悪の組織に改造された警備員のおっさん。正義のヒーローを愛するアイドルの女の子とダンジョンの平和を守ることになってしまった件

渡 歩駆

第1話 ダンジョンに入れない無能なおっさん

「弱いなら助けようとなんてするな」


 そんな言葉を同級生から受けたのは中学時代のころだ。


 いじめられている同級生を助けようとしたが、助けられず一緒に殴られた。俺が助けに入ったことでいじめっ子たちの機嫌を損ね、一層に強く暴行をされたことで言われた言葉であった。


 あれからもう15年は経ったか。


 もう二度と人助けなんてしない。

 弱い人間は人を助けちゃいけないんだ。


 そんな風に考えて俺はこの歳まで生きてきた……。


「うわぁ、あれが地下東京かぁ」


 地下鉄の窓から眼下に見える街を眺めて俺は思わず声を出してしまう。


 100年ほど前に世界の各地にダンジョンと呼ばれる洞窟が現れ、多くの国がそこへの探索に乗り出した。……が、ダンジョン内には多くの魔物という怪物がおり、探索は容易に進まない。その上、ダンジョン内には瘴気が充満しており、生き物が入ると魔物化してしまうということがあった。


 この地下東京はダンジョン内にあるが、人工太陽などの環境維持システムがあるので景色は外とそれほど変わらない。そして大規模な換気システムを完備しているので瘴気の影響を受けない。この地下鉄にも同じ換気システムが導入されており、誰でもダンジョン内へ入ることができた。


 しかし、こんなところへ移動になるとはなぁ。


 俺は零乃甚助ぜろのじんすけ30歳。

 仕事は警備員をしており、この度、この地下東京にあるビルの警備員として地上の現場から移動をしてきたのだ。


 まさか俺がダンジョンへ来ることになるとは思っていなかった。

 この俺が……。


 やがて地下鉄は駅に止まり、俺は地下東京の街へと出る。

 本来なら配属される現場へ行く予定なのだが……。


 今日のところはイベントの警備に行ってほしいって言われてんだよなぁ。


 今日はこの地下東京で17歳の大人気高校生アイドル、ホムラのコンサートがあるのだ。俺はそのイベントへ警備に行くことになっていた。


 本当ならイベントの警備なんて面倒と思うところだ。しかし、


 いやぁラッキーラッキー。まさかホムラちゃんのコンサートを警備できるなんてな。


 俺はホムラちゃんの大ファンだ。

 このコンサートの警備を任されて気分はウキウキであった。


 もしかしたら間近でホムラちゃんと会話できるかも?


 握手会には何度か行ったが、裏方で会えばまた違う彼女を見れるだろう。


 そんな期待をしつつ、俺は駅前からコンサート会場へ歩いた。


 コンサート会場へ着いた俺は警備の営業担当にあいさつをし、それからイベントの主催者へとあいさつへ向かった。


「失礼します」


 営業担当と一緒に中へ入ると、そこにいたのはイベント主催者と……。


「えっ?」


 主催者のおばさんと会話をしているのは、小学生みたいに背の低いクールな表情の巨乳美少女。そしてあのやや赤みがかった黒髪ハーフツインの髪型。もうあれは間違い無かった。


