22
「・・・なるほど」
灯火は小さく呟いて、視線を落とした。口元に手を当て、何か思案している様子だ。夢の出来事、そしてそれ以外の通院や事故現場の観察など、それらの事柄を話し終えた僕は、微かに緊張しながら彼女の出方を窺っていた。
「・・・あぁ、コーヒーが冷めてしまったね。淹れ直してこよう」
テーブルに視線を移した灯火は緩慢な動作でコーヒーカップに手を伸ばそうとする。彼女の状態を観察していた僕は、それを制するように先に手を伸ばした。
「あ、淹れてくるよ」
「そうか?助かる。少し集中したいんだ」
僕の言葉に小さく微笑んだ灯火は、再び口元に手を当てて無表情になり元の姿勢に戻った。まるで考える人そのものだ。僕の問題に集中している事は明らかなので、僕はそれを邪魔しない事を選んだ。
奥のキッチンに行き、慣れない手付きでコーヒーを淹れる。戻ろうと振り返っても、彼女の姿勢は時が止まったように変わっていなかった。
静かにソファに腰を下ろし、再び熱く黒い液体を喉に通す。灯火はカップに気付き、軽く目配せをした後で無言でそれに口を付けた。
その時、僕のポケットが震えだした。カップを下ろしポケットに手を入れて確認すると、震えているのは携帯で、画面には平井雄介の名前が映し出されていた。
灯火も当然彼の事は知っているので、僕は席を外さずに携帯を耳に当てた。
「もしもし?」
『
少し興奮しているのか、雄介は矢継ぎ早に話している。
「今は、灯火の家だけど・・・」
『灯火?あぁ、行動早いな。なら話は早い。灯火に今から行っていいか聞いてくれないか?三十分もあれば着くと思う』
「ちょ、ちょっと待って」
僕はマイクの部分を押さえて灯火に視線を向けた。彼女は僕と目を合わせ、カップに口を付けながら首を傾げている。
「雄介か?」
「あぁ。今から来ていいかって」
「構わないよ。コーヒーに合うお菓子でも持ってきてくれと伝えてくれ」
灯火の伝言を伝えると、雄介は電話越しに少し笑ってから了承して電話を切った。僕の耳には電子音だけが響く。
「ん?雄介は知っているのか?夢の事を」
「あぁ、ごめん。言い忘れてた」
僕は昨日の出来事を灯火に聞かせた。医師でも説明が出来ないのでその方面からのアプローチは一旦諦めた事。違うアプローチの為に雄介に依頼した事。雄介の言葉で灯火の専門を思い出し、今に至る事。
灯火は僕の言葉を聞き終えると、また先程と同じような姿勢に戻った。しかし、すぐに体制を解き、笑みを浮かべて僕に向かって頷いた。
「うん。判断は正しい。一方向から解らなくても、多方向からのベクトルによって見えてくるもの、解ってくるものもある。簡単に言えば、視点を変える、だね。それに、効果があったって事だ」
「・・・効果?」
「そう。効果だ」
灯火はカップをテーブルに戻し、再び足を組んだ。口元だけに笑みを浮かべたまま、僕を見据えている。
「昨日の今日で雄介が君に会いたいと言う理由はなんだい?まさか今日も膝を突き合わせて飲もうというわけではないはずだ。まぁ、可能性はゼロではないが。その可能性を除けば、十中八九昨日の事に違いない。電話越しの雄介、少し興奮していなかったか?」
「そこまで分かるの?」
僕は首を傾げて呟きながら、灯火に先を促した。
「推測だがね。君の説明だけで場所を特定するというのは・・・、聞いているだけでも容易ではない。だが、昨日の今日、会って話をしたいという事は、進展があったという事だ。何も分かっていないのに、会って分かりませんでしたという報告をする奴なんていないだろう?そして、その進展の内容は、一つしかない。」
「・・・まさか」僕は少し目を見開いて息を呑んだ。鼓動が、微かに速くなる。灯火は少し笑みを釣り上げた。
「そう。そのまさかだ。君の夢の場所。その特定が、出来たんだろう。・・・少し、面白くなってきたね」
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