第2話 正義の味方シルバーライト登場

 俺は死んだんだ。

 二度と目覚めることは無い。


 そう思っていた俺の瞼が開き、眩しい光を瞳に浴びた。


「……えっ?」


 知らない天井を見つめて放心する。


 俺は生きているのか?

 それともここがあの世?


 よくわからないまま、俺は天井の照明を見つめ続けた。


「あれ? 生きてるの?」


 誰かの声が聞こえた。女の子の声だ。

 見えるのは知らない天井だが、この声は聞いたことがあるような……。


「えっ? き、君は……」


 声のしたほうへ顔を向ける。

 そこにいたのは、手術台のような場所に座るホムラちゃんの姿だった。


「ど、どうして君がここに……? い、いや、やっぱり俺は死んだんだ。目覚めたらホムラちゃんがいるなんてあり得ない。たぶんここは天国……」

「死んでないから安心して。ほら。足もあるでしょ?」

「あ、足? あ、本当だ」


 足はちゃんとある。

 しかし足があれば死んでないというのもなんか古い気が……。


「じゃあ本物のホムラちゃん? けど、ホムラちゃんってもっとクールな印象だったと思うけど……」


 目の前にいるホムラちゃんからは普段のクールさを感じなかった。


「あれはキャラ。ホムラはクールビューティで売ってるアイドルだからね。本来のわたしとは違うの。あ、これ言っちゃダメだからね」

「は、はい」


 本当のホムラちゃんはクールではなく、明るい普通の女子高生という感じだ。しかしこっちのホムラちゃんもかわいいので俺は好きだった。


「てかおじさん、お腹刺されてなかった? どうやって生きてたの?」

「いやどうやってって……」


 そういえば腹に食らった傷が無い。

 痛みも無く、完全に治っていた。


「あれ? どうして……?」

「おじさん、そこに倒れてる連中に変な注射打たれてたよ。それが原因じゃない?」

「そこに倒れてる連中って……うわっ!?」


 手術台みたいなベッドの下には、手術服を着た連中が倒れていた。


「これって……」

「わたしが倒したの」

「ホムラちゃんが?」


 こいつらが弱かったのか?

 しかし意外にもホムラちゃんは武闘派なようだった。


「けど変な注射ってなんだろう……」


 傷が治っているのはよかったが、なにを注射されたのか不安になってきた。


「と言うかここって……どこ?」


 見たところ手術室のようだが……。


「ここはデッツのアジト」

「デ、デッツのアジトっ?」

「そう。わたしたちはコンサート会場からここへ攫われて来たってわけね」


 そうホムラちゃんは冷静な声音で教えてくれる。


「さ、攫われて来たって……なんで俺まで?」


 理由は知らないが、奴らはアイドルを攫うのが目的だ。

 アイドルとは真逆と言っていい俺なんか攫ってどうしようと言うのか?


「さあ? そんなのわたしが知るわけないでしょ」

「それもそうだね……」

「てかおじさん大丈夫なの? 適性ゼロなんでしょ?」

「えっ? どういうこと?」

「ここたぶん、地下東京外のダンジョンだよ。デッツのアジトって普通のダンジョンにあるって聞いたことあるし」

「じゃ、じゃあ……」


 ここには瘴気がある。


 俺は慌てるも、もう遅いだろう。

 しかし身体に異常は無い。どこも魔物化などしていなかった。


「だ、大丈夫みたい」

「そう。もしかしたらアジト内は換気システムが充実しているのかもね。さっき打たれた注射にもなにか瘴気を無害化する治療薬でも入ってたのかも」


 恐らくそうだろう。

 そうでなければ俺は今ごろ魔物化しているはずだ。


「それよりもわたしそろそろ行くけど、おじさんはどうするの?」

「えっ? 行くって?」

「ここにいるアジトのボスを倒して、攫われた人たちを救うの」

「ええっ!?」


 この子は一体なにを言っているんだ?


