第14話 5歳の誕生日 前編


 それからしばらくすると王に執務室に呼ばれてルーヴ伯爵への対応の結果を聞かされた。

 領地の管理は別の貴族に任せることになり、当然、管理する領地がなくなったのでルーヴ伯爵の懐に入る領地の税収入は無くなった。

 領地にあるルーヴ伯爵家の屋敷は元々ルーヴ伯爵家のものなので没収はしないが、王都にある屋敷は4代前の王が当時のルーヴ伯爵に与えたものだったので没収したそうだ。

 管理する領地がなくなったルーヴ伯爵家はこれから商売をするか、若い貴族と競って試験に合格して文官なり騎士となるか、他の貴族に雇われるか、学者や作家など自身の適正にあった職業につく必要があるだろう。

 これまでずっと執事に実務を任せて領地の税収入で生きてきた者にとっては急に人生がハードモードになったようなものだろう。

 しかし、自業自得なので全く同情心は湧かない。

 王は同時にルーヴ伯爵夫妻が希望していた離婚を許可した上で、カルロをヴィント侯爵の正式な養子と認めた。




 その後、ジムニが持ってきた情報によると、ルーヴ伯爵も元伯爵夫人も愛人から捨てられたそうだ。

 ルーヴ伯爵は酒に溺れて屋敷に引き篭り、元伯爵夫人は実家に帰ったものの、老齢の両親に恥さらしだと罵られた上、軟禁状態になったらしい。

 これで一見、ルーヴ伯爵家の件は収集がついたように思えるが、私としてはルーヴ伯爵の弟、カルロの叔父であるドレック・ルーヴの今後の行動が気になったため、ジムニには引き続き情報を集めるように依頼した。


 ちなみに、情報ギルドは着々と組織としてのまとまりを見せているようだ。

 ゲームとは違うのは、私が後ろ盾にいることによって裏組織を牛耳る組織というよりは王宮近衛騎士団と手を組んで裏組織を見張る役割を担っているところだ。

 ゲーツ・グレデンは見事なもので、裏組織を見張っていても完全なる敵対という関係性ではなく、自由に泳がせてはいるが、いざとなったら手綱を握れるように重要人物を見極めて関係性を維持している。


「情報ギルドの資金は足りていますか?」


 私の質問にグレデン卿の部下で主に情報ギルドの資金の動きをジムニとやり取りしながら管理しているマルクが答えてくれる。


「最近では情報ギルドから情報を買う商人や訳あり貴族も増えていますから資金は潤沢です」


 マルクは平民だが、試験を通って王宮騎士団に入った優秀な人物だ。王宮近衛騎士団の者ではないが、グレデン卿が外で活動する時の部下であり、口も堅く信用できると紹介された。

