1日目⑥

 

「やぁやぁ!新見君じゃないか!会いに来てくれたのかい!?」


弦の隣で二つの影に声を上げた灯火は大きく手を振って足早に向かった。新見と呼ばれた女性刑事は灯火を視認するやいなや隣の大男を睨みつけている。視線で抗議を訴えている様子だ。大男はその視線を浴びながら、微動だにしていなかった。


「・・・灯火さんが来るなんて聞いていませんが。って、ちょっと!」


「何を言うんだい!私と君の仲じゃないか!」


邂逅するやいなや灯火は新見に抱きついた。ただのスキンシップの一環だが、人の往来が激しい中でそれは充分に目立っている。抱きつかれた新見も急な事に困惑して灯火を剥がそうと試みていた。


「そこまで親しい仲じゃありませんよ!離れてください!」


「冷たい事言うなよ〜!この間も協力したじゃないか〜!」


「・・・!っもう!分かりましたよ!」


灯火の言葉に観念したのか新見は頬を膨らませながらも彼女に抵抗するのを諦めた。しばらくすると灯火はようやく彼女から離れて、肩を抱くという態勢に落ち着いた。そのやり取りを眺めながら、弦は大男にようやく照準を定めて、小さく会釈をする。


「藤堂さん。ご無沙汰しています。急な連絡ですいません」


「・・・あぁ」


藤堂と呼ばれた大男は二人のやり取りを眺めながら小さな溜め息を吐いて弦に答えた。彼が電話の主である。


「簡潔に説明してくれ」


「分かりました」


弦は今日のこれまでの経緯を簡単に説明した。沖野春奈が訪れた事。彼女に起きている異変。その調査として、彼女の姉の自殺を調べ始めた事。説明の最中、気が付けば二人の側に新見と灯火が近付いていた。二人はいまだにじゃれ合っているように見える。


「新見さん。お久し振りです。今日はどうして?」


「お久し振りです。そういうことですね」首に灯火をぶら下げたまま、弦に挨拶をして藤堂に視線を送った。「その案件は、私が担当しましたから」


「ただの、自殺か?」灯火は新見の首に両腕を回したまま、彼女の耳元で呟いた。その言葉に反応したのか、耳元で囁かれたのが気に食わなかったのか、新見は眉間に皺を寄せて振り返った。しかし、反応したのは彼女だけではなかった。


「おい」灯火の言葉に返したのは新見ではなかった。弦の隣りにいる藤堂だった。「どういう事だ?」


「・・・そういう事か」新見の肩越しの灯火は疑問を投げかけた藤堂を見つめ、僅かな沈黙の後に笑みを浮かべた。しかし、瞳は笑っていない。「公表されている以上、自殺としてこの案件は処理されている。しかし、私の質問に対して君達の反応は、速すぎだ。同じ疑問を持っていないとその反応の速度は有り得ない。私の質問の意味をまず、理解する時間が必要だからだ。ということは、だ。自殺だと公表するに足る証拠は揃っていて、かつ、君達が自殺だと疑う何かしらの原因、要素があると見たが・・・どうだい?」


灯火の饒舌に、首元を彼女に巻き付かれている新見は小さな溜め息を吐き、弦の隣の藤堂は舌打ちをした。どうやら二人にとって、彼女の言葉は図星らしい。


「・・・まぁ、いい。話すつもりで、新見も連れてきたんだ。場所を変えるぞ」


藤堂はそう言うと、脇目も振らずに歩き出した。弦はすぐさま後に続くが、灯火はまだ口元に笑みを浮かべたまま、巻き付いている新見に視線を送る。


「新見く〜ん。ポーカーフェイスって知ってるかい?」


「・・・不意打ち過ぎますよ。それに、貴女に通用するんですか?」


「あはは!試してみればいいじゃないか!出来るなら、ね?」


「遠慮します!ほら!行きますよ!っもう!」


いまだ離さない灯火を引き摺るようにして、新見も歩き出した。


右手には数百のコインロッカー。正面には構内から続いているショッピングモール。左手には少し遠くにある商業施設へと続く橋が架けられていた。バラバラながらも四人は、その商業施設の方向へと歩き出した。

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