 デッツはDGも手を焼く犯罪組織だ。

 多少は強いみたいだけど、アイドルで女の子のホムラちゃんがアジトのボスを倒すなんてできるわけはない。


「気を失った振りをしててね。こいつらがわたしになにかしようとしたから、ぶっとばしてやったの。で、今がチャンスってこと」

「チャ、チャンスって……」

「変身の」

「変身?」


 またまた意味の分からないことを……。


 あまりの恐怖に頭がおかしくなってしまったのではないかと心配になってきた。


「おじさんさ、わたしのファンでしょ?」

「えっ? いやその……俺は警備でコンサートに行ってて……」

「握手会に来たの覚えてるし」

「そうなの?」


 俺みたいななんの特徴も無い男をちゃんと覚えていてくれるなんて……。


 やっぱり好き。

 ホムラちゃん大好き。ますますファンになっちゃう。


「うん。わたしのファンならさ、わたしの秘密は絶対に守ってくれるよね?」

「秘密? って、本来の性格のこと?」

「それとは違う秘密。まあそっちもだけど、バラしたりしたら、握手会もコンサートも出禁にするからね」

「そ、それは困るよっ! うんうんっ! 絶対に秘密は守るっ! 俺だけ知ってるホムラちゃんの秘密とかすごい嬉しいし、絶対に誰かへ言ったりしないよっ!」

「よろしい。じゃあ変身するね」

「ふぁっ!?」


 ホムラちゃんはおもむろに服の胸部分を開いて美しいたわわな谷間を披露したかと思うと、そこからペンダントを取り出す。


 おっぱいの谷間から物が出てくるところなんて初めて見た……。


 そんなことよりホムラちゃんの谷間という素敵なものを目にした俺は、眼福眼福と、ご満悦な気分であった。


「シルバーァァァチェェェェンジっ!」


 ペンダントを握りながらホムラちゃんがそう声を上げると、


「わあっ!?」


 姿が一瞬で変わる。


 銀色のスーツに、同じく銀色の仮面。銀色のミニスカート。そして胸元には露出した大きな谷間。

 背中にはメカメカしい羽根の付いた、俺の知っている正義の味方がそこにいた。


「シ、シルバーライトっ!」


 ホムラちゃんの姿が正義の味方系配信者のシルバーライトへと変わる。


 俺は驚きのあまり目を見開きあんぐりと口を開け、そのまま目の前の光景を凝視していた。


「まさかシルバーライトの正体がホムラちゃんだったなんて……」

「そう。正義の味方シルバーライトはなんと大人気アイドルホムラちゃんでした。こういう状況だから正体を教えたけど、ぜーったいにバラしちゃダメだからね」

「も、もちろんだよ」


 俺はうんうんと何度も頷く。


 しかし考えてみれば、どちらも小さな背丈に似合わぬ大きなお胸の持ち主だ。見抜こうと思えば見抜けたのではとも思ってしまう。


「さってと、それじゃあ配信を始めようかな」

「えっ? 配信? いや、そんなことしたらデッツにバレてここへ来るんじゃ……」

「来たら倒せばいいじゃん」

「た、倒すって……けど、配信にはスマホとかドローンが必要なんじゃないの?」


 スマホとドローンはダンジョン配信者の必須アイテムだ。

 それが無ければ配信はできないはず……。


「ドローンならここにあるよ」

「ふぉおっ!?」


 ふたたび谷間へ手を入れたホムラちゃんは、そこからゴルフボールほどの球を取り出す。宙に放られたその球からは羽が生え、空を舞った。


「小型ドローン。これがあれば撮影はばっちだよ」

「へ、へえ……」


 あの巨乳は四次元ポケットかなにかなのかな?

 願わくばおじさんもその四次元ポケットの道具に……いや、なんでもない。


「それでこっちがスマホね」

「おお」


 ベルトのバックルが一部外れ、それが伸びてスマホの形となった。


「けどずいぶん準備がいいね? いきなりこんなことになったのに」

「アイドルが連続で狙われてるなら、いつかわたしも攫われるって思ってたからね。いつ攫われてもいいように準備してたの」

「そ、そうなんだ」


 攫われたときのことを考えて配信の準備をしておくとは。

 度胸の据わった子である。


 それからマイクを口元へ当て、スマホを見ながら髪型を整える。


「これで配信準備はバッチリ。あ、おじさん顔出しはNG?]

「まあできれば……」


 仕事に支障があるかもしれないし、できれば顔は晒したくない。


「あ、じゃあそこにマスクあるからそれつけて」

「あ、うん」


 手術室のような場所だ。

 そのせいか、丁度良くマスクがあったので俺はそれをつける。


「てかさ、シルバーライトって、デッツの怪人と戦ってる動画なんて無かったよね? 大丈夫なの?」


 シルバーライトが倒している犯罪者はダンジョン内で盗賊行為を働く無法者とかだ。改造人間を作るようなヤバい組織と戦ったりなんかは無い。


「大丈夫大丈夫。わたし適性100だしさ。めちゃくちゃ鍛えてるし、デッツの怪人なんて余裕で倒せるから」

「そ、そうかなぁ?」


 確かにシルバーライトは動画でも犯罪者たちをあっさり倒しているほどの実力だ。しかしデッツの怪人を余裕で倒せるかはわからなかった。


「それじゃあ配信開始するよ。あ、おじさんスマホ持っててくれる?」

「でもスマホ無いとコメントとか見れないんじゃない?」

「それはこれがあるから大丈夫」


 と、ホムラちゃんは仮面を指差す。


「これの内側にスマホの画面が映し出されるようになってるの。だからスマホはおじさんが持ってても大丈夫」


 と、ホムラちゃんは俺にスマホを投げ渡した。


「3、2、1……みんなこんにちはーっ!」



 ――うおおっ! シルバーライトちゃんの緊急配信きたーっ!


 ――緊急配信ってことは急に犯罪者が現れたってことか?


