17

 

インターフォンの音が、小さな部屋に響き渡った。僕は疲れた体を起こして歩を進める。玄関を開くと、スーツ姿の平井が笑顔でビニール袋を持ち上げて待っていた。


「よぅ。飲むだろ?」


「いや、薬飲むから勘弁・・・」


「なんだよ。つれねーなぁ」


部屋に入るなり平井は勝手知ったる様子で冷蔵庫を開け、ビールやつまみをその中に押し込んだ。手に残った一本の缶のタブを開け、喉を鳴らして飲み始める。羨ましかったが、僕は小さく溜め息を吐いてその思いを打ち消した。


「しっかし、相変わらず何もない部屋だな。んで、用って何?」


テーブルに腰を下ろした平井は、缶をあおりながら部屋のあちこちに視線を移している。そんな悪態に僕は小さく突っ込んで、彼の向かいに腰を下ろした。


「ちょっと、・・・頼みがあるんだ」


僕はそう口にしながら、どう説明をすれば良いか頭を悩ませた。夢で見た場所を探して下さいなど、荒唐無稽にも程がある。


「・・・ワケアリか?」


逡巡していると、缶をテーブルに置いた平井は僕の方に顔を向けていた。その表情は少し真剣味を帯びている。僕の様子で何かに気付いたのだろうか。僕は指で頭を掻きながら小さく頷いた。


荒唐無稽とはいえ、話さなければ話は先に進まない。僕は夢の内容を頭の中で整理しながら、ゆっくりと語り始めた。平井は話を遮ることなく、僕が話し終えるまで耳を傾けてくれた。


「・・・なるほど、なぁ」


話を聞き終えた平井は、険しい表情を浮かべながら頭を掻いた。果たして信じてもらえただろうか。僕が窺うように覗き見ていると、彼は小さな溜め息を吐いてから缶をあおって中身を空にし、冷蔵庫に向かうため立ち上がった。


「・・・で、その話を聞いて、俺に何が出来る?」


冷蔵庫から取り出した缶に口をつけながら、平井は僕の向かいに再び腰を下ろした。確かに今聞いた話では、頼みというのは想像も出来ないだろう。僕は一瞬の沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「・・・その場所が、存在するのか調べて欲しいんだ」


「ははっ!マジで言ってんのか」


僕の懇願を平井は楽しそうに一蹴した。それもそうだ。僕も同じ立場だったなら、鼻で笑って一蹴していただろう。存在するか分からない場所を探せなど、ただの無理難題である。


とはいえ、アプローチとして現在僕が手を打てるのは、この方法しかない。僕が見つめていると、平井はすぐに笑みを消して険しい表情を浮かべながら頭を掻いた。人の頼みを断れない善人ぶりが、大きく垣間見える仕草だ。


「・・・やってみるが、期待はするなよ?そんなん、砂場で一つの砂を見付けるのと変わらないんだから」


「分かってる。・・・ありがとう」


「しっかし、夢の中の景色なぁ・・・。なぁ、もうちょっと詳しく思い出せないか?小さな事でもいい。特徴とか」


了承をした以上全うしようという気持ちなのか、平井が前のめりになって聞いてきた。僕は再び記憶を呼び起こして、何とか手掛かりになるものが無いか必死に頭を回転させていた。


「本当に小さな事でもいい。手掛かりが少なすぎるぞそれじゃ」


「わ、分かってる」


しかし、どんなに詰め寄られても、その様な会話が二人の間で繰り返されるだけだった。

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