33
藤堂に促され、灯火はソファに腰掛けた。ちょうど新見と向かい合う形になった。
瞬時に、灯火は視界の情報を整理する。観察によって、人物像を洗い出す。
綺麗に整えられた髪。切れ長の眉。凛とした姿勢。向けられた視線。先程の挨拶。綺麗に着こなされているスーツ。様々な情報から、彼女の性格を割り出していく。
(・・・真面目、頑固、いや、頑固ではなく融通が効かない、か?それと、・・・誠実)
割り出した第一印象。灯火はそこから、今後の展開を導き出す。思考の中でいくつかの構成を行い、パターンを分けていく。
「・・・あの、私に、何か御用でしょうか?」
邂逅一番に続く沈黙を嫌うように、新見は窺うように口を開いた。案内役の藤堂は、役目を終えたかのように扉に体を預けて二人を眺めている。
思考をまとめ終えた灯火は、小さく息を吐いて新見の相貌に視線を合わせた。
「単刀直入に言おう。君が担当した一ヶ月以上前の交通事故についてだが、情報を提示してもらいたい」
瞬間、新見の眉間に僅かに皺が寄った。それは警戒心の表れ。瞬時に彼女は藤堂に抗議のような視線を向けるが、彼はそれを気にも止めなかった。
灯火に向き直った新見は警戒心をそのままに、姿勢を正し、牽制するような押し殺した声音で答えた。
「明里さん。我々には守秘義務があります。お答え出来る事は何もありません」
「そんな事は知っている。そして私は、その上で言っているんだ」
同じような強い口調で灯火に返された新見は、少し困惑したような様子で藤堂に視線を向けた。しかし藤堂は、相変わらず我関せずといった様子で助け舟を出そうとしない。目の前のやり取りを、ただ眺めている。
灯火は僅かな会話の中から瞬時に思考を巡らせ、会話のパターンを細分化していく。着地点を見据え、そこからシミュレートを逆算させる。そして紡ぎ出される、言葉の数々。無数の枝のようなそれらから、望む相手の返答を探す。
「経過から話そう」思考の整理を終えた灯火は口を開いた。「調べている事故の被害者は一ノ瀬弦。私の友人だ」
その言葉を聞くと、新見は僅かに目を見開いた。それは驚愕のサイン。しかし、驚愕の種類は分からない。一ノ瀬弦の名前が出てきた事に驚いたのか、その被害者が灯火の友人と言う事に驚いたのか。しかし一度それは棚に上げ、灯火は続けた。
「事故以来、彼には異常な事態が起きている。私は彼に、それを解決するよう頼まれた。だから、事故の詳細な情報が欲しい」
「・・・ですが、先程も言いましたように、我々には守秘義務があります」
「守秘義務と言っても、私が手段を選ばなければ、数日中には手に入る情報だ。しかし、その数日が惜しい。私も暇じゃないんでね」
「そんな事、私は知りませんし、関係もありません」
新見の姿勢は変わらない。灯火はすぐに選択を切り替えた。
「なら、言い換えよう。新見さん。君は守秘義務を守る方を選択するで、良いのかな?」
「・・・どういう、意味ですか?」
動揺。
生じる隙。
「簡単だよ。君は守秘義務を守る事で、今もなお異常な事態に巻き込まれている一ノ瀬弦を見て見ぬ振りをするんだね?」
「そ、そんな事、言ってません!」
「守秘義務を守るんだろ?それはイコールだ」
「待って。・・・これは、・・・脅迫ですよ?」
「なぜだ?私は君に知らない情報と選択肢を与えただけだ。これは脅迫には当たらない」
「っ、ですが・・・」
「あぁ、ついでに守秘義務と言ったが、もちろんその定義は理解しているかな?」
「あ、当たり前です!馬鹿にしないで下さい!」
「そう声を荒げるな。なら、今君が事故について話しても、守秘義務を破る事にはならない」
「え?・・・ど、どうして」
「ここは応接室だ。見渡してみた限り、カメラや集音器の装置は見当たらない。だからだよ?」
「何を・・・、言って・・・」
「君が私に情報を提示したとしよう。しかし、何故それが守秘義務を破る事になる?私と、君と、藤堂が、この件に口を開かなければ、君が話したという事実は存在しない。・・・そうだな?藤堂」
