34

 

「で?見付けた現場は間違いなかったんだな。どうだった?」


テーブルを挟んで向かいに座っている雄介が、ビールを片手に目を輝かせながら身を乗り出した。信じられない夢物語が現実味を帯びてきたことに、更に興味が湧いてきたらしい。


灯火に送られて家路に着いた僕は、雄介に連絡を入れた。彼の情報のお陰で、夢の場所が見付かったのである。電話を取るや否や会って話がしたいと告げられ、仕事を終えた彼が僕の部屋を訪ねてきた。そうして、今に至る。


「どうだったって・・・言われても」僕は雄介の圧に少し後ろに仰け反りながら、首を傾げてコーヒーを口にした。「何か分かったわけじゃない」


「マジか・・・。何かしらの手掛かりにはなるんじゃって思ったんだけどな〜」雄介はあからさまに落胆の表情を浮かべながら、ため息混じりに缶をあおった。「・・・これで結局、振り出しか」


「・・・いや、振り出しってわけじゃないよ」


「ん?どういう事だ?」雄介は首を傾げた。「進展はなかったのに、何かあったのか?」


雄介の疑問に、僕は昼間にあった出来事を話した。その補足として、昨日の夢の事も話した。そうして灯火からあった二つの要求。タブレットへの無数の書き込み。夢と現実の風景の差異。彼女は言っていた。外的要因からのアプローチ。そのための手掛かりだと。


「・・・外的要因、ねぇ」雄介は眉をハの字にして小さなため息を吐いた。缶の中身は既に底をついている。「まぁ、あいつの考えてる事を理解しようってのが無理な話だな。出来が違い過ぎる」


「それには同感」僕は立ち上がって冷蔵庫へ向かった。雄介のための新しいビールを取り出すためだ。


「そういや、その・・・何だっけ?」雄介はテーブルに広げられている持参したつまみに手を伸ばしながら天を仰いだ。「春日井、一葉ちゃんだっけ?どんな子なんだ?」


「可愛い子だよ」僕は雄介に缶を手渡しながら腰を下ろした。自分のコーヒーはまだ残っている。「僕達よりは少し年下かな?明るいし、周りをよく見てる感じがする」


「・・・へぇ。実在、するのかなぁ」


「・・・え?」


僕が雄介に疑問を投げかけると同時に、聞き慣れたインターフォンの音が部屋に響き渡った。来客の予定などないし、こんな時間の訪問は少し非常識だ。僕は首を傾げながら下ろしたばかりの腰を上げ、玄関へと向かった。


「・・・新見、さん?」


ドアを開けると、玄関先に姿勢良く佇んでいたのは新見だった。彼女は僕と目が合うと、小さく頭を下げる。意外な訪問者に、僕は目をまたたかせた。


「夜分遅くに、失礼します」


「どうしたんですか?突然・・・」


僕の言葉に、新見は何も返さなかった。少し伏し目がちに何かを思案しているようだ。その光景に僕が首を傾げて数秒、ようやく彼女は顔を上げて勢いよく頭を下げた。


「一ノ瀬さん。申し訳御座いません!」


「ちょ、待って。何の話ですか」


彼女の突然の謝罪に僕は当然ながら困惑した。しばらく会っていなかったのに、突然頭を下げられても理解に苦しむ。何とかしどろもどろながら説得してようやく顔を上げた彼女は、その理由を語ってくれた。


先程、灯火が彼女の元を訪れたこと。守秘義務を破って灯火に事故の詳細を教えてしまったこと。説明をしながらも、彼女は罪悪感のためか少し俯き気味に暗い表情をしていた。僕はその表情を崩そうと、笑顔を浮かべた。


「そんなこと、別に謝る事じゃないですよ。気にしないで下さい」


「ですが・・・」


「本当に、気にしないで下さい。それに、異常な事態とあいつは言ったそうですけど、別に害があるわけではないですから」


「・・・分かりました」


僕の言葉に少し躊躇しながらも頷くと、彼女は顔を上げた。その表情には、もう暗い影は見えない。切り替えが速くて助かったと、僕は胸を撫で下ろした。


「もし、お力になれる事かあれば仰って下さい。では、失礼します」


「新見さん!」


要件を終えた事を告げ歩き始めた新見を、僕は呼び止めた。扉を手で押さえたまま玄関から身を乗り出し、通路の先で振り返る彼女を視界に収める。


「・・・わざわざ、ありがとう。気にかけてくれて」


「・・・いえ。失礼します」


微かに微笑みを浮かべた新見は、小さく頭を下げて通路の奥に消えていった。しばらくすると、階段を鳴らすヒールの音が、辺りを響かせる。


突然、部屋から顔を覗かせたのは雄介だった。彼も僕と同じように新見が消えた通路を見つめながら、何故か粘着質な視線を僕に向けてきた。なぜだか不服そうに見える。


「誰だ?あの綺麗な人は」


「事故を担当した刑事さんだよ」


「・・・へ〜」


含むような相槌の後、突然雄介が肩を組んでくる。急な重さに僕が不満げな視線を送ると、彼はからかうような笑みを浮かべた。


「さてはお前、モテ期だな?」


「何言ってんの?」


本気で理解に苦しんだので、僕はため息混じりにそう返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る