26
瞳を開けて目を覚ますと、僕は息を呑んだ。目の前に映し出された映像に、驚かずにはいられなかった。
目の前に広がるのは、幾度か見た風景。木々が、枝葉が、色を持たず在る景色。
僕は目を見開いたまま、辺りを見渡した。記憶に残る風景と、寸分の違いもない。手を握り、足を踏み、感覚を確かめる。
(・・・どうして、今に、なって?)
僕の頭を過ぎるのは、そんな疑問だった。
およそ約一ヶ月。夢を見る事はなかった。どんなに思考を巡らせても、事故現場に赴こうとも、それは素知らぬ顔をして僕の前には現れなかった。それが、今、目の前にある。
瞬間的に、先程までの記憶を呼び起こす。灯火の家を後にした僕と雄介は、簡単な食事を済ませて別れを告げ、帰路を辿った。家に着いた僕は慣れない事をしたためか疲れが溜まっている事に気付き、ベッドに身を投げ出した。そこからの記憶がないので、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。そうして、今に至るのだろう。
辺りを見渡しても、色のない枝葉が揺れる事なく視界を塞いでいる。やはり今までと同様、進む道は目の前の一本道しかない。
『明日の昼過ぎにまたここに来てくれ。私が車を出そう』
不意に、夕刻に話していた灯火の言葉を思い出す。翌日に、雄介が見付けた夢に似た場所を訪問するための約束だった。僕はその言葉を噛み締めて、なるべく視覚に神経を集中した。
なぜ再び夢を見たのか。それは恐らく、考えても意味がない。僕には情報と、知識が足りない。ならば必要なのは、映像の記憶だろう。明日訪れる場所との共通点が、どれだけあるかが必要だ。小さな特徴でも見付けられれば、明日の訪問の糧になる。
僕はまるで警戒するように辺りを見渡しながら、どこまでも続く一本道を歩き出した。途中立ち止まっては、何か特徴があるものはないかと辺りを見渡す。目の前に現れた石段を注意深く観察し、その段差の配置や石の劣化具合に注視する。どこまで記憶に残るかは分からないが、慎重に歩を進めながら、映像と記憶の処理を繰り返した。
石段を登りきって開けた視界。現れた大きな鳥居。点在する大きな石。登りきった瞬間の映像を、シャッターの様に記憶に焼き付ける。その画面の片隅には、やはり彼女が座っていた。一葉は石段を登り終えた僕を視界に写すと、満面の笑みを浮かべた。
「弦さん。また会えましたね」
まるで既知の友人との再会のような言葉に、突然向けられた笑顔に、僕は胸を撫でおろした。その瞬間、その感情に首を傾げた。僕はなぜ今、安堵したのだろう。
一葉が手招きで隣に座るよう促すので、僕は先程の疑問を棚上げにして歩き出した。先程と同じように、辺りを観察しながら特徴のない風景を視界に収めて記憶に残そうと試みる。
彼女の隣に腰を下ろすと、宙に浮いた足をバタつかせて彼女は僕に笑顔を向けた。それは年甲斐もなく、無邪気な少女のような笑顔だった。
「弦さん。今日は何を話しますか?」
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