「・・・それは、脅迫だな」
「ふふっ。違う。これは、お願いだ」
「・・・はいはい。喋らねぇから安心しろ」
「と、藤堂さん!」
「さて、話を戻そう。新見さん、座ってくれ」
「・・・っ」
「とはいえ、矜持や論理感、正義感は持ち合わせているだろう。こんな職に就いているんだ。ない方がおかしい。それを
「・・・」
「改めて、聞こうか。新見さん。自らの矜持を守り、一ノ瀬弦を見捨てて罪悪感に苛まれるか。自らの正義感を裏切り、彼に手を差し伸べるか」
「・・・い、言い回しが、卑怯ですよ」
「別に構わない。私は結果が欲しいんだ。その為に逆算した経緯だ。手段など、問わない」
「・・・っ!」
「まぁ、・・・そうだな。一つ、約束をしよう。君が提示した情報が私の推測に当てはまるならば、解決とまではいかないまでも、その異常な事態の把握は出来るだろう。早ければ、今日、明日にはだ」
「・・・え?」
「あくまでも当てはまるならば、だがな。しかし、当てはまるならば、解決する方法も自ずと輪郭を覗かせる。起こりうる事象というものは、解明されてしまえば、
「ほ、・・・本当ですか?」
「約束すると言っただろう。で、君は、どちらを選ぶんだ?」
言葉の応酬を遮るように、灯火と新見の間のテーブルを藤堂は叩いた。とうとう見兼ねたのだろう。新見は突然の上司の行動に目を見開いている。彼は小さくため息を吐き、灯火に視線を向けた。
「灯火、・・・あまり部下を苛めないでくれ」藤堂はそう言うと、首を曲げて新見に視線を向けた。「新見、諦めろ。こいつはそういう奴だ。今までの会話は、全部灯火の計算の内だ」
「ちょっと待て、藤堂。その言い方だと、まるで私が悪役みたいじゃないか?」
「いや、その通りだろ」
「それは心外だ。異議を申し立てる。あくまで私は彼女の尊厳を守った上でだね」
「分かった分かった。・・・たくっ」
灯火の言葉を遮った藤堂はまた大きくため息を吐いて頭を掻いた。この場をどう収めようか、逡巡しているようにも見える。灯火と新見は、静かに彼の出方を窺った。
「・・・あー、新見。お前が大丈夫なら、話した方がいい。責任は俺が持つ。と言っても、こいつの事だ。悪いようにはしないさ」
藤堂の言葉に一瞬新見は陰りを見せたが、何度か藤堂と灯火の顔を交互に見ると、落ち着かせるかのように目を瞑り大きく息を吐いた。そして開いた鋭い眼差しを灯火に注ぐ。その表情には、一瞬前のような困惑や焦燥といった感情は窺えない。まるでスイッチのような切り替えだった。
「・・・分かりました。お話します。ただし、条件があります」
「おい、新見」
「藤堂さん。すいません。ここは譲れません」
「・・・良いね。その速さ。少し過小評価していた」
「貴女が抱く私の評価に、興味はありません。必要なのは、貴女が条件を飲むかどうかです」
まるで逆転でもしたかのような場の雰囲気に、灯火は心の中で笑みを浮かべる。
また、一瞬の間を置き思考を澄ませ、会話の流れを想定すれば軽い対話の応酬で瞬く間に優位になるだろう。これはそうさせない為の先手の一手だ。現に瞬間の沈黙で、新見は唇を更に強く結んでいた。緊張と、我慢の現れ。
しかし灯火は、そうしなかった。あれほど場を呑まれて逃げ場を無くしたというのに、まだ自身に立ち向かおうとするその新見の気概に感心したからだ。灯火は鋭い視線で新見を牽制する藤堂に手を挙げてそれを制した。
「新見静香さんと、言ったかな?君、なかなか面白いな。分かった。条件を聞こうか」灯火はソファの背にもたれて、足を組んだ。「飲める条件なら、飲もう。これで遺恨はなしだ」
凍てつくような灯火の視線にやや気圧されながら、新見は条件を灯火に提示した。
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