2日目⑤

 

「・・・どうするつもり?」


夜の帳が空に降り始めた頃、いつも通りに食事を済ませた弦は、向かいに座っている灯火に疑問を投げかけた。彼女はその質問に、首を小さく傾げる。弦の隣に腰を落ち着ける一葉も二人を気にしながら首を傾げていた。部屋には、キッチンの一花が流す水の音だけが、漂っていた。


「どうする、とは?」


「何で携帯を、置いてきたの?」


弦の再びの質問に、灯火は首を傾げたまま口を噤む。


日中、藤堂らとの対面の後、二人は自殺現場の駅に赴き、灯火の推測の元、沖野秋奈の携帯をロッカーで見付ける事が出来た。すぐさま中身を確認するかと思いきや、灯火はそのままロッカーを閉めると近くの服飾店に出向き、指先がパネルに反応する素材で出来た薄手の手袋を購入した。証拠品になりうる物に対して指紋を残さない為だろう。その後再び戻り、彼女はロッカーの中の携帯を手にした。


「そもそも、私の所有物ではない。あれは沖野秋奈の物だ」


灯火はそう返すと、カップを運んできた一花にお礼を言い口を付けた。一花は再びキッチンに戻り、新たに両手に持ったカップを弦と一葉の前に置くと、そっと灯火の隣に腰を下ろした。


『何か、分かったの?』


「あ、聞きたい。今の話だと携帯も見つかったんでしょ?何か残ってたんじゃない?」


二人の無垢な質問に、弦は目を伏せて口を噤んだ。その様子を、薄目で灯火が見据えている。


沖野秋奈の携帯には、その全ての機能に、ロックが掛かっていなかった。それもまた、見つけてもらう事が前提だという裏付けにもなる。そしてすぐに、弦と灯火は通話履歴や大量のメッセージを見付けた。


「・・・見付けた物に関しては、口にするのは憚られるな。まぁ、端的に言うと、妹からの憎悪の言葉が、無数にあったよ。それこそ、自殺したくなるほどに、ね」


灯火の言葉に、室内は重い沈黙に包まれた。内容の意味に、姉妹も咄嗟に口を閉ざしてしまう。嫌な静寂が広くもない部屋に漂った。


「はぁ・・・。そんな重い空気を出されてもね。朗報もあるさ」灯火は場の空気を払拭しようとあからさまに大きな溜め息を吐いて、カップを口に運んだ。灯火の言葉に、三人は一斉に視線を向ける。「夢の、正体さ」


「あの、悪夢の?」


「そう。昨日も説明した通り、悪夢というのは不安から呼び起こされるまたは想起されるパターンが大半を占めている。そして、ここまで情報が揃えば簡単だろう?その不安は、罪悪感だ」


『・・・自分が、死に追いやってしまったから?』


一葉の言葉に、灯火は頷く。


「その通り。たとえ始めはそんな風に思っていなくても、事実姉は自殺した。その原因が自分にあると、状況的には思ってしまうだろう。たとえ死して尚憎いと感じていても、人一人を死に至らしめたんだ。罪悪感は、拭えない。それが悪夢の切っ掛けだろう」


「じゃあ、夢に出てくる人っていうのは?」


「一花。間違いなく沖野秋奈だろうね。いや、沖野秋奈に代替だいたいされた罪悪感の象徴、さ。彼女は無意識に自分を責めていて、それを夢に反映させてしまっている。人一人を死に至らしめるということは、それほどの、罪悪感ということだよ」


灯火の解説に、弦は静観したまま耳を傾ける。結局は、灯火の推測通りだった。だからこそ、灯火の次の行動が、これからの行動が気になっている。


姉を死に至らしめた妹、沖野春奈は依頼人。


彼女の、依頼を、受けるのか。


それはまるで、姉を死に追い詰めた彼女の味方を、する事になるのではないか。結果として、殺人幇助さつじんほうじょでは、ないだろうか。


しかし、依頼を受けなければ、彼女は次の有用な手段が見付かるまで、延々と罪の意識に苛まれる事になる。身も、心も削って。


「・・・はぁ、憂鬱だな。問題が片付いたら、三宅には相応の礼をしてもらわなければ、割に合わない」


灯火は舌打ちしながら溜め息を吐いた。憂鬱とは、依頼の事だろうか。確かに、昨日三宅が沖野春奈に灯火を紹介さえしなければ、この出来事には巻き込まれなかった。何も知らず、始まらなかった出来事だ。


「・・・それで、どうするつもり?」


携帯を置いてきた事も、携帯を発見した事を藤堂ら警察に言っていない事も。それらは恐らく、灯火の今後の行動に、その理由に繋がるはず。


「・・・明日、一本の電話を入れる。それで事は進むさ。あぁ、だが、一つだけ言っておく。確信はないが・・・」灯火は小さく息を吐く。その吐息は、重かった。


「・・・はぁ。・・・結末は、最悪だ」

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