30

 

「着いたぞ」


静かに停まった車内で、灯火は僕に向かって呟いた。その声で、ようやく僕はタブレットから顔を上げた。瞬間的な日光の眩しさが、反射的に目を細ませる。


僕は灯火にタブレットを渡して車から降りた。地面は砂利が敷き詰められていて、踏みしめると石と石が重なり音を立てる。辺りを見渡すと、林道らしき小道の前に小さな木の看板が備え付けられていた。長年風雨に晒されていたせいか、書かれた文字はほとんど見えない。


「・・・ここ?」


「あぁ、そうだ」灯火は僕の横を通り過ぎ、視線の先にあった看板に目を移した。「これは劣化していて読めないが、雄介の言っていた場所に間違いないだろう」


僕は灯火の隣に立ち、林道の方へと視線を向けた。生い茂る草木が陽光を遮断し、暗がりへと続くその道の佇まいは少し不気味にも見えた。奥へと目を凝らしてみても、届かない光のせいで先は見通せない。


「行くか?」灯火は僕と同じように林道に視線を向けた後、質問を続けた。「それとも、心の準備とか、いる?」


「いや、行こう」


僕は小さく息を吐いて、灯火に返した。僅かな緊張を自覚しながら、林道に足を踏み入れた。




周囲は完全に草木で覆われていた。日中にも関わらず、自然と生育した木々が視界を埋めるように、僅かな陽光しか届かない。そのため、夜ほどとは言わないがかなり薄暗い。耳に届く音は草がざわめく音と、二つの足音だけだった。


「感覚的には、どうだ?」斜め後ろを静かに歩く灯火が、小さく呟いた。「似ていると、感じるか?」


「・・・分からない」僕は一度振り返る。視界にはタブレットに視線を移していた灯火が映り、僕の声に顔を上げた。「多分、似ていると思う」


それから少し平坦な道を進むと、目の前に石段が現れた。僕はゆっくりと、視線を上方に向けた。


刹那。視界の映像に、何かが重なる。


瞬きよりも一瞬の時間。次の瞬間には記憶から薄れそうなほどに脆い映像。僕は上方を見上げたまま固まり、足を止めた。


「・・・既視感、に近いものか?」僕の隣に並んで同じように足を止めた灯火は、小さく笑った。「夢で見ているとはいえ、現実で目の当たりにするのが初めてならば、そう表現してもあながち間違いではない」


灯火の呟きに僕は何も返さず、目の前の石段に足をかけた。辺りを見渡しながら、一段一段ゆっくりと登っていく。灯火が言葉にした既視感に似た感覚に、鼓動は少し高鳴っている。灯火は時々タブレットに視線を落としながらも、僕と同じペースで後に続いていた。


急ではないが長い石段に、僕は微かに肩を上下させる。灯火も少し疲れた様子で、小さく息を吐いていた。視線を上方に向けると、微かに前方の視界が開ける。そろそろこの石段も、終わりを迎えるようだ。


鼓動は、まだ速い。足元を見ながら石段を登り終え、僕は一度呼吸を整えた。目を瞑り、夢の映像を瞼の裏に映し出す。夢の中で開けた視界から飛び込んだ情報を、必死に繋ぎ止める。


「・・・ほぅ」隣で石段を登り終えた灯火は小さく感嘆の声を漏らした。「これが君には、どう映るのかな?」


僕はもう一度呼吸を整えて、勢いよく顔を上げた。視界が捉えた情報に、風景に、目を見開き、息を呑んだ。


開けた視界。そこは広場のような空間。正面の離れた位置には大きな褪せた赤い鳥居が居を構えていて、その近くに座るには丁度よさそうないくつかの大きな石が点在している。


それらは間違いなく、僕のよく知る光景だった。僕の記憶に鮮明に焼き付いた、景色だった。


「・・・ここだ」


自然と、言葉が漏れていた。

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