 ちなみに、有事には戦争などに出なければいけない騎士団には優秀であれば平民でも入ることができるが、文官は基本的には貴族しかなることができない。


「商人から得た知識でゲーツ様は商売の方にも少し手を伸ばしていますから、これからますます資金は増えるでしょう」


「それで」とマルクは言葉を続けた。


「ゲーツ様としてはその資金で下町にも小さな診療所を作りたいと相談されました」

「それでは補助金を出しましょう。医者の手配もしたほうがいいですね」

「いえ。そうではありません。大きな病院を建てるわけではありませんから資金は充分ですし、下町の者でも嫌がらずに診てくれる腕のいい医者はすでに調べてあるそうです」

「それでは、相談とは何ですか?」

「元々はリヒト様から提供された資金で子供達を養い、情報ギルドを作りましたから、下町に変化をもたらす時にはリヒト様の許可を取るのが筋だと考えたようです」

「それはまた……義理堅いですね」

「さすがグレデン卿の弟さんです」


 マルクの言葉に私が「確かに」と頷いて後ろに立つグレデン卿を見上げると、グレデン卿は誇らしげな顔をしていた。

 私はそれに少しだけ笑った。


「ぜひ清潔でいい診療所を作り、後々は大病院を作ってしまいましょう! と、ゲーツに伝えてください」


 私の言葉にマルクは明るい表情で「はい!」と歯切れの良い返事をした。




 仕事を終えたマルクは立ち上がると私の前に片膝をついた。


「どうしましたか?」

「メイドたちが話しているのを偶然聞きまして」


 そう答えながらマルクは私の右手を取って、手の甲に額を押し当てた。

 確か、前世の外国では年配の人にする挨拶だったと思うが、この世界では忠誠の証で、滅多にするものではない。


「リヒト様、5歳のお誕生日、おめでとうございます」


 特別な節目の時に行うものを何の躊躇もなくマルクは行った。

 マルクは私を主人として認めてくれているということだろう。


「ありがとうございます」


 私はやっと5歳になったのだ。

 そして……私は私の後ろ、グレデン卿の隣に立つカルロに目をやった。


「マルク、カルロも今日5歳になったのですよ」

「え! カルロ様はリヒト様と同じお誕生日なのですか!?」


 カルロが機嫌良さそうに笑った。

 元々は違うのだが、この国では養子になった者は養子先で誕生日を決めることができるという妙なルールがあり、乳母がカルロにいつがいいか聞くとカルロは私と同じ日を希望したらしい。


「それでは、カルロ様はリヒト様ととても相性がいいのですね。付き人になられたのも納得です」

「……相性がいい?」


 私が首を傾げるとマルクが教えてくれた。


「誕生日が近い人ほど星が近く、相性がいいと言い伝えられています」


 この世界は魔法はあるものの科学技術は進展しないため夜を煌々と照らすような光はなく、夜になると満天の星が見える。

 星があまりにも夜空を埋め尽くしているためか、夜空の星はこの世界の人の数と同じだけあって、夜空の星と魂は繋がっているのだと考えられている。

 流れ星が見えた時にはその瞬間、新しい命が生まれたのだと考えるのだ。


 誕生日が近い人ほど星が近いと考えているということは、もしかすると、誕生日を変えることで星の位置も変わると考えているのかもしれない。


「では、カルロの星も今のカルロのように私の星の隣にいるのかもしれないな」


 私の言葉にカルロはその瞳を輝かせてはにかんだ笑みを見せた。

 うちの子、本当に可愛い。

 マルクの目があるから、頭なでなではできないが、後でいっぱい撫でてあげよう。




 私は7歳の誕生日までは身内のみで過ごすことになっていたが、5歳の誕生日は王と王妃、そして乳母とカルロと一緒にいつもよりも豪華なディナーを食べた。

 この世界には誕生日にケーキを食べるという習慣はなかったが、私はカルロのプレゼントにホールケーキを用意した。


 ゲームの中のカルロは甘いものなど好きじゃないみたいな顔をしていたけれど、まだ子供のカルロは甘いものが好きだった。

 特に、ルーヴ伯爵と元伯爵夫人はカルロに対してそれほどお金をかけていなかったため、砂糖を使った高級なお菓子をカルロに食べさせてあげることはなかったようだ。

 シュラルグが時々こっそりカルロにクッキーなどの焼き菓子を食べさせてくれていたようだが、ケーキのようなものはなかったようで、私の従者になってからカルロはおやつの時間をとても楽しみにしていた。


「おめでとう。カルロ。これは私からのプレゼントだ。いっぱい食べてね」


 私の言葉に合わせて給仕の者がカルロの目の前にホールケーキを置くと、カルロの瞳はキラキラと輝いた。

 カルロはすぐにケーキを食べ出すかと思ったが、そわそわと乳母に視線を向けた。

 乳母はメイドに何かを耳打ちして、メイドが一つの包みをカルロに持ってきた。

 どうやら、カルロも私に何かプレゼントを用意してくれたようだ。


「リヒト様、これをどうぞ」


 カルロから包みを受け取る。

 持った感じは本だろうか? 

