32
無事に弦を送り終えた灯火は、一本の電話を入れてステアリングを切った。空は少し赤みを帯び、運転にはより集中さを求められる時間帯。
しばしの運転を終え、ある建物に隣接する駐車場に車を停めた。周辺の区域には、白と黒の車体が静かに鎮座している。
無機質なバニラ色の建物。物々しい看板が表に掲げられていて、青い制服に身を包んだ人々が出入りしている。一般人は、あまり見られない。
自身の車に身を預けて正面入口を眺めていると、程なくして一人の男が現れた。くたびれたワイシャツの袖を腕までまくり、ボサボサの頭を振り乱すように辺りを見渡している。灯火は目的の人物に手を挙げて居場所を示した。
男は手を挙げて灯火の元へと歩み寄ると、くわえていた煙草に火を点けた。吐き出した紫煙が、静かに揺れて散っていく。
「忙しいところ、すまないな。藤堂」
「別に。暇だから気にするな。珍しいな、お前から連絡があるのは」
藤堂と呼ばれた男は小さく笑いながら首を傾げた。無言のまま彼は煙草を吸い、地面のコンクリートで火を消すと、灯火に来るよう手招いて歩き出した。灯火は彼の後ろに付き、正面入口から中に入る。
警察署の中は、警官が忙しなく動いていた。来訪した一般人に対応する者。電話を取り次ぐ者。実に様々で、慌ただしかった。その中で、それらの喧騒に切り離されたかのように、藤堂はのっそりとした足取りで奥を目指す。灯火もそれに続いた。視線を泳がすと、何人かの警官と目が合う。彼女の事を知っている者は、姿勢を正して軽く頭を下げた。彼女もそれに倣う。
「忙しそうだが、大丈夫なのか?」視界からの情報を、灯火はそのまま口にした。「何なら、日を改めるが・・・」
「問題ない。俺は暇だ」藤堂は僅かに振り返り、視線を灯火に向けた。「それに、あんたを邪険にしたら後が怖い。署長にどやされたくはないからな」
冗談じみた口振りで言った藤堂は一つの扉の前で足を止めた。扉の上方には、応接室と書かれている札が設えられている。
「入るぞ」
ノックもせず藤堂はそう言うと、ドアノブを躊躇なく回した。開け放たれた扉の中を、灯火に向かって顎で示す。灯火は彼に頷き、扉の中に足を踏み入れた。
応接室は、八畳ほどの広さしかなかった。中央には木製のテーブルが置かれ、両サイドに置かれた黒いソファの片側には、女性が姿勢よく座っている。灯火と藤堂の姿を確認すると、機敏に立ち上がり灯火に向かって頭を下げた。
「初めまして。新見静香と申します」
「あぁ、初めまして。明里灯火だ。よろしく」
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