10

 

ふと目を開けると、眼前には白い天井が映し出された。眼球だけを動かして見渡せる範囲に視線を巡らせると、少し開いたカーテンの隙間から覗く景色が、モノクロの世界ではないことを気付かせる。


僕はゆっくりと体を起こし、目の前に広がる現実に小さく息を漏らした。肌色を、水色を認識しながら、ゆっくりと記憶を辿る。


何の話をしていたか、他愛ない話だったと思う。彼女の笑顔を横目で見た次の瞬間、僕は天井を見つめていたのだ。


小さな深呼吸をして、ぼんやりとした意識をゆっくりと覚醒させていく。覚めた思考が現実と繋がり、先ほどまで見ていた夢を整理していく。


再び訪れた夢。それが続いていたこと。夢で出逢った彼女も同じ状況だということ。考えれば考えるほど、あまりの異常さに眉間に皺を寄せてしまう。


しかしいくら思考を回転させても、解答など導き出せない。僕は小さくため息を吐いた後、体を倒し白い天井を見つめた。


度重なる様々な検査の結果、脳や脳波に異常は見られなかった。それは軽自動車にあれほど強く跳ねられたにも関わらず頭部を強く打っていない証拠で、それは不幸中の幸いだった。しかし、目の前に二度も突き付けられた夢の光景に、僕は検査結果を疑ってしまう。


本当に、異常はないのだろうか。


ただ異常が、検査によって発見されないだけなのではないか。


負にも似た思考が、幾重いくえにも重なり、それはため息となって僕の口から零れ出る。


その直後、控えめなノックの音が室内に響き渡った。


「・・・どうぞ」


僕は再び体を起こし、螺旋らせんおちいりそうな思考を振りほどく。扉を開けて顔を覗かせたのは相坂だった。彼はいつものような穏やかな表情で軽く頭を下げると、静かに扉を後ろ手に閉めた。


「おはようございます。体調はどうですか?」


「おはようございます。まぁ、左腕以外は。打ち身の痛みもほとんどないですね」僕は軽く体を動かして全身の健全さをアピールする。「どうしたんですか?こんな朝早くに」


「退院の手続きの説明に来ました」相坂は片手に抱えていた書類を軽く上げて、パイプ椅子を広げて腰を下ろした。「リハビリのために通院はして頂く形になりますけどね」


それから小一時間。僕は相坂の説明に耳を傾けていた。説明の最後に、僕は書類にサインをする。


「・・・相坂先生」


「はい?」書類の説明に漏れがないか、紙をめくる手を止めた相坂が顔を上げた。「何か分からない所ありましたか?」


「変な事を聞くんですけど・・・」僕は頭を掻きながら、思考を整理して言葉を選んでいく。「同じ夢を、見たことがありますか?」


自分一人で悩んでいたって、一つの脳では解答など導き出せない。それに、相坂は医師だ。担当は違うが、医学関係の知識ならどの方面でも何も知らない一般人よりははるかに上だろう。だから僕は試しに相談してみることにした。


「・・・同じ夢、ですか」相坂は僕の言葉を繰り返して天井を仰いだ。


「・・・んー、記憶の限りでは、無いですね。あ、でもそれは全ての夢を覚えていない、むしろ覚えている夢の方が限りなく少ないですから。可能性としては、無いとは言えませんね。見ていたとしても、覚えていない方が可能性としては高そうですけど」


そうですかと、僕は相坂の言葉に息を吐いた。そこまで落胆したわけではないけれど、僕の様子を気にとめたのか、彼は真摯な眼差しを僕に向けた。


「・・・差し障りがないなら、もう少し詳しく教えて頂いてもいいですか?」

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