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突然目の前に現れた彼女に似ている女性は、睨みつけるような瞳のまま、僕の名前を口にした。突然の事に、僕は呆然と目の前の女性を見つめるしか出来なかった。


何の反応も示さない僕に呆れたのか、女性は目を伏せて小さな溜め息を吐いた。再び上げた双眸は、やはり鋭かった。


「・・・正直、まだ信じられない。初めて聞かされた時だって、事故の後遺症なんじゃないかって思ったぐらい」女性は睨みつけながら、吐き捨てるように言った。「あんたなんでしょ。夢の中で、姉さんと会ってたのは」


「君は・・・、一葉の」


「気安く名前で呼ぶな!」


突然の怒声に、言いかけた僕は口を結んだ。声を荒げた女性は不快感を隠そうともせず、睨みつけながら表情を歪めている。それは敵意より、憎悪に近い。


我を忘れたような言葉や仕草で僕に噛み付いた女性は、大きく息を吐いて頭を掻いた。仕切り直しと言わんばかりに鼻息を荒く、再び僕を睨みつける。


「・・・私は、姉さんに頼まれたから仕方なくここに来ただけ」


「え?・・・一葉が?」


僕も少しばかり動転しているのだろう。先程怒声を浴びせられたばかりなのに再び彼女の名前を呼んでしまう。気付いた女性は再び表情を歪めたが、声を荒げることはなかった。しかし代わりに、嘲笑のような微かな笑みと、見下すような視線を放つ。まるで哀れむような、嘲笑うような、そんな表情だった。


「伝言。さよなら」


「・・・・・・」


その言葉の意味に、重みに、僕は何も返せなかった。目を伏せて、拳を握り、拒絶したいその言葉を、ただ噛みしめる事しか出来なかった。


突き付けられる、二度目の拒絶。


「明日引っ越すの。だから二度と会うことないから」


「・・・そっか」僕は何とか顔を上げて、女性に視線を向ける。彼女は相変わらず冷たく突き刺すような視線を返してきた。


それが、二度に渡る彼女の選択なら。


受け止めることが、僕の選択。


「・・・分かった」上手く笑えているかは分からないが、僕は無理矢理笑顔を作った。「・・・わざわざ、ありがとう」


女性は僅かに目を見開き、その瞳に微かな困惑の色を見せた。しかしそれを許さぬように、唇を噛んで再び僕を睨みつける。


「・・・あんたさえ助けなければ、姉さんは今だって」睨みつける双眸が、水面のように揺らぐ。「あ、あんな思い、・・・しないのに」


今にも涙を零しそうな女性に、僕は何も言えなかった。ただ、彼女を見つめることしか出来なかった。


最後に一瞬だけ伏せた目を上げて僕を睨みつけると、涙を見せまいと踵を返した。なびく髪と背を、言葉もなく僕は見送った。




残されたのは、僕だけ。


さざめく枝葉が、やけに五月蝿うるさい。


彼女は、僕の命を救った。それは、一つの事実で。


救われた僕が、彼女の声と足を奪った。それも、一つの事実で。


抗っても、贖えない。


命と引き換えの、罪。


許されず、償えない。


救われた為の、罰。


生まれてしまった感情さえ、


行き場なく、身を焦がす。


押し潰されたような気持ちの僕は、ただ無気力に、足元の砂利を眺めることしか出来なかった。

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