冷やかし散歩

「ほぉー…」


ブレーチャという都市の大通り、たくさんの人が行き通うこの道から枝分かれするように通る沿路の一つは店を持たない商人が開く露店市となっている。


「ふーん…」


一人の少年が客に紛れて商品をまじまじと見ていた。


「お客さんお目が高いねぇ。それは硬いと評判のバサリウム鉱石で作られたガントレットだよ!」


「へーぇ。そらすごい」


「驚くのはまだ早いよぉ。それにジャンプブルの鞣し革が縫いつけてあってこれで手を保護するのさ!」


赤みがかった髪が生える頭に青い布を巻き、浅黒い肌に汗をにじませる男性はそう商売品を宣伝する。元気良く露店市に来た人に声をかける様はこちらまでも笑顔になりそうな生命力に満ちている。


「そんなにいい素材が使われてるんなら値段も張るんじゃないか?」


「おっとご明察。このガントレットなんと5000バル!」


「ッたっけぇ!」


この世界の通貨はバルという単位で統制されており、物価にもよるが10バルでパン一つ買える。10バルに対して5000バル。文官など高給取りなら手が届くかもしれないがそもそもそんな奴が買うとは思えない。仮に騎士であっても装備が支給されるのだから買おうとはしないだろう。


「いやー…いい買い物したと思ったんだけどなぁ…」


「…まぁさすがに買う奴はつかんだろうなぁ」


「こんなところだと」とラックは周囲を見回す。細い路の脇には手作り感のある装飾品を売る店や自らの故郷から持ち込んだと思われる品を売る売店など、どちらかというと庶民よりの市場であることは否めない。そこで質が良いとはいえ高い物を売るのだから、売れ残ってしまうのは仕方がないと言える。


「まぁ金が貯まったら見に来るさ。残しといてくれ」


「おう!多分今日も明日もその後も売れ残るだろうから大丈夫だ!」


豪快に笑う店主を背に、ラックは次なる場所へ向かう。次にここに足を運ぶのは大分後だな―と考えながら。



――――――――――――



ブレーチャのギルドは都市の中心から少し外れたところに立地している。方角は東で、ギルドに通う働き手ギルドワーカーを対象に防具屋や武器屋、薬屋が軒を連ねており、ギルド所属の者が多く訪れることからギルド街と呼ばれている。


ここにある店舗を冷やかしに来たラック。露店市とは打って変わって戦士風の男や魔法職だろう杖を持った女性など戦闘を生業とする者が8割を占めている。


「なんかいいものあるかなぁ」


なけなしの金で買ったパンをかじりながら足を進めるラック。周りを見回しながら歩く様は「お上りさん」丸出しで、生暖かい目で見守る者も新参者を厭う目で見る者もいる。


戦闘を行うことも多いギルドワーカーには当然チンピラのような輩も存在する。そういった破落戸は時に徒党を組んで金銭を恫喝するものである。


「おい、そこのお前」


「ん?何か用?」


「てめぇ金持ってんだろ?よこせや」


突然声をかけられ、振り返ると3人の男が下品な笑みを浮かべて立っている。彼らは『自分ならず者です』と言っているような身なりをしている。ラックはこれ面倒な奴に絡まれたな、と心の中でごちた。


「悪ぃけど金は持ってねぇぞ」


と手に持ったパンをプラプラ揺らして主張する。それを聞いたチンピラたちは金が無かったのか、今にも噛みついて来そうなほど顔を苛烈に歪めて


「じゃあてめぇの身ぐるみ剥いでやらァ!」


と拳を振りかぶってきた。瞬間、剣呑な空気に包まれるギルド街。生暖かく見守っていた女性は直ぐ止められるように身構えていたが、仲間だろう壮年の男に止められる。男の目線はラックに注がれており、当のラックは自然体で立っている。


「オォラァッ!」


ドガァという音を立てて拳がラックの顔面に突き刺さる。そしてくぐもった声が周囲に漏れる。周囲はラックが発したものかと思ったが、ラックは微動だにしていない。


「ッつぅ~っっ…!なんて面の硬さしてやがる!」


「そんなパンチじゃ俺を倒せねぇよ」


何もなかったように右手に持ったパンを齧るラック。自慢げに緩んでいた口元を引き締め拳を抑えている男とそれを動揺した目で見る取り巻きに言い放つ。


「かかって来いよ。俺は硬ぇぞ?」


「や、野郎…!やっちまえ!いくら硬くても武器で叩きゃ問題ねぇ!」


往来で武器を抜き放つ男たちを見咎め動き出す周囲の者。取り巻きの二人に向かう壮年の男とラックを見守っていた女性がライトブルーの髪を躍らせ地を蹴る。ラックを殴った男は抜いたサーベルの切っ先をラックに向け襲い掛かった。


「死にやがれぇ!」


身勝手な怒りのままに突撃するチンピラ、元々近い距離にいたためその凶刃は一瞬で少年の身体に届く。あわや少年の胴体に刃が刺さる―というところで、金属同士が衝突したような硬質な音が響く。


チンピラは刺さったことを確信したかのような笑みを浮かべていたが、自らの手の痺れに気づくとその顔を驚愕に染めた。


「な、なんだと!?いくら魔力による身体強化でもそうはならねぇだろ!?」


「言っただろ?俺は硬ぇって」


ラックは不敵な笑みを浮かべながら男のサーベルを握る手を掴み、空いた右腕を引き絞る。


「や、やめっやめてくれ!?」


「お前からやって来たんだ。歯ァ食いしばれ!」


身体強化によって加速した拳は男の左頬を打ち抜き、そのまま振りぬかれる。男は1m宙を舞うと地面に激突しながら転がっていく。ぐったりした様子から気絶していることが見て取れた。


「さて他の二人は…もう終わってるな」


ラックが振り返ると破落戸の取り巻きをしていた二人のチンピラは飛び出してきた壮年の男性と澄んだ水色の髪を持つ女性が片付けていた。


「君、大丈夫!?」


女性がラックへ駆け寄ると、身体に刺し傷がないことを確認して安堵する。後ろについて来ていた壮年の男性が顎の無精髭をさすりながら言葉を発する。


「しかし、凄まじいな。確かに熟練の戦士であれば身体強化で剣を防ぐことができるが、見たところ16ぐらいだろう?」


と壮年の男性が感心していると、女性が気絶している男たちに目を向ける。


「とりあえずこいつらを衛兵に突き出しに行こう。君は…」


「俺もついていくよ。当事者だしな」


「わかった。じゃあ行こう」


そう言うと女性は、背嚢から縄を取り出した。

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