1日目⑦
橋の中腹で、藤堂は突然立ち止まった。倣うように、バラバラと続いていた弦、灯火も足を止める。ようやく灯火のじゃれ合いから解放された新見は駆け出して、藤堂の隣りに並んでキョロキョロと辺りを見渡した。
「もう少し先ですね。・・・あ、ここです」
藤堂の先を歩いて再び辺りを見渡した後、新見はフェンス越しに眼下の風景を覗いて手を上げた。見渡していたのはおそらく左右の風景で距離感を測っていたのだろう。三人はゆっくりと彼女の元に歩を進める。
「ここが、沖野秋奈が飛び降りた現場です」
新見の言葉に、灯火と弦は辺りを見渡した。眼下に視線を注ぐと、まるで蹄鉄のような形のバスロータリーがある。日中のためか、人は疎らだ。何台ものバスやタクシーが、忙しなく行き交っていた。
「・・・自殺をするには、微妙な高さだな」灯火はフェンス越しに真下を見ながら小さく呟いた。「7〜8メートルといったところか?」
「そんなところです。ですが、沖野秋奈はこのフェンスに登り、倒れ込むように飛び降りたらしいです」
「目撃者がいるんだな?」
「はい」新見は灯火に並び立ち、同じように眼下に視線を向けた。「いくつかの目撃証言は得られました。矛盾もありません」
「・・・自殺、だと」
「そうです。彼女は今の私達のように眼下に視線を向けていた所、おもむろにフェンスに登りゆっくりと落ちたそうです。倒れ込むように落ちたのですから、当然、頭から落ちた事になります。検視の結果でも、頭蓋骨が陥没していたと報告を受けました」
「・・・何も、不思議な点はないな。それで?」灯火は新見に視線を合わせた後、振り返って後ろで弦と軽い世間話をしている藤堂に視線を向けた。「君達が自殺を疑っているというのは?」
質問を投げかけられた藤堂は弦との会話を打ち切り、灯火と視線を合わせた。しかし、質問に答えることはなく、灯火の隣りにいる新見を顎で示す。俺に聞くなと言わんばかりの態度だ。
「はい。疑問は三つあります。灯火さん。もう一度下を見てください」新見の言葉に反応して灯火はまた振り返り、元のように新見と立ち並ぶ。「彼女が飛び降りたこの真下の場所。当然近くに不特定多数の人間が居ました。その中でも一番近くに居た人間。むしろ彼女が落ちてきた場所の目の前に居た人間が、沖野秋奈の恋人です」
「・・・へぇ」灯火は少し目を丸めると、新見に視線を向けて先を促せる。「二つ目は?」
「これです」新見は胸ポケットから手帳を取り出し、付箋の貼られたページを開いた。そこには中央にだけ綺麗な文字でこう書かれていた。
【611西←】
「・・・これは?」
「彼女のスーツのポケットの中に、手帳を破ったような紙が入っていました。そこに、書かれていたものです」新見は灯火に手帳を手渡す。よく見て欲しいという意味だろう。「・・・何か、思い付く事はありますか?」
「・・・うーん、仕事のメモか何かとしかね。パット見では、分からないな。三つ目は?」
「彼女、携帯を所持していませんでした」
「携帯を所持していない事が、疑問になるのか?」
「あ、いえ。これは一つ目の話と関わってくるのですが、当然、彼女の恋人が第一発見者なわけですから、細かく事情聴取を行いました。なぜここに居たのかとかですね。それに対して彼は、電話で呼び出されたと」
「それは、飛び降りる前の、いつだ?」
「着信履歴を確認すると、十分前です。それでここに駆け付けた時、彼女が、落ちてきたと・・・」
「・・・何も知らなければ、凄まじいショックだろうな。間違いなく、トラウマになる」
「・・・ですね。話しましたが、大分情緒不安定になっているみたいです。ですが」新見は眉間に皺を寄せる。「その証言が間違いではないとすると、彼女が携帯を所持していないというのは、不自然です」
「そうだな。・・・自殺ならば、遺書の類は?」
「一人暮らしの家を探したが、見付かっていない」灯火の質問に返したのは藤堂だった。弦と共に、二人のすぐ後ろに場所を移していて、二人の頭越しに眼下を眺めている。「それも疑問の一つではあるが、結果として、不審な点は幾つもあるが、状況証拠が揃いすぎている。何かを調べる前に、自殺としてこの案件は受理されたんだ」
「・・・なるほど、ね」灯火は目を細め、小さな溜め息と共に遠くを見つめた。「動機は、・・・不明か」
「どうする?」
藤堂は灯火の横に並び、彼女の顔色を窺った。逆側に居る新見も同じように、彼女の顔を窺い見る。灯火は二つの顔を交互に見てから、口元に手を当てた。
「・・・そうだな。沖野秋奈について、詳しく知りたい。人物像が分かれば、見えてくることもあるだろう。それと、その恋人にも話を聞いてみたいんだが、藤堂。どうにか出来るか?」
「まぁ、やってみる。少し時間くれ」藤堂は頭を掻きながら答えた。「沖野秋奈の詳細については、今日中に送る。漠然とした質問で悪いんだが、・・・何か、分かりそうか?」
藤堂の質問に灯火は小さな笑みを浮かべた。それは皮肉にも似た笑みだった。しかしその笑みは一瞬で、すぐに真顔に戻った。再び口元に手を当て、並べられた条件で思考を巡らせる。
第一発見者の恋人。
謎の文字の紙片。
消えた携帯電話。
見付からない遺書。
「・・・はっきりとは言えないが、そうだな。・・・何かしらの、意図は、感じる。それが、動機に繋がれば、何か、見えてくるかもしれない」
「・・・分かった。可能な範囲で、協力する」
自分自身に呟くような灯火の声を拾い、藤堂は小さく頷いた。
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