 見覚えのある美しい少女。その姿を目撃した俺は思わず目を見開いてしまう。


「おはようございます。わたくし、本日こちらの警備を担当させていただくファイア警備の月島と、こちらが現場を担当する零乃です。よろしくお願いします」


 営業担当の月島が頭を下げる。

 しかし俺は目の前の美少女……大人気アイドルのホムラちゃんに目が釘付けであった。


「ぜ、零乃君、君も頭を下げて」

「あ、す、すいませんっ」


 ハッとした俺は慌てて頭を下げる。


「他の警備もあとであいさつへ伺わせますので……」

「ああ、いい、いい。警備なんかここへ来なくていいよ。別にあんたらに期待なんかしてないしさ。好きにやってよ」

「えっ? い、いやでも……」

「いいから早く出て行って。あんたらよりよっぽど期待できる人らが来てるし、あんたらなんていてもいなくてもいいの。邪魔邪魔」

「は、はあ……」


 犬でも追い払うように手を振られる。


 いやーなババアだな。

 しかしまあ、警備員なんてやっていると、こんな対応されるのも珍しくはない。それに警備員よりよっぽど期待できる人らが来ていると言うのも事実だ。


 しかたないと、俺たちは部屋を出ようとする。

 振り返った先では、先ほどと変わらずホムラちゃんが主催者と話をしていた。


 もう少しこの場でホムラちゃんを眺めていたいなぁ。


 そんなことを考えていると、


「うわっ!?」


 前から部屋に入って来た誰かにぶつかられる。


 これはよそ見していた俺が悪い。


 謝らなければと、慌ててその誰かのほうを向くと、


「あ……」


 そこに立っていたのは身体のがっしりした背の高いイケメン男。

 ダンジョン用の高級な鎧に身を包んでいる、見るからに強者という風貌の男だった。


 しかし俺が驚いたのはそういう理由ではない。

 この男が俺の知り合いであったからだ。


「うん? お前、もしかしてゼロの甚助か?」

「さ、相良……」


 相良秀さがらしゅう

 かつて同じ中学に通っていた同級生だ。しかし仲がよかったわけではない。こいつは弱い者いじめが大好きで、俺が助けようとした同級生をいじめていたグループの主犯格だった奴だ。父親は世襲の有力な国会議員で総理大臣候補とも言われており、それを鼻にかけて偉そうにしていたいけ好かないクズである。


「まさかお前とこんなところで会うとはな。ゼロの零乃君」

「う……」


 ゼロのとは名前のことではない。俺の名字をもじって馬鹿にしているのだ。これを聞くのは中学以来であった。


「えー誰ですかこのしょぼいおっさん?」

「隊長の知り合い?」


 相良の背後から、同じく鎧を纏った2人の若い女が現れる。

 一方はギャルっぽい感じ。もう一方は眼鏡をかけた学級委員長風の女で、どちらも二十歳かもっと若そうな見た目で美人風であった。


「ふっ、まあな」


 そう嘲笑うように相良は言った。


「おお、ダンジョンガーディアンの相良さんっ! お待ちしておりましたよっ!」


 俺たちへの対応とは打って変わって、主催者のおばちゃんは相良を歓迎する。


 ダンジョンガーディアン。通称DG。ダンジョンの治安を守る警察のような組織で、相良はそこのお偉いさんだ。DGはエリート公務員だし、相良は顔も良い。おばちゃん主催者が喜んで歓迎するのも当然だった。


「どうも。今日のコンサートは我々DGがしっかりと警備をしますので、なにも心配せず安心して運営をしてください」

「ええ、ええ。DGの皆さんがおられるのですから、なにも心配はしておりません。あ、そこに警備がおりますので、どうぞ雑用にでもお使いください」


 俺らはDGの雑用をしに来たわけではないのだが。


 しかし主催者は俺たちにとって客だ。

 嫌だとは言えなかった。


 本来ならコンサートの警備にDGなど来ない。しかし最近、ダンジョンを起点にして世界征服を企む悪の組織デッツによるアイドル誘拐が頻発しており、このようにDGが警備をすることになっているのだ。


「あ、それで、そちらの警備とはどのようなお知り合いなんですか?」

「学生時代の同級生ですよ。まあ同じ学校に通っていた同級生と言っても彼は落ちこぼれ。俺はエリートですがね。彼もDGを目指していたそうなんですが……ふふっ。聞いてくださいよ。なんと彼、適性がゼロなんですよ」

「……っ」


 適性がゼロ。

 それは俺がゼロのと馬鹿にされる理由であった。


「て、適性がゼロ? それじゃあダンジョンに入れば瘴気ですぐに魔物化してしまうじゃないですか?」

「そうなんです。そんな彼がDGになりたいなんて、お笑いですよね」


 適正とはダンジョンで活動できるかの指標だ。

 最大は100で、最低が0。50くらいあれば、瘴気を防ぐ装備をしていけばダンジョンで活動できる。100あれば裸でも魔物化はしない。

 0はその逆で、少しでも瘴気に触れれば数時間で魔物化だ。魔物を倒すには魔物から獲れる素材で作った装備品を使うのが効率的だが、適性ゼロだとそれら装備品を身に着けているだけでも魔物化が始まってしまう。

 ゆえに、ダンジョンにおいて適性ゼロは無能も無能。換気システムによって瘴気が完全に除去されているとはいえ、適性0の俺がダンジョン内にある地下東京へ配属なんて最悪だった。


「はははっ。確かに。しかし誰でも最低50はあるでしょう? 0なんているんですね。しかし、くっくっ……それでDGを目指していたなんてお笑いですね、ほんと。あははははっ!」

「しょぼいおっさんって思ったけど、生まれたときからしょぼくなることが決まってたなんて受けるー。きゃははっ!」

「ふっ、見た目通りのつまらない男ってことね」

「……」


 主催者が大声で笑うと、DGの女や周囲にいた人間たちみんなも笑う。

 俺の隣にいた営業担当も苦笑いをしていた。


 しかし唯一ひとりだけ、笑っていない者がいる。


 ホムラちゃんだ。

 彼女だけは最初と変わらない真面目な表情でそこにいた。


 クールで売っている彼女のことだ。

 こんなときでも表情は崩さないようだった。


「ちなみに俺は適性が100です。彼とは真逆のダンジョンの治安を守るスーパーエリートですので、ご安心ください。ホムラさん」


 相良がホムラちゃんへ声をかける。


 クソこの野郎っ! ホムラちゃんに声をかけるなっ!


