18
「じゃあ、何か分かったら連絡するよ。まぁ、その情報だけで連絡出来る状態になるかはわからないけどな」
玄関先で酒のせいか顔を赤らめた平井が、皮肉を呟きながら手を上げた。僕も倣うように、別れの挨拶として手を上げる。
「あ、そういえば」腰を下ろして靴を履いていた平井は何かを思い出したように、僕の方を振り向いて見上げた。「灯火には、連絡したのか?」
「えっ?いや、入院した時に連絡はしたけど」
「違う違う。そういう意味じゃなくて、今の話の事だよ」靴を履き終えた平井は立ち上がり、再び僕と向かい合う。「あいつ、確か専門そっちじゃなかったっけ?」
「・・・そうか」平井の真意に気付いた僕は、慌ててポケットから携帯を取り出す。「忘れてたよ。ありがとう」
平井を見送った僕はベッドに腰を下ろして、アドレス帳から明里灯火の名前を探す。
明里灯火は現在、正確には把握していないが精神学や脳医学といった分野の研究をしていたはずだ。定職には就いていないが、方々から来る様々な依頼で生計を立てていると聞いた事があった。(詳しい内容は聞いていないが)
いくつも訪れた病院の医師は全員プロだ。しかしそれは、医学という前提の上での精神学や脳医学のプロフェッショナルだ。治療や施術で行う知識だからこそ、その方面の知識を蓄えている。
逆に言えば、同じ分野でも医学に関係がなければ知識として意味がない。医療に触れない精神学や脳医学は、専門ではあるがベクトルが違う。
しかし、灯火は研究者である。ただ貪欲に、自己の満足のために、知識を貪る。知りたい事に、全知でありたくて、まだ見ぬ物を食らい尽くす。そこに、ベクトルなど存在しない。ただ同じ分野なら、等しく食い散らかすだけだ。ただ、自分のためだけに。
幾度かのコール音のあと、とても落ち着いたハスキーな声が耳を撫でた。
「半年振りかな?もう体は大丈夫なのかい?」
聞き馴染んだ声に、僕は少し安堵する。挨拶もなく会話を始める彼女に、僕は返した。
「あぁ。もう退院したよ。怪我も少しずつ良くなってる」
「それは良かった。用件はなんだい?」
世間話もなく、彼女はあまり抑揚のない声で僕に問いかけた。僕は少し姿勢を正して息を呑む。
「・・・少し、相談したい事があるんだ。時間、作れないかな?」
僕がそう告げた後、しばしの沈黙が流れる。受話器の向こうからは、端末を操作するような機械的なタップ音と、紙をめくる音が僅かに聞こえた。
「・・・明日の夕方なら時間は作れる。直接訪れてくれて構わないよ」
「ありがとう。じゃ、また明日」
僕は別れを告げて通話を終えると、腰掛けていたベッドに体を倒した。天井の蛍光灯に目を細める。
彼女の知識なら、何かきっかけが掴めるかもしれない。それは明日考えるとして、今出来る事は何だろう。
僕は再び体を起こして、掌の端末を操作し始める。平井に依頼はしたが、だからといって頼りきりは良くない。僕は探しものを探すためのキーワードを、頭の中で整理し始めた。
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