1日目④
灯火は沖野に対して、いくつかの質問をした。夢の場所は知っているか、部屋に現れた人影の特徴は、などだ。しかし答えは芳しくなく、新たに得られた情報はなかった。
後ろに控えていた弦が沖野と連絡先を交換し、彼女は部屋を後にした。初対面の相手に慣れて緊張が少し解けたのか、話して気が楽になったのか、訪れた時よりも少し穏やかな表情で、彼女は部屋を後にした。
沖野を玄関まで見送り、弦はテーブルのカップをキッチンへと運んで一つだけ流しに残し、新たなコーヒーを淹れた。そして再びソファに戻り、灯火の前にそれを置く。灯火は沖野が退出してから、一言も口を開いていなかった。
「・・・どう思う?」
灯火はカップに口を付けながら弦に視線を向けた。質問の曖昧さに、弦は眉を上げて首を傾げた。
「どう思うって?」
「そうだな。まずは人物像を擦り合わせよう。君から見て、彼女はどういう人だと推測出来る?」
灯火は少し笑みを浮かべながら、弦を窺っていた。その仕草は窺うよりは試しているというニュアンスに近い。弦はカップを手に取り、記憶を手繰りながら熱い液体を喉に流し込んだ。インターフォン越しの初見、部屋に現れた肉眼で見た姿。そして、灯火との会話。順序通りに、記憶を撫でる。
「・・・沖野春奈さん。単純な第一印象は、内向的だね。姉の自殺で情緒不安定になっているかとも思ったけど、そうじゃない」
「・・・なぜ?」
「顕著なのは、灯火との会話だ。彼女は会話中、ほとんど君と目を合わさなかった。たまに窺い見る程度だ。おそらく一対一の会話に慣れていないか、得意ではないかだと思う」
「それで?」
「コミュニケーションが苦手という捉え方をすれば、友好関係は広くはない」弦は眉間に皺を寄せて必死に彼女の所作からの推測を捻り出そうとするが、それが限界だった。「・・・さすがにさっきの短い時間だと、これぐらいしか分からないかな?灯火は?」
対面に腰を下ろした弦の質問に、灯火は腕と足を組んだ。その足先を見つめ、何かを思案している様子だ。
「・・・年齢は、大学三年生ぐらいか?」
「え?年齢?」その推測に、弦は虚を疲れた。外見から二十代前半だとは予測出来るが、そこまでピンポイントな推測を促すヒントがあっただろうか。「どうして?」
「就職活動をしているんだろう。私が掛けてもいいと言った後、彼女はソファに歩み寄って再びその言葉を待った。おそらく面接の練習を最近でもしたんじゃないか?だから、彼女の中では、入室と着席の二段階の許可を求めたんだ」
「・・・なるほど」
「内向的・・・、言い換えれば消極的、閉鎖的とも呼べるだろう。そこは君と一致している。他には、彼女は右手でカップを持っていたが左利きだ。左手の薬指に小さなタコがあった。あれは変なペンの持ち方で出来るものだ」
「そこまで、見てたの?」
「それと私との対話、質問で彼女は嘘を言っていない。または一つだけ嘘を付いている、だ。これはいくつかの質問の時に類似する仕草がなかったためだ。一つだけ、嘘を付く時の仕草が表れていた。または嘘を付いていないという意味になる」
「・・・」灯火の観察眼に、弦は小さく息を呑む。違いは、目の付け所か。或いは情報処理なのか。「他には?」
「・・・一番、気になる事だが」灯火は腕を解いて考えるように口元に手を当てた。「弦、彼女が話し始めてすぐ、違和感を感じなかったか?」
「違和感?」弦は灯火の問いかけに目を見開いてから宙を仰いだ。彼女の話し始めとは自殺と夢の話だろう。弦は記憶を辿るが、その朧な光景に眉を顰める。「いや、感じなかったけど・・・」
「夢の話を主題とし、彼女の感情の表れはそこで大きくなった。恐怖や、戦慄だ。当然私達に残る印象も、それが一番強いだろう。しかし、その前にも、一瞬だが表情に表れていたんだ。あぁ、弦立っていたから、見えていなかったかもしれないな」
「夢の話の前ってこと?」弦は首を傾げる。「それだと、姉が自殺したっていう話の部分?」記憶を辿ると、確かに自分は立っていたので表情は窺えなかった。その話を口にする時、悲しみのためか彼女は少し俯いてしまったからだ。
「そうだ。仲が良かった姉が、自殺しましたと話しただろう?俯きがちに暗い表情をしていたから悲しんでいるというのが普通だが、あれは、おそらく違う」灯火は少しだけ眉を顰めた。「悲しむときに、眉を顰めるか?」
「・・・嘘ってこと?」弦は困惑する。嘘はついていないと断言したのは灯火ではなかったか。それとも、唯一の嘘がそれに該当するのだろうか。
「違う。この事から、彼女の言葉のニュアンスが変わるんだ。仲が良かった、この過去形の意味は姉が亡くなったから過去形になったのではなく、言葉そのものの意味が過去形なんだ」
「じゃあ、眉を顰めたのは・・・」弦はその表情の意味を考え、口にする。「・・・不快。逆に、今は仲が悪かった?」
「そうだ。そう考えると、一つの可能性が生まれてくる」灯火は口元だけに笑みを浮かべた。「・・・姉は、本当に、自殺か?」
「さすがに、それは・・・」灯火の突然の言葉に、弦はたじろいだ。「飛躍、しすぎじゃないかな・・・」
「あくまで可能性の一つだ。与えられた情報が少ない以上、想像の制限をする必要はないだろう?」灯火はカップを傾けてコーヒーを飲み干すと、立ち上がって軽く伸びをした。「んー。まずは姉の自殺について調べるか。彼女の身辺の調査はそれからだ」
灯火はそう言うと一葉の元に向かった。彼女のデスクの上にある端末を手に取り、操作をして再び戻した後一葉に小さく合図を送る。弦はその動作を見届けてから、カップ二つを手にキッチンへと足を運んだ。
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