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「君は、どうする?」
その質問に、僕は沈黙しか返せなかった。灯火は黙る僕を見て、まるで時間を与えるかのようにカップを持って席を立ち、キッチンへと向かった。一人残された僕は、まとまらない思考を、無駄に回転させていた。
会いたいという気持ちは、もちろんまだ残っている。生まれた感情に、嘘などつけない。しかしそれは僕個人の、一人の感情にしか過ぎない。
彼女はそれを、望んでいない。むしろ、言葉から、表情から、はっきりと拒絶の意志を表した。僕の望みを、彼女は正面から否定した。
心の天秤は、並行のまま。いっそ傾けば、どれだけ楽だろうか。
「・・・分からないんだ。僕は、どうすればいい?」
新たに淹れ直したカップをテーブルに置いてソファに腰掛けた灯火に、僕は藁にも縋るような気持ちで問いかけた。彼女の瞳には、苦悶の表情を浮かべる僕が映っている。
「はぁ・・・。人に委ねるな。それはただの逃避だ」しかし灯火から返ってきたのは、あからさまな溜め息と突き刺すような言葉だった。「選択は、君のものだ。だから君が選ぶ義務がある。他人に委ねて、もし間違えても自分が選んだわけじゃないと、そういう慰みの保険が欲しいのか?」
「いや、・・・ごめん」
「彼女を裏切って、自己満足の為に会うか。彼女の気持ちを尊重して、自分の感情を押し殺すか。ただ、その二択だ」灯火は静かにカップに口を当てる。「まぁ、簡単かどうかは人によるがな」
「そうなんだ。だから、僕自身、・・・どうしたいかが、分からないんだ」
「ふむ・・・。なら少し、言葉を変えてみよう。感情の方向性が、少しは定まるかもしれない」灯火はそう言うと、両腕と足を組んだ。少しの間の後、静かに口を開く。
「後悔の仕方、で考えてみよう。君に生まれた彼女への好意。それはとても大事な感情だ。
「・・・」
「この言い回しをした上で、質問を変えよう。・・・君は、どちらの後悔を耐えられる?」
天秤はまだ、並行のまま。
それでも、選ばなければならない。
それが、選択で、それが、意志。
「・・・会うよ。会えるか、分からないけど」
「理由は?」
「彼女の気持ちを尊重したい。でも、会おうとしなかった僕を、その後悔を受け入れた僕を、僕は多分、許せない」
「・・・そうか」
束の間の静寂。完全にスッキリとしたわけじゃないけれど、肩の荷が降りた感覚がある。僕は手を伸ばし、差し出されたカップに口を付ける。
芳醇な豆の香りが、そっと鼻を撫でた。
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