24
チャイムの音と共に現れたのは雄介だった。彼はインターフォンに向かった灯火の言葉と同時に扉を開けると、小さな小包を彼女に向かって掲げて見せた。灯火は少し表情を明るくして、彼の元に駆け寄った。
「マドレーヌか。悪くないな」
「はいはい。そりゃどうも。入るぞ」
家主との挨拶を終えた雄介はすぐにソファに座る僕の姿を視認し、挨拶代わりに手を上げてから向かってきた。
「コーヒーで構わない?」
「あぁ、悪い。ありがとう」
灯火の言葉にそう返すと雄介は僕の向かい側、先ほどまで灯火が座っていたソファに腰を下ろした。スーツのジャケットを脱ぎ、大きく伸びをする。
「お疲れ様」
コーヒーに口を付ける僕の労いの言葉に、雄介は笑顔を返した。ほどなくして、カップを手にした灯火がソファの元まで戻ってきて、雄介にカップを差し出すと僕の隣に腰を下ろした。猫舌の雄介は、カップの中に息を吹き込みながらそっと口を付けている。
「ふぅ。あぁ、灯火にはもう話したのか?」雄介は安らぐとばかりに一息入れてから、僕に顔を向けた。「例の、夢の話」
「聞いたよ。まぁ、まだどう考え始めるかを考えている所だけどね」言葉遊びみたいな台詞を吐きながら笑みを浮かべ、灯火は足を組んだ。「その事に関係のある話が聞ける、と思っていいんだね?」
「あぁ。その前に・・・」普段ではあまり見ることの出来ない真剣な表情で、雄介は僕の瞳を真っ直ぐに見据えた。「一つだけ弦に確認したい事がある。話はそれからだ」
僕はただならぬ雄介の気配にさらされながら、息を呑んで次の言葉を待った。そもそもの僕の話が荒唐無稽なため、彼の口から繰り出される質問を想像することは出来なかった。
「・・・その、森の中の寺って言ってたよな。お前、本当に行った事がないのか?」
予想もしていない言葉に、僕は首を傾げる。行ったかどうかに対しては断言にも近い言葉を伝えていた僕にとっては不思議でしかない。なぜ、確認が必要なのだろう。質問の意図が、理解出来ない。
「・・・どういう事だ?」
「ふふっ、そういう事か」
僕の質問に返ってきたのは解答ではなかった。隣に視線を向けると、口の端を上げたままの灯火が顎に手を当て小さく頷いている。僕に質問をされた雄介はその言葉には答えずに、灯火の様子を確認すると張り詰めた表情を緩ませて背もたれに深く寄りかかった。
「灯火。多分合ってる。説明頼むよ」雄介は苦笑しながら軽く頭を掻いた。「あんま得意じゃないからさ。そういうの」
「分かった」話を振られた灯火は小さく頷き、冷めつつあるコーヒーで喉を潤した。「訂正があるなら、すぐ止めてくれ」
「さっき弦にも話した内容から入ろう。雄介が弦から夢の話を聞いたのは昨日だ。そして昨日の今日で雄介は弦に会って話したいという。可能性として最も高いのは、昨日の話に関係があるという事。そしてわざわざ会って話がしたいという事は、何かしらの進展があったという事だ。何も進展がないなら、会って話す理由にはならない。
そして、本当に行った事がないかという今の質問。それは弦を疑っているという意味じゃないかな?とはいえ、今まで弦が行動してきた全ての場所を雄介が知る訳がない。それでも疑ってしまうのは、単純に、弦の行動範囲内。いつでも行ける範囲にあるから、立ち寄ったり見かけたという範囲ではあるのではないかと疑ってしまった。つまり、雄介の話は弦の夢に出てきた場所が特定出来たこと。そして、その場所が近いこと。で、合ってるかい?」
「灯火、完璧。つまりはそういう事」
「まったく・・・。通訳代わりに使うのはやめてくれないか?」
「悪い悪い。まぁ、買ってきた菓子で勘弁してくれ」少し唇を尖らせた灯火に、雄介はテーブルに置かれたままのマドレーヌを指し示した。彼女は無言で包を開け、口に頬張る。「で、話を戻そう。本当に、行った事がないんだな?」
唖然としていた僕は我に返り、再び思考を巡らせた。しかし、先程も灯火との会話で同じ事をしているし、特に変化はない。僕は雄介に視線を向け、小さく頷いた。
「・・・分かった。じゃ、次にこれを見てくれ」
雄介が胸ポケットから取り出した携帯を操作して、僕らの方に画面を向けた。僕と灯火は同時に彼の手元を覗き込む。
画像こそ粗いが、そこに映し出されていたのは、鬱蒼とした木々の中に佇む鳥居の姿だった。
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