36
夕方過ぎに雄介と合流して、僕達は灯火の家を目指した。茜色の空が既に彼方に沈み始めていて、真上の空は黒く塗り潰され始めている。歩道を行き交う人はまばらで、その殆どが仕事帰りだろうかスーツ姿の人ばかりだった。僕達はそれらに紛れるように、点々と灯る家々の間を歩いていた。
雄介は周囲と同じようにスーツ姿で、片手には大きな箱が入った袋をぶら下げている。先程二人で立ち寄って購入した、海外から進出したドーナツ屋の物である。
「昨日の雄介の言葉で、昼間色々考えてた」
道すがら僕がそう零すと、雄介は目を見開き不思議そうな表情を浮かべた。
「俺、何か言ったか?」
「・・・いや、何でもない」
無自覚な雄介に僕は小さな笑みを返し、会話を終わらせた。
「気になったんだけど、原因が分かった所で、どうにかなるのか?」
雄介の問いに、今度は僕が目を見開いた。言葉の意味がよく分からなかったからだ。
「どうにかって?」
「いやだって、原因が分かったからと言って、夢を見なくなるわけじゃないだろ?解決するっていっても、夢をどうこう出来るのか?」
雄介の真っ当な言葉に、僕は沈黙で返した。確かに、原因を飛ばして解決方法だけを考えると、想像すら難しい。僕が思案にふけていると、雄介は言葉を続けた。
「夢のコントロール?簡単なものなら出来るかもしれないが、特定の夢だけを見ないようにするなんて出来るのか?後は、物理的に脳へのアプローチか。でもそれも、現実的じゃないだろ。多分リスクが大き過ぎる」
雄介の推測に、僕は頷く。真っ先に浮かんだのはその二つの手法だったが、いずれも現実的ではない。しかしそれ以外のアプローチも、なかなか思い付かない。
そうこうしている内に、僕達は灯火の家の前に辿り着いた。夕闇に染まる住宅街の中のそれは、まるで廃墟にも近い不気味さを際立たせている。僕は迷わずインターフォンを押し、家主の返答を待った。
「どうぞ」
起伏のない声が聞こえ、同時にガチャリとロックが外れる音がする。僕は扉を開け、雄介が後に続いた。
来訪者にまるで威嚇にも似た高さの圧力を与える本棚を尻目に歩き広間に出ると、中央のテーブルにちょうど人数分のコーヒーを準備していた灯火の姿が目に入った。僕と雄介は、同時に首を傾げる。
昨日見た彼女とはまるで対象的な出で立ちだった。髪は結んでおらず肩に乗りカーブし、鼻の上には小さめの丸眼鏡が乗っている。何より不思議に思ったのは、彼女の服装だった。
黒いワイシャツに黒いパンツ。それらはいつもと変わらない。しかし彼女は、その上に白衣を着ていた。
僕達のリアクションに気付いたのか、コーヒーを並び終えた灯火は視線を落として自身の服装を視界に入れると、頷いて顔を上げた。
「あぁ、この姿は初めてか。先程まで
僕達は二人並んで灯火の向かいに腰掛けた。その際に雄介がテーブルに袋を下ろすと、その袋のロゴを見た灯火は目を輝かせた。甘味に対する彼女の感情だけは、唯一僕や雄介でも簡単に判別出来る。
「で、わざわざ俺らを呼び出したって事は、お前の中で進展はあったんだな?」雄介は袋から箱を取り出し、テーブルの上で灯火に向かって滑らせる。彼女はすぐに箱を開け、一目で気になったドーナツを口へと頬張った。「俺らが理解出来るように、聞かせてくれよ?」
雄介の言葉の間にあっという間に一個のドーナツを平らげた灯火は、コーヒーに口を付けてそっと息を吐き出す。まるで心を落ち着かせるティータイムのようだ。しかし次の瞬間、いつもの様な冷徹な笑みを浮かべて、彼女は僕と雄介を交互に見た。
「極力噛み砕いて話すつもりだが、それでも付いてこれないなら、それは君らに原因がある。だから君らは、その思考を極力鋭敏に澄まし、付いてくればいい」
灯火は静かにコーヒーカップをテーブルに戻し、足を組んだまま姿勢を正した。彼女から発せられる突然の緊張にも似た張り詰めた空気感に、僕達は息を呑む。
「では、話そう。私の見解。そして、それらの推測による結論を」
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