていた。僕が住む王都の中でもかなり危険な地区だ。雨が振っていないのに地面が少し湿っている。
「ここだ。」
彼女はある扉の前で立ち止まる。
そして彼女は扉の横にある何でもない壁を、不思議なリズムで叩く。
ガチャ
鍵が開いたようで、彼女は扉を開け中に入っていき、慌てて僕もそれを追う。
扉の先には、薄暗く冷たい空気が漂う階段があった。彼女が先に進むのを追いながら、僕は一段一段を慎重に降りていく。
「ここは我々の拠点の一つだ。」
彼女が淡々と口を開く。
階段を降りきると、廊下が現れた。壁に灯されたランプが淡い光を放っている。
彼女は臆することなく歩き出し、僕は周りを警戒しながら慎重に後に続く。
「私の名前はソフィア。この組織、
長い廊下を進みながら、振り返ることなく彼女は言葉を続ける。
「最初は私一人だったが、少しずつ同志を集め、今ではそれなりに大きな規模になった。」
そういえば、自己紹介をされるのは初めてだったなと思う。が、それどころではない。
だが、僕にとってはどうでもいい話だ。だって彼女とはほんの数時間前に出会ったほぼ他人だし、彼女の組織なんて関係ないし―――
いや、待てよ?この感じどう見てもヤバい組織だよな?その情報をペラペラ喋って来るってことは……まさか消される運命!?消されなくても組織に強制的に入れられ、下っ端として使い倒されるんじゃないか!?
嫌だ…僕は自分の好きなことに向き合い続けてきたのに…
「ここだ、止まれ。」
これからのことに絶望していると、目的地についたようだ。
僕たちの前には、両開きの扉があった。
横に控えている使用人のような女性が恭しく扉を開ける。
中に入ると、そこは会議室のようだ。中にいるのは様々な特徴をもつ男女だが、みな一様に、椅子から立ち頭を下げている。ボスである彼女と会議をするあたり、幹部なのだろうか。
「お前はここにいろ。」
彼女は僕を机の手前に立たせると、自分は部屋の最奥にある席にドカッと座った。机を挟んで僕と向かい合う形だ。
机の左右で頭を下げていた面々は、一斉に頭を上げる。
横目でこちらを見ている。好機を孕んだ目線や、明らかに警戒している目線の者もいる。
そんな中、彼女が口を開く。
「皆ご苦労。さっそくだが一つ報告がある。リオ・クライヴ!」
彼女の覇気のある声を前に体がビクッと反応する。
怖い。何を言われるのか。死の宣告か、服従を要求してくるのか…
「お前を私の最側近たる主命官に任命する。」
僕は突然のことに何のことなのか全くわからなかった。
主命官?なんだそれは?聞いたことがないぞ。最側近…とかいってたし、もしかして結構高い地位なのか?でもなぜ、部外者である僕が?わからない…
頭が混乱している中、恐る恐る口を開く。
「分からない…何で僕が?」
「お前の知識が必要だ。」
僕の前に立つ彼女が冷徹な瞳で僕を見つめる。
「どうして僕なんだ?僕の知識なんて無駄なものばかり…何の役に立つというんだ?」
周りからの視線に、いたたまれない気持ちになる。早く逃げ出したいが、状況がそれを許さない。
「そうよ!どういうこと?いきなりこんなやつ連れてきて、ちゃんと説明して」
赤い豪華なドレスを着たいかにも高貴な令嬢がこちらを手に持つ扇子で指しながら言う。
「明らかに経験がないし実力不足に決まっている。どんなやつを俺たち以上の地位に置くのか?」
黒の軍服のようなものに身を包みながら利発な雰囲気を醸し出す男が、冷静な中に、怒気を混ぜた声で言った。
「まず主命官ってなんだよ?いきなり新しく役職作ったって分かんねぇんだよ」
金の装飾が施されたスーツを着こなす中年が呆れたように言う。
そんな中、彼女は静かに微笑む。
「お前が持っているものは、我々にとって極めて価値がある。」
「主命官とは、私の右腕としてその知識で私を支える役割だ。お前のその知識と先ほどのようなとっさの対応能力が欲しい。」
その言葉に、自分の知識がどんなふうに役立つのかを必死に考える。
しかし、僕はその答えを見つけることが出来ない。
僕はこの組織についてほとんど知らないから、わかりようがなかった。
僕が何も言えないままでいると、彼女は微笑みを消し、冷徹な視線を突き刺してくる。
「お前には二つの道がある。一つは組織に入り私の下で働くこと…」
静かな部屋に響く声の余韻に心臓が跳ね上がる。
「そしてもう一つは………言わなくてもわかるだろう。」
「まぁ、生き残る道は一つしかないわよねぇ………」
令嬢が扇子を開き、口元を隠す。その裏には怪しい笑みがあるようだった。
「はぁ。もっといいやり方があるだろうに………」
軍服の男が手を頭に乗せ呆れたように溜息を吐く。
「………………………………………」
スーツの男が顎に手を当て、無言でこちらを値踏みするかのように観察する。
覚悟を決めなければならない。この組織に入ってしまえばこれまでの自由気ままな生活は送れないだろう。だが断れば確実に死ぬことになる。
僕は瞳を閉じる。体を落ち着かせるように深呼吸をするが、心臓の鼓動はどんどん高まっていく。
「…僕は、この組織に入る。」
震える声で何とか言うことが出来た。
周りの幹部たちはそれぞれが驚きや、期待の表情を見せる。
「いいだろう。お前はこれから
彼女が満足そうな顔で言った。
「さて、リオ。」
彼女は机に手をついて立ち上がると、そのまま正面から見つめてくる。
「お前には、私たちの活動と、この世界の真実を知ってもらわねばならない。」
彼女の強い眼差しに引き込まれていく。
「そして、その非凡な知識で私たちを支えてほしい。」
凡庸な僕の新たな生活は、薄暗い地下から始まった。
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