37
瞳を開くと、目に映る風景に色は無かった。眼前には、一本の道がどこまでも続いている。
僕はその一本道を見据え、小さくため息を吐く。何度となくこの夢を見たけれど、ここまで億劫な気分は初めてだった。足元の砂利を眺めるように、視線が俯く。
灯火が明かした推測をおそらく事実だと認識した僕は、今だけはこの夢の中に来たくはなかった。しかし、告げられた事実は、おそらく夢を見るだろう事も僕には推測出来た。灯火には言っていないが、彼女の推測が正しければ、今日僕が夢を見る可能性が充分にあった状態だからだ。
掌を握り、解く。感覚を確かめる。重く沈んだ心のまま、前を向こうと顎を上げる。
続く、暗い道。
彼女の元へと、続く道。
このまま足を留めていても、何も意味がない。夢から覚めるわけでもない。僕は意を決して、暗く続く道に足を踏み出した。
一歩一歩踏み出すごとに、過去の残滓を追う。初めての邂逅。緊張した表情。再びの邂逅。縮まる距離。踏み出すごとに、それらは記憶を撫で、踏みしめるごとに、重さを増す。続く道は途切れ、ふと見上げれば石段が続いている。
どんな感情で、彼女の前に現れればいいのか。どんな表情で、彼女に顔を見せればいいのか。答えが、分からない。
石段を登る。逃げるように、ゆっくりと。
僕は彼女を見て、どんな表情を浮かべるのだろう。彼女の前に立って、どんな感情を浮かべるのだろう。それすら、僕には分からない。
知りたいと、思った。
知らなければ、良かった。
相反する、心の矛盾。
気が付けば、僕は石段を登り終えていた。もう、後はない。
小さく、深く、深呼吸。
沈む感情に、蓋をする。
俯いたままの
開けた視界は、見慣れた景色。カラーでもモノクロでも見た、幾度目かの風景。広がった視界のピントを合わせると、その中心に彼女が居た。
春日井一葉は、いつもの石の上に居た。膝を抱えて、顔を隠し、体を丸めている。それはまるで殻に籠もるような、外界を拒絶するような姿勢に見えた。
鼓動が、高鳴る。微かな呼吸で、落ち着かせようと試みる。僕は一瞬の内にそうして、静かに歩を進めた。
彼女のその姿勢が、不思議に思えた。今までは、退屈そうに足を揺らしながら、顔を上げて何かを探しているようだった。僕の顔を見るたびに、少しだが表情を明るくさせていた気がする。
しかし今の姿勢は、まるで真逆のようだ。見るのを、聞くのを、話すのを、拒絶しているようにも見える。
気が付けば、彼女との距離はあと三歩。僕は立ち止まり、言葉を探す。自分の頬に手を当て、強張ってないか確かめる。
あまり乱れていない心情を確かめ、僕は心の中で自身に言い聞かせるように、何度も何度も繰り返した。
大丈夫。
灯火の推測が事実だとしても。
僕は、大丈夫。
「・・・また、会ったね」
言葉を探しても何も出てこなかったので、僕は当たり障りのない挨拶を口にした。
「・・・・・・ぁ」
瞬間、息のような声を出して顔を上げた彼女を見て、僕は目を見開いた。
その瞳は、腫れていた。目は微かに充血していて、それは明らかに泣き腫らした証拠。予想もしていなかった事態に、すぐに僕の思考は動き出す。
なぜ、彼女は、泣いている?
彼女は、灯火の推測を、その事実を知らないはずだ。そして彼女も、知ろうとしなかったはずだ。不思議は不思議のままでいいと、彼女は言っていたはずだ。だから知ろうとしない。知るはずがない。その事実を知らないはずなのに、なぜ、泣く理由がある?
彼女は僕を見据えたまま、充血した瞳を潤ませた。何か言葉を発しようとして口を開けたが、言葉にならず、息を呑む。
瞬間、僕は思い出した。彼女のその仕草が、記憶を手繰らせた。最後の夢で、僕が言った言葉を。その時に見せた、彼女の仕草を。
「・・・ごめん、なさい」
苦しく呻くような声を振り絞って、彼女はそう言った。その直後、彼女の頬を大粒の涙が伝った。
あぁ、・・・僕のせいだ。
僕のせいで、彼女は、知ろうとしたんだ。
僕のせいで、彼女は、・・・知ってしまったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます