3
目を開けると、白い天井が目に映った。何度か瞬きをして、僕はゆっくりと体を起こす。その動作は、容赦ない激痛を僕に与えた。
顔を歪めながらも痛みに耐え、僕はようやく体を起こして辺りを見渡す。ベッドも、シーツも、冷蔵庫も。全てが白だった。しかし、視線を落とした掌は肌色で、僕の着ているらしい服は水色で、窓の外に視線を向けると、眼前に広がる空はどこまでも青かった。
先ほどとは違う世界に、僕は首を傾げた。目の前に映る景色が、現実なのだろうか。
突然、ノックの音が響き渡る。扉の方に視線を向けると、それはゆっくりと開け放たれ、白衣の男性が入ってきた。端正な顔立ちの鼻の上に眼鏡を乗せ、彼は僕に視線を向けると穏やかに微笑んだ。
「一ノ瀬さん、良かった。気が付いたんですね」
担当医の
そうして体を動かして、色々な事を知った。知ったというか、思い知ったに近い。
まず、指示通り体を動かしてみても、痛みが伴わない事がない。手も、肩も、背中も、首も、動かす度に痛みを訴える。その度に僕は、小さく表情を歪めた。
それらよりも僕が思い知ったのは、左腕だ。何となく感覚はあるものの、まともに動かせない。集中してようやく、指先が反応する程度だった。左腕に視線を落としている僕に気付き、相坂は少し気まずそうに口を開いた。
「・・・左腕は、複雑骨折していてかなり損傷が激しかったんです。手術そのものはもう済んでいるのですが、・・・リハビリをしても、日常生活で役に立つほどの筋力が戻るかどうか・・・」
少し申し訳なさそうに視線を落とす相坂に、僕は辺りを見渡してようやく口を開いた。白い部屋。白衣の男。ここまで条件が揃えば、誰だって結論に辿り着くだろう。
「・・・ここは、病院?」
僕の言葉に、相坂は眉を八の字にして首を傾げた。僕も彼に倣うように、小さく首を傾げる。その仕草にすら、微かな痛みが伴う。
「・・・覚えて、ないんですか?」
「失礼します」
相坂の声に重なるように、高い声が響き渡った。突然の声に僕が首を巡らすと、開け放たれた病室の扉の外にスーツ姿の女性が綺麗な姿勢で立っている。彼女は僕と目を合わせると、小さく頭を下げてから入室した。
「あ、刑事さん」
パイプ椅子に座っていた相坂は振り返りながら立ち上がると、軽く頭を下げて先ほどまで腰掛けていた椅子に座るよう促した。僕に近付いてきた彼女はパイプ椅子の前で止まり、僕を窺っていた。見上げる形になっている僕は、その眼差しの意図に気付いて右手をそっとパイプ椅子に向けた。
「・・・ど、どうぞ」
「失礼します」
彼女はもう一度頭を下げると、凛とした姿勢でパイプ椅子に腰を下ろした。表情の固さや一連の動作から、人物像が窺える。厳格で、融通が利かなそうだと、率直に僕は思った。
しかも先ほどの相坂の発言。彼は彼女の事を刑事と呼んだ。目覚めたばかりで与えられたわずかなピース。白い病室。体を覆う怪我の数々。現れた、厳しい表情の刑事。
面倒な事にならなければいいけど。異常な状況に僕は単調な感情を抱いて、聞こえないように小さくため息を吐いた。
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