 ――今日も痛快に犯罪者を倒しちゃってーっ!



 緊急で配信された動画だと言うのに、始まってすぐにコメントが滝のように流れていく。さすがは大人気配信者だ。


「コメントありがとー。今日も悪い奴らをバッタバッタ倒しちゃうよー。で、なんとね、今日はあのデッツのアジトに潜入しちゃってまーす」



 ――おおっ!


 ――マジかっ!?


 ――デッツって今日のコンサートでホムラちゃんを攫ったんだろ?



「はーい。なのでホムラちゃんや他のアイドルを助けに来ましたー。今日の配信はかなり盛り上がると思うから期待しててねー」


 配信はすでに大盛り上がりだ。

 大抵は応援だが、やはり俺と同じく懸念するコメントもあった。



 ――でもデッツってDGでも苦戦する連中だぞ


 ――今日のコンサートでもDGがいたのにホムラちゃん攫われたしなぁ


 ――あれは警備会社が悪いってテレビで言ってたよ。なんか余計なことして、DGの救出を妨げたとか


 ――ああ、あのステージに飛び乗った奴か


 ――マジかよ。警備会社が無能だったのか



 なぜか俺が悪いことになっているようだ。

 と言うか、救出を妨げたもなにも、DGは来なかったじゃないか。DGがどういう言い訳をしたのかは知らないが、まったくもってひどいデマを報道するものだ。


「警備の人は悪くないと思うよ。ホムラちゃんを助けようとしてくれたんだからね。だから悪く言っちゃダメだよ」



 ――さすがシルバーライトちゃんはやさしいぜ


 ――シルバーライトちゃんが言うならそうする



 ホムラちゃんは俺を擁護してくれた。コメント欄が荒れるのを危惧しただけかもしれないが、俺は嬉しかった。


「あ、今日はゲストがいるの。ゲストって言うか、デッツに捕まってたおじさんだけど」


 と、俺のほうへドローンのカメラが向く。


「ど、どうも」


 どうしていいのかわからない俺はとりあえずあいさつをした。



 ――シルバーライトちゃんに助けてもらうなんて羨ましいな


 ――俺もシルバーライトちゃんに助けてもらいてー



 どうやら俺がコンサートにいた警備員とはバレていないらしい。

 まあマスクもしているし、警備員の顔なんて覚えてはいないだろう。


「それじゃあこれからおじさんと一緒にアジトのボスを倒しに行っちゃうねー。ボスはコンサート会場に現れたカニ怪人かなぁ? 乞うご期待っ!」


 ……ホムラちゃんは余裕の様子だが、俺は不安だ。

 アジトのボスがあのカニ怪人だとして、はたしてホムラちゃんに倒せるのか?


 シルバーライトが強いのは知っているが、嫌な予感が消えなかった。


 それから俺たちは手術室のような部屋を出る。

 外はビルのワンフロアという様子で、誰の姿も無かった。


「ちぇー。敵がいたら格好良く倒そうと思ったのに誰もいないや」

「だ、誰もいないほうがいいよ」


 ホムラちゃんは残念そうだが、俺は誰もいなくてホッとした。


「ボスはどこにいるんだろう? おじさん、どこだと思う?」

「どこって聞かれても……じゃあ、あっちかな?」


 まったくわからないので、適当な方向を指差す。


「じゃあそっちに行ってみようかー」

「いいのそんないい加減で?」

「いいのいいの。RPGのダンジョンと一緒だよ。全部を回っていればそのうちボスの部屋につくでしょ?」

「まあそうだろうけど……」


 一応の納得をして先へ進む……と、


「うわっ!?」


 いきなり目の前にシャッターが降りて進行方向を塞いだ。


「あれ? 道が塞がっちゃったね。じゃあ向こうへ行こうか」

「あ、うん」


 しかたないので反対側の道へ進む。

 それからも何度か同じようにシャッターを閉じられることがありつつ、やがてボスがいそうな大きい扉を見つける。


「ここにボスがいそうだねー」

「うん……」


 うまいことここへ誘導されたような……。。

 ホムラちゃんは気にしていないようだが、俺は不気味に思っていた。


「さあさみんな、トイレは行った? 歯は磨いた? クライマックスの始まりだよー。はいどーんっ!」


 と、扉を押してホムラちゃんは中へと入る。

 俺も続いて中へ入ると、何者かの姿が目に入った。


「あれは……」


 カニみたいな髪型の女。

 あれは間違いなく、イベント主催者のおばちゃんであった。


 ――――――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 強気なホムラちゃんですが、はたしてボスは倒せるのか? 甚助の嫌な予感はあたってしまうかも?


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 次回、甚助の身体に異変が?

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2024年12月6日 20:11
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悪の組織に改造された警備員のおっさん。正義のヒーローを愛するアイドルの女の子とダンジョンの平和を守ることになってしまった件 渡 歩駆 @schezo9987

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