1日目②

 

ブザーと共に、一同は顔を上げる。億劫そうに立ち上がった灯火の後に弦が続いた。


灯火は壁際に備え付けられている端末にそっと触れ、盤面を操作した。するとブラックアウトしていた画面が明るくなる。そこには玄関の風景が映し出されていた。


「どちら様?」


灯火は端末に向けて尋ねた。表示された画面の向こうでは、髪の長い女性が所在なさげに佇んでいた。始めは俯いていて見えなかったが、突然の灯火の言葉に顔を上げる。二十代だろうか。疲れのためか顔色は悪く、不安そうな表情で目を泳がせている。


『あ、あの・・・。私、三宅先生の紹介で・・・。ここだったら、もしかしたらと、言われたので・・・』


そう言い終えると、女性はまた俯いてしまった。手持ち無沙汰な両の手が腕を擦り、どこか落ち着きのない様子だ。まるで何かに怯えているようだった。


「・・・どうぞ」


灯火はそう告げると画面をブラックアウトさせて端末を操作した。部屋の遠くで、小さくロックが外れる音がする。


「一葉。録音機を」灯火は振り返って一葉に告げると、戻ってソファに腰を下ろした。テーブルに残っていたカップに手を伸ばし、中身を一気に飲み干すと弦にそれを差し出す。「弦、おかわり。依頼人の分もだ」


二人の助手は与えられた仕事を素早くこなした。弦は中二階の下に設置されたオフィス空間の横のキッチンに向かって、コーヒーを再び淹れ始める。一葉は車椅子の左側に設置されているバッグから小さな機械を取り出し、それをテーブルの裏側に設置した。小型の録音機である。


一葉は仕事を終えると再びオフィス空間に戻り、パソコンで作業を始めた。コーヒーをテーブルにセットした弦は、ソファに座る灯火の後ろに佇んでいる。


程なく、他者の来訪を拒むような高い本棚の隙間から、女性は現れた。おそるおそるといった感じで、こちらの様子を窺っている。


「・・・あ、あの」


伺うように顔を上げた女性の表情は、部屋の照明が暗いためか、先程より遥かにやつれて見える。僅かに乱れた長髪も相まってか、印象は、薄幸だ。少し明るめの赤い服が、それを更に助長させている。


「どうぞ。掛けて」


灯火はソファから立ち上がる事なく、片手で対面のソファを示した。女性は初めての場所と初めての相手のためか、不安そうにゆっくりと歩を進める。


ようやくソファの前まで辿り着いた女性は、しかしすぐには腰を下ろさなかった。まるで着席の許しを請うかのように、灯火と弦を窺っている。


「どうぞ」答えたのは弦だった。なるべく無害そうな笑顔を作り、先程の灯火のようにソファを指し示す。「良ければ、嫌いじゃなければコーヒーも」


許しが出た事に安堵したのか、女性は俯きがちな顔を上げて弦に小さく頭を下げた後、静かにソファに腰を下ろした。人見知りなのか消極的なのか、窺うように灯火に視線を送っては、目の前にあるカップに視線を落としている。


煮え切らない相手の態度に苛ついたのか、灯火は小さな溜め息の後に腕と足を組んだ。憮然とした彼女の態度が、女性を萎縮させる。


「はぁ・・・。三宅から話は聞いている。とりあえず話を聞こう。話は、それからだ」


言葉遊びのような言葉を、不安そうな女性に灯火は言い放った。

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