3日目①

 

携帯のアラームの音で、弦は目を覚ました。そっと手を伸ばしそれを手にし、けたたましい音を黙らせる。体を起こして隣に視線を向けると、電動ベッドの上はもぬけの殻だった。どうやら一葉は先に起きているらしい。


軽い支度をして、リビングへと向かう。辿り着くと、そこには時間的に普段見慣れない顔があった。


「おはよう。あれ?」


「おはよう。先に頂いているよ」


不思議そうに首を傾げた弦に、ひらひらと手を振ったのは灯火だった。彼女の後に続いて、一葉も挨拶代わりに手を振る。キッチンでは一花が調理をしていて、挨拶代わりの目線だけを弦に送った。


「珍しいね。どうしたの?」


「あぁ、昨日一昨日と無駄に頭を使っただろう?そのせいか昨晩は早く寝てしまってね。その代わりに早く起きてしまったから、一花の朝食にありつけるかと思ってね」


弦の質問にそう返した灯火は、手にしていたサンドイッチの切れ端を口に放り込んだ。弦がその光景を眺めながら一葉の隣に腰を降ろすと、一花が彼の前に簡素な料理を運ぶ。


「一花、ありがとう」弦は礼を言い、置かれたサンドイッチに手を伸ばした。「それで、灯火。昨日の話の続きだけど・・・」


「焦らなくてもいい。まずは朝食を楽しもう」弦の言葉を遮った灯火は、新たなサンドイッチを手にし、弦に見せるような素振りをする。「話はそれからでも、遅くはない」


「・・・分かった」


弦は灯火の言葉に頷き、それ以上の追求は諦めて彼女と同じようにサンドイッチを手にした。弦が顔を出した事で食事の用意を全て終えた一花は、自分の料理を持って灯火の隣に腰を降ろす。これでようやく、全ての席が埋まった。




全員が朝食を終えて他愛もない世間話を交わしていた時、丁度掛け時計の短針が十を指した瞬間に示し合わせたように、束の間の沈黙を見計らって、灯火が話題を変えた。


「そろそろ昨日の続きを話そうか。いや、それは適切ではないな」灯火はポケットから携帯を取り出すと、それをテーブルの上に乗せた。「一葉。準備を」


灯火の言葉にいち早く反応した一葉はバッグから録音機を取り出し、それを携帯の傍に置く。動作の速さから、事前に聞いていたのだろう。灯火はそれを確認すると、画面を操作して通話とスピーカーのボタンを押した。


電子音が、沈黙したリビングに響き渡る。彼女の行為に、室内に緊張が走る。


『・・・もしもし』


聞こえてきたのは、か細い声だった。灯火は口元に人差し指を当てる。その仕草に従うように、三人は息を呑んだ。


「沖野春奈さんか?灯里灯火だ」


『・・・あ、はい』


「突然の電話で申し訳ない。少し話したい事があるんだが、今大丈夫かい?」


『・・・はい。依頼の、事ですか?』


「いや、それもそうだが、一つ報告したい事があるんだ」


『・・・何ですか?』


「沖野秋奈さんの携帯が見付かった」


『・・・・・・え?』


「遺品だから、まず君に伝えておこうと思ってね」


『ど、どこに?』


「現場の駅の東口側に備え付けられているロッカーの中だ。番号は119。鍵は開いていた。念のためそのままにしてある」


『け、警察には?』


「まだ話していない。昼過ぎまで手が空かなくてね。しかし、大事な証拠品だ。落ち着いたら連絡するつもりだが・・・」


『わ、分かりました』


短い会話の応酬の後、室内に残ったのは規則的な電子音だけだった。灯火は静かに携帯に手を伸ばし、画面をブラックアウトさせる。その動作を皮切りに、三人は呼吸を思い出したかのように息を吐いた。


「さて、行こうか」


灯火は緊張の糸が途切れて安堵した三人をよそ目に立ち上がった。流れるような動作で携帯をポケットに仕舞う。唖然としながらも平然とした彼女の空気を遮ったのは、誰でもなく弦だった。


「ちょ、ちょっと待って。行くって、どこに・・・」中腰になった弦は遮るように開かれた手を灯火に向けた。「それに、手が空かないって・・・」


「あぁ。あれは嘘だ。ああ言った方が彼女も動きやすいだろう」灯火は屈託のない表情で悪びれもなく答える。「行き先は、現場だ。彼女に、直接聞きたい事がある」


「聞きたい、事?」


「ん?あぁ、そうか。後から見付けたメッセージの衝撃のせいで、忘れてるのか?その前に見たものを」


首を傾げた灯火の言葉に、立ち上がった弦は必死に昨日の記憶を辿る。現場。ロッカー。服飾店。通話履歴。メッセージ。


・・・・・・通話履歴。


「沖野秋奈が自殺する約10分前。恋人の糸田瞬に発信している。その一つ前、5分前に、沖野秋奈から、沖野春奈に、発信しているんだ」

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