1日目①

 

「はぁ。・・・どういうつもりだ?」


ソファに深く体を沈ませた明里灯火あかりとうかは溜め息混じりに悪態をついた。電話の相手は地元の総合病院で精神科に勤めている三宅久志みやけひさしである。電話越しの彼は電話越しでも頭を下げているのかと思うぐらいに申し訳無さそうな声音で謝罪の弁を述べた。


『いや、本当にすまない。事情が事情なんだ。この借りは必ず返すからさ』


「返す借りがどのぐらいあるのか、分かっているのか?」


灯火は何もない宙を仰ぎながら、彼の言う借りについて思考した。しかし、それがすぐ無意味だと思い中断する。両手では、収まりきらないからだ。


『分かってる。・・・しかしこちらでは、手に余るんだ』


困ったような声音が紡がれる。携帯を耳に当てた灯火の後ろでは、助手の一ノ瀬弦いちのせゆずるが盆を手に様子を窺っていた。


「まったく・・・。もう紹介は済ませたんだろう?私が受けるかどうかは、話を聞いてからだ」


『あぁ。助かるよ』


電話越しの三宅の言葉を聞き、灯火は別れの言葉もなく電話を切った。小さな溜め息と共に、テーブルに携帯を置く。


「今の、誰?依頼?」


タイミングを見計らった弦は盆に載せていたカップを三つテーブルに置いて灯火の向かいに腰を下ろした。彼は灯火の前で携帯に一瞬だけ視線を送った後、首を傾げる。


「あぁ。精神科の三宅だ。どうやら厄介事らしい」灯火は舌打ちをしてからカップに口を付ける。芳醇な香りと喉を撫でる苦味が、思考をスイッチさせる。記憶に残る電話の相手の言葉、声音を吟味し、推測する。「あの感じだと、おそらくは警察案件だろう」


三つ目のカップが置かれている所にソファは無く、そこには車椅子の女性が現れた。もう一人の助手である春日井一葉かすがいかずはは灯火と弦を交互に見ながら、首を傾げてカップを手に取った。


「藤堂さんに連絡しておこうか?」


弦はカップをテーブルに置くと、自分の携帯を取り出して灯火に伺った。灯火は一瞬の思案の後、同じようにカップを置いて小さく首を振る。


「いや、まだいい。依頼主から話を聞いてからだ。それよりも、一葉」灯火は視線を弦から一葉へと移した。「優先的なメールはあるか?」


『今のところはありません』


一葉は言葉にする事なく、車椅子の右側に設置されているタブレットでそう答えた。彼女は言葉を発する事が出来ないので、基本はタブレットでの出力による会話になる。


「そうか。なら、仕方ない。三宅に借りでも作っておくか。まったく・・・、便利屋ではないんだがな。私達は」


唇を尖らせてカップに残る黒い液体に溜め息を吐きかけるように、灯火は呟いた。その仕草に、弦と一葉は顔を合わせながら小さな苦笑を浮かべる。


その時、来訪者を知らせるブザーが部屋に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る