28

 

クラクションの音で、僕は慌てて目を覚ました。突然の覚醒に思考が追いついてこず、あくびをしながら辺りを見渡す。そこは代わり映えのしない、間違いなく僕の部屋だった。


再び鳴るクラクションの音。僕はその騒音に少し苛立ち眉を寄せて窓際へ歩いた。あの騒音がなければ、まだ夢の中に居られただろう。


力任せにカーテンを開き窓の外に視線を移すと、眼下の道路に赤い車が停まっていた。その車に寄りかかるようにして、サングラスを掛けた黒ずくめの女性が佇んでいる。右手は車の窓の中に入れられていて、その手でクラクションを鳴らしているのだろう。サングラス越しで分からないが、仰いだ視線は完全に僕に向けられていた。


その人物に目を見開いた僕は、瞬時に部屋の時計に視線を移す。デジタルな置き時計は寸分の狂いもなく、午後二時を示していた。


「灯火!ごめん!」


窓を勢いよく開けて眼下の女性に声を上げて、僕は慌てて身支度を整えた。昨日の約束では、灯火から昼頃に訪問するようにと指示を受けている。時刻は明らかに昼を過ぎていたので、昨日脱ぎ捨てたままのシャツを羽織り、急いで部屋を出て階段を降りた。息を切らせて彼女の前まで辿り着くと、彼女は無表情のまま挨拶代わりに手を上げた。


「ごめん!寝坊した!」


「いや、気にしていない。曖昧な約束をしてしまったからな。迎えに来た」灯火は抑揚のない声で呟くと、サングラスを外して目を細めた。表情から、どうやら言葉通りの意味で本当に怒ってはいないらしい。「行こう。乗ってくれ。助手席は右だ」


灯火はそう促すと、車の窓から手を出しそのままフロントドアを開けて乗り込んだ。彼女の言葉と動作で、ようやく目の前の車が外国車だと僕は気付いた。ボンネットを覗き込むと、先端の中央には三ツ星の銀のエンブレムが存在感を剥き出しにしている。


灯火は一般的に言えば美人に入るのだろう。そんな女性が真紅の外国車を走らせているとなれば、それは何よりも映える光景だ。彼女を知らない人なら、その車の色を、情熱の赤と捉えることだろう。だが、彼女の性格や性質を知っている僕にはそんな綺麗な形容ではなく、狂気の執念のような、そんな真紅を思わせた。


そんなどうでもいい事に思いを馳せていると、サングラスを外した灯火は窓から顔を覗かせて、怪訝そうな表情を僕に向けた。


「何を考えている?乗らないのか?」


「あ、いいや。何でもない」


灯火の言葉に僕は誤魔化すようにして笑顔を返し、車の前を回り込んで助手席に体を滑らせた。僕がシートベルトを装着するのを確認すると、彼女は装備されているナビを細い指で操作し、そっとアクセルを踏み込んだ。

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