 ……そう言いたいところだが、立場の弱い俺は黙っていることしかできなかった。


 彼女とは歳が離れているとは言え、相良はイケメンのスーパーエリートだ。

 こんな超強者男性に声をかけられたら、ホムラちゃんも嬉しいだろうなと悔しい思いが湧いてきた。


 しかしホムラちゃんは相変わらず表情を崩さない。

 クールな顔で相良を見返していた。


「……あなた、シルバーライトより強いの?」

「えっ?」


 シルバーライト。

 その名をホムラちゃんの口から聞いて俺は驚く。


 シルバーライトとは、ダンジョンで悪事を働く犯罪者を討伐する動画を配信している正義の味方系配信者の名前だ。

 魔物から獲った素材で作られた銀色のスーツを纏い、顔は仮面を被っていて何者かは不明だ。しかし性別だけは女性とわかっており、犯罪者を倒す姿が格好良いと大人気の配信者である。


 俺はホムラちゃんも好きだが、シルバーライトの大ファンでもある。なのでホムラちゃんから彼女の名が出てきたことには驚きと同時に嬉しいという思いも湧いた。


 ホムラちゃんもシルバーライトのファンなのかな?


 だったら嬉しいなと思った。


「シルバーライト? ああ。あの正義の味方を気取っている配信者のことですか。もちろん俺のほうが強いですよ。プロですから。あんな遊びでやってる素人なんかとは違いますよ」

「……」


 相良の答えにホムラちゃんはなにも言わない。

 ただ、少し不機嫌そうに見えた。


 やっぱりホムラちゃんもシルバーライトのファンなのかな?


 そっちのほうが気になり、俺は自分が馬鹿にされたことなど忘れてしまっていた。



 ……



 それから時間が経ち、コンサートが始まる。

 俺はステージの前に立って、観客を抑える位置についていた。


 ある意味、超特等席だな。


 とは言えステージに背を向けているので、ホムラちゃんが歌っている様子は見えない。警備そっちのけでコンサートを見るわけにもいかず、なんとも歯がゆい思いをする場所であった。


 うしろではホムラちゃんがクールな歌を歌っている。

 観客は会場を埋め尽くすほどだ。皆がホムラちゃんの歌に聞き入っており、俺も背を向けながら歌を聞いていた。


 コンサートはなにも問題なく進行している。

 このまま無事に終わるだろう。


 そう思っていたとき……。


「えっ?」


 不意に会場の照明が落ちる。

 音響もすべて止まり、いきなりのことに観客も戸惑いの声を上げていた。


「い、一体なにが……」


 俺は心配になり、振り返ってホムラちゃんの様子を窺う。

 そこに見えたのは……。


「なっ!?」


 うす暗い中で何者かがホムラちゃんの口を押さえて、身体を拘束している。

 しかしあれは人間じゃない。あれは……。


「デ、デッツの怪人だっ!」


 観客の誰かが叫ぶ。


 そう怪人。

 あれは魔物の遺伝子を人工的に組み込まれた改造人間。世間では怪人と呼ばれる存在だ。人間と魔物の遺伝子が組み合わさることで強力な生命体になるそうだが、まだあまり詳しいことはわかっていないとか……。


「ゲーッゲッゲッゲッ! ホムラはもらったっ!」


 カニみたいな見た目の怪人は不気味に笑いながらそう言う。


 DGの連中はなにをしているんだ?

 こんなときのためいいる奴らじゃないのか?


 このままではホムラちゃんが怪人に浚われてしまう。


 そう思った俺は、ほぼ無意識にステージへ飛び乗っていた。


「ホ、ホムラちゃんを離せっ!」

「ゲゲッゲーっ! うるさいっ!」

「が……はっ」


 カニ怪人のわき腹から伸びる、先の尖った手が発射されて銃弾のように俺の腹を貫く。


「あ、あ……」


 だらだらと腹から流れる血を押さえるが止まらない。

 そのまま俺は仰向け倒れ、意識を失った。


 ――――――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 主人公死亡(完)……とはならないのでご安心ください。


 カクヨムコン参加作品になります。

 カクヨムコン開催期間中は毎日、投稿を致します。


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 よろしくお願いいたします。


 次回、目覚めた甚助の隣にいたのは……。

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