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「昨日、・・・また夢を見たよ」
街道を静かに進む車内で、僕は前を見据えながら小さく呟いた。隣の灯火は運転に集中しているため前方から降り注ぐ情報を機敏に捉えていたが、丁度僕が口を開いた時は赤信号で停止していたので、その言葉に僕の方へと視線を向けた。
「夢というと、例の?」
「そう。あの夢」
僕がそう返すと、灯火は赤色に灯る信号機を見つめながら、眉を顰めて口元に手を当てた。
「・・・どうしてだ?」
「どうしてって、言われても・・・。こっちが聞きたいぐらい」僕はそう返して、少しリクライニングさせた助手席に体を預けた。信号が青に変わり、灯火は静かにアクセルを踏む。ゆったりとした重力が、僕の体をそっと押さえつけた。
「昨日の話から、この問題についてどうアプローチするかを考えた」灯火は前を見据えながら、口を開いた。「そのための前提条件の確立だ。そして私は、外的要因からの影響でその現象が起きているのではないかと仮定した」
「・・・外的要因?」
「そうだ。確立した前提条件を基に、内的要因からのアプローチを一旦排除する。この場合、想像の定義も排除の範囲内だ。要は、君の内側からの記憶や感情が現象を引き起こしているか、君の外側からの情報が君に現象を想起させているか、その二つのことだ。だから内的要因、そして外的要因だ」
「・・・なるほど」
「まぁ、理解していなくても聞いておいてくれ。外的要因であれば、仮説として最も高いのは共通したものからの影響だ。君が見たもの、聞いた音、触れた物が媒体となり、君の精神、感情、脳波や電気信号のいずれかに何らかの影響を引き起こす。それが現象面として想起されているのが、その夢というわけだ。極端な例だが、ワーカーホリックは仕事のし過ぎで仕事の夢をよく見るだろう?それに近い状態だ。と、言うことは、君が例の夢を見る前に必ず共通した何かを見た、あるいは聞いた、あるいは触れたという仮説を立てている所だ」
「あぁ、何となく分かった。・・・じゃあ、昨日僕は知らない内に、その夢を見るための何かを見たか聞いたか触れたってこと?」
「仮説の上ではな。ほら」
灯火は片手でハンドルを操りながら、空いた手で脇に置いてあったタブレットを取り出し僕に渡した。受け取った僕は、彼女が呟く操作をいくつかこなしていく。画面に映し出されたのは、何も打ち込まれていないメモ帳だった。
「君が昨日見たもの、聞いた音、触れた物をなるべく全てそこに書いてくれ」
「え!?全て!?」
「覚えている範囲でいい。それらの情報は仮説を立証する上で参考になる。あぁ、ページが埋まったら横にスクロールしてくれれば新しいページが現れる」
「・・・分かった」
僕は灯火の突然の無茶振りに、眉間に皺を寄せた。丸一日、視覚や聴覚、触覚などから入力される情報など数え切れないほど膨大な量だ。しかしそれが夢の正体に繋がる可能性があるとすれば、彼女の指示に従う他はない。現状解決へと至る道は、そこしかないのだから。
小さく揺れる車内の中、僕は必死に記憶を辿りながら、時間の感覚を忘れるほどタブレットを操作し続けた。
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