1日目⑤
『・・・なんだ。切るぞ』
灯火が操作した端末から部屋に響き渡ったのは、気だるそうな低い声だった。開口一番の不躾な言葉に、しかしデスクに寄りかかっている灯火は笑い声を上げた。
「ははっ。随分な挨拶だな」
『お前からの電話なんか、ロクな事じゃないだろう』
「それは、お互い様だろう?」
まるで一触即発な会話に聞こえるが、灯火と電話の主にとっては、これが日常会話なのだ。電話の主も灯火の皮肉を気に留める事もなく、灯火も気を悪くした風でもない。一瞬の沈黙の後、電話の主は小さな溜め息と共に口を開いた。
『・・・用は、何だ?』
「一週間前の自殺について知りたい。自殺したのは、沖野秋奈」
『・・・理由は?』
「依頼を受ける前段階の、調査といったところだ」
『・・・分かった。直接話す。三十分後に駅の時計台前な』
「分かった」
簡潔な会話で、電話は切られた。無機質な電子音を、灯火の細い指先が黙らせる。
「相変わらず、話が早くて助かるな。弦。支度しろ。向かうぞ」
灯火は弦にそう言うと、一葉にいくつかの指示を残して動き出した。弦は声で電話の相手は分かっていたので、すぐさま食器を片付けて指示通りに動き出す。素早く身支度を整えた二人は、一葉に手を上げて部屋を後にした。
灯火が運転する赤い車が、駐車場へと停められる。運転席から降りた灯火は大きく伸びをして、助手席から降り立った弦は時間を気にしながら発券機を操作した。
「灯火、時間」
「分かってる」
灯火と弦は示し合わせたかのように、二人並んで足早に歩き始めた。
「弦、自殺について、どう思う?」
道中の突然の質問に、弦は首を傾げた。それは客観的な観測を求められているのか、主観的な意見を欲しているのか。
「主観で構わない。君は、自殺を、どう思う?」
「・・・はっきりとは、言えないかな」弦は歩きながら口に手を添え、必死に思考と言葉をリンクさせようと試みる。
「当然、悲しむ人だって居るし、命を終わらせる勇気があるなら、生きる事を選択する力だってあるはずだ。でも・・・。どうしたって、逃げる事が出来ない人だって、居ると思う。辛くても、苦しくても、逃げる勇気がない。逃げ道がない。だから、それしか選択肢がないように思ってしまう。一概に、・・・否定ばかりは出来ないんじゃないかな」
「大方の意見が、そうだろうね。それは紛れもなく一般論だ。だが・・・」灯火は前を見据えながら続ける。「その動機は、あくまでも一般が持つ、自殺の動機に見られる大部分でしかない」
「・・・動機の種類ってこと?」
「そうだ。まずそこを確かめたい。彼女は何故、自殺したのか。なぜ、自殺しなければならなかったのか」灯火と弦は駅構内に入り、並んでエスカレータに乗る。「そこが判明しなければ、手の付けようがないからな」
エスカレータを登り終えると、視線の先には小さな時計台がある。その下に、知った顔を二つ見付けた。弦は手を上げて存在を示す。何故か隣を歩く灯火は、二つの顔を見て表情を輝かせた。
時計台の下に居たのは、二人の刑事だった。
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