 今見てもいいかカルロに聞いてから私は丁寧に包みを開けた。


 その様子にカルロや乳母、王や王妃だけでなくメイドたちや給仕の者まで珍しそうに見入った。

 もしかすると、この世界では前世の海外のように包みはビリビリと破いて取っているのかもしれない。

 しかし、中身純日本人の私にとっては最推しの少年からのプレゼントの包みを破くなどとんでもない。


 リボンを丁寧に解き、包みの糊付けされた部分をそっと剥がしていく。

 セロハンテープでついていればよかったのだが、もしかするとこの世界にはまだセロハンテープはないのかもしれない。

 丁寧に開けた包み紙の中からはシックなデザインの日記帳が出てきた。


「リヒト様は毎日日記を書かれていると聞いていましたので、魔力登録をすると登録者にしか開くことができない日記帳です」


 そんな優れものの日記帳があるとは知らなかった。


「ありがとう。カルロ。早速今日から使わせてもらうよ」


 カルロがこの日記帳をプレゼントしてくれたことを1ページ目の1行目に記そう。

 その後も王や王妃、乳母、グレデン卿から私とカルロは誕生日プレゼントをもらい、いつもよりも長めのディナータイムを過ごした。

 寝室に戻るとメイドたちがすでに湯浴みの準備をしてくれていた。


「リヒト様、今日からは僕が湯浴みのお手伝いをさせていただきます!」


 なぜか気合いの入ったカルロがそう宣言した。

 確かに乳母に手伝ってもらう年齢としては本格的に恥ずかしくなってきた。

 2歳までは正直、自我はあっても中身の52歳の私とリヒトの体が一体のものであるという感覚が薄かったから耐えられた。

 3歳からは徐々に体と意識の感覚が一体化してきた感じで、異性の乳母やメイドに自分の裸を見られるのが恥ずかしかった。

 しかし、3歳という幼児で一人で風呂に入るには危険も感じていたため我慢できた。

 4歳も耐えきれない程の羞恥ではなく、我慢していた。

 いや、成長につれて羞恥心は大きくなっていたから、一人でお風呂に入りたいとは思っていたが、耐えることはできた。


 しかし、もう5歳だ。

 そろそろ一般的な子供でも体の作りが違う母親とお風呂に入るのは違和感を感じる頃だろう。

 たぶん。

 だから、カルロの提案はちょうどいいのかもしれない。

 乳母としても、そろそろ乳母離れさせるつもりだったのかも。


「カルロ、私はカルロに私の面倒を見てほしいわけではない。私一人で入っても問題ないぞ?」


 私はせっかくの機会なので、もう一歩踏み込んで要望を伝えてみた。

 だがしかし、それはカルロにも乳母にも否定された。


「リヒト様、お立場をお考えください。一人で湯浴みをすることなど、遠征でもない限りダメです!」


 やはりか。

 というか、遠征という言葉が気になった。

 そうか、今は近隣諸国との大きな問題はなく平和が続いているが、何かあれば戦いに行くということもあるのか。

 前世ではそういうことがなかったから全然思いつかなかった。

 念の為、情報ギルドを王都内だけでなく、近隣諸国との境界の町や村にも作ろうかな……


「リヒト様、僕ではご不満でしょうか……」


 私が他のことを考えている間にカルロが落ち込んでいた。

 全くそういう意図ではなかったのだが。


「カルロ、違う。私はただ、自分でもできることをカルロにさせるのが申し訳なかっただけだ」

「では、僕がリヒト様の髪もお体も洗って差し上げますね!」


 なぜだろう。カルロがすごく嬉しそうだ。

 同い年の湯浴みの手伝いなど楽しいものだろうか?

 もしや、あれか、ごっこ遊び的な感覚なのだろうか?

 SNSで知り合った腐女子ママさんが子供はごっこ遊びで様々な学びを得るとかなんとか言っていた気がする。

 それなら、私はカルロのためにごっこ遊びに付き合ってあげるべきだろう。

 中身はともかく見た目は子供だ。

 そして、城の中に子供は私とカルロしかいないのだから。


「それじゃ、カルロにお願いしょうかな」


 私は中身52歳の大人の余裕で微笑んだ。





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