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それから僕は、毎日寺を訪れた。見慣れた林道を歩き、開けた境内の中、柵にもたれて眼下の風景を眺めながら、日々を過ごした。
何日も。何日も。
陽が落ちれば、僕は溜め息混じりに帰路を辿り、何をするでもなく就寝の時間を待つ。就寝の間際、もしかしたらと思い目を閉じても、迎えるのは、窓から差す陽光だった。その度に再び溜め息をつき、また、もしかしたらと寺を目指す。それをただ、繰り返した。
何日も。何日も。
そんな日々を繰り返す度、あの時の刹那の感情に身を任せた事を後悔する。その度に、伝えなければ今はどうしているだろうという思いに耽る。そしてすぐ、その思考に意味がない事を知る。
何日も。何日も。
女々しいと、分かっていた。それでも、行動は変わらなかった。変えられなかった。たとえ会えなくても、もし会おうとしない自分を考えたら、居てもたっても居られなかった。
何日も。何日も。
もしそれで会えなくても、会おうとした僕を僕は許せるし、会えなければ、彼女の為にもなる。日を追うごとに、そんな後ろめたい、慰めにも似た感情を抱き始めた。
何日も。・・・何日も。
今日もまた、僕は同じように境内に居る。いつも通り柵に身を預けて掌に顎を乗せて、退屈そうに眼下の風景を視界に映す。変わらない風景に溜め息を零し、今日もまた、昨日の繰り返しだと思い知る。
すると突然、微かな足音が聞こえてきた。少し重いような足取りで、階段を登っているのだろうか。しかし僕は気付いただけで、視線を移す事はしなかった。
今までにも何度か、参拝に訪れる人が居ないわけではなかった。その度に僕は驚くように顔を向けるが、その度に、その行為の意味の無さを知り目を伏せる。階段を登って彼女がここに訪れることは、ありえないからだ。
階段を登り終えたのだろう、足音は軽くなり、近付いていた。僕は空を仰ぎ、遠くの方に視線を向ける。遠くの空は僅かに赤みを浮かべ、太陽は遠くの町並みに向かって、その体を降ろし始めている。僕の今日もまた、あの陽のように沈もうとしていた。
僕の溜め息と同時に、足音が消えた。
「・・・本当に、居た」
突然の呟きに、僕は振り返った。その言葉は、僕に向けられたものだったからだ。それは唯一の足音の人物で、その姿を視界に映した瞬間に、僕は目を見開き、息を呑んだ。
「・・・き、君は」
目の前には、微かに幼さの残る女性が憮然と佇んでいた。大きめの黒いパーカのポケットに片手を突っ込んでいて、残りの手で風になびく陽光を反射するような金色の長髪をかきあげる。
「あんた、・・・一ノ瀬、弦ね?」
目の前の女性は、彼女によく似ていた。
そして注がれた鋭く睨むような視線は、僕に対する、明らかな敵意だった。
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