15

 

新見に送られた僕は、飾り気のない部屋に辿り着きため息混じりに窓際のベッドに身を投げ出した。窓の外に視線を向けると、赤と黒のグラデーションが眼前に広がる。燃え尽きて燻る炎のように、それはどこまでも続いているように見えた。


僕は額に腕を乗せ、目を瞑る。そうして、先程までのやり取りをフラッシュバックさせる。




「・・・あそこを、見てください」


僕の質問に言い淀んでいた新見は、小さな溜め息を吐いてから指を示した。どうやら話す事に逡巡していたらしい。細い指先に僕は視線を向ける。そこは丁度横断歩道の中央部分だった。


「・・・横断歩道?」


「その下です」


視界にある新見の指が僅かに下がった。僕はその指先を辿るように目を細める。彼女が示しているのは、歩行者が渡る路面表示だ。縞々なその白い塗料に、微かに痕が残っている。近付いて見てみたかったが、目の前は道路で車が行き交っているので、すぐ近付く事は出来ない。


「・・・あれは?」目を細めた状態で、僕は隣に佇む新見に問い掛けた。「何の痕?」


「タイヤ痕です」新見は指を下ろし、手帳を捲る。「目撃証言と鑑識の結果から、あの微かに残るタイヤ痕は事故当時の軽自動車の物と断定出来ました」


「・・・どういう事?」新見の言葉にすぐに疑問を浮かべた僕は、眉間に皺を寄せて彼女に問い掛けた。「なぜ、あんなタイヤ痕になるんですか?」


もう一度僕は目を細めて路面表示に視線を向ける。くっきりとではないが、白の塗料に刻まれているのは確かにタイヤの痕だった。しかし、そのタイヤ痕は、駅に向かってカーブして進んでいる。


新見との会話を思い出す。僕が轢かれたのは、赤信号で停車していた軽自動車にトラックが突っ込んで、その軽自動車にだ。


なぜ、停車していた軽自動車のタイヤ痕が、曲がっているのか。それが、疑問だった。


「・・・分かりません」新見は小さく首を振りながら、静かに手帳を閉じた。「様々な可能性を考えました。ですが、断言出来る説明を見付ける事は出来ませんでした。なぜ、停車していたにも関わらず、ハンドルを左に切っていたのか。運転手にも確認はしましたが、・・・覚えていないようです」


新見は小さな溜め息を吐き、言葉を続けた。


「もし、ハンドルが切られていなければ、一ノ瀬さんが轢かれる事は無かった可能性もあります。その理由が退院までに突き止められればと思っていたのですが・・・、すいません」


「え?い、いいですよ。気にしないで下さい。そんな謝る事じゃないですよ。・・・起きてしまった事は、もうしょうがないんですから」


突然の新見の謝罪に僕は慌てて手を振った。あくまで疑問を浮かべただけで、決して誰かを責めたいわけじゃない。それこそ、誰の責任だって考えたりなどしていない。


僕の身振り手振りに少しだけ困惑を浮かべながら微笑みを浮かべた新見は、礼を行って運転席を開いた。彼女の動作に倣って、僕も助手席のドアへと歩を進める。


車に乗り込む際に、僕は再び横断歩道に視線を向けた。当時の凄惨な状況を知らない人々が、疑問を残すタイヤ痕を次々に踏みにじっては、素知らぬ顔で歩いている。僕はもう一度、小さく首を傾げた。


なぜ、ハンドルを切っていたのだろう。


それとも。


なぜ、ハンドルを切らなければいけなかったのだろう。

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