第10話 協力者
私は早速ジムニが作ってくれた報告書を確認した。
すると驚くべきことがわかった。
ドレック・ルーヴは王都で商売をしていたのだ。
製紙工房や印刷工房へ自ら出向き、トランプを開発して、それを子供向けのおもちゃ屋やチェスなどの大人向けのゲームが置いてあるお店に自ら営業をかけていた。
ゲームから得られていたドレック・ルーヴの情報は変態ということくらいだったから、勝手に何の才覚もない男だと思い込んでいた。
それなのに、まだトランプがなかったこの世界で初めてトランプを発案したのがドレック・ルーヴだったなんて……
ゲームでもミニゲームとして行っていた神経衰弱のトランプを作ったのがドレック・ルーヴだったと思うと非常に微妙な気持ちになる。
ミニゲームの結果でちょっとしたアイテムを手に入れたりしていたのに……。
しかし、そのような才能があるのならばルーヴ夫妻が亡くなった時に強引にカルロの後見人になって伯爵の爵位を奪わなくても商売で十分に優雅な生活を送っていただろうに……
いや、商売をする上でも爵位があった方が優位なのだろうか?
乳母に聞いてみると、貴族というだけでも平民にとっては脅威の対象だが、爵位があれば豪商にも無理を通しやすいということだった。
ドレック・ルーヴは自分の商売をより広げやすくするために爵位を求めたのかもしれない。
私は報告書を勉強机に置いてため息をついた。
万が一、ルーヴ伯爵夫妻を救えなくても、ドレック・ルーヴがただただ変態なだけのなんの才覚もない男だったなら、ドレック・ルーヴに後見人の資格なしとカルロから引き離すことが可能だと考えていたのだが、思った以上に優秀だったため、その手は使えないかもしれない。
周囲にドレック・ルーヴがど変態だとどれくらい知られているかはわからないが、貴族たちの間で子供たちのやりとりが珍しくなく、さらに前王が同じくど変態だったのだから、ど変態だから後見人になれないというのもやはり通じない話だろう。
私が成長したら貴族間であっても、平民であっても子供のやり取りは禁ずるという法律を制定するつもりではあったが、やはりそれでは遅すぎる。
カルロ以外の子供達だって被害に遭っているわけだし。
今現在だって、どこかで子供のやり取りが……前世の世界ならば完全なる犯罪行為だったことが公然と行われているのかもしれない。
私はゾッと寒気を覚えて腕をさすった。
「集中力が欠けていますね」
あまりにも自分が無力で憂鬱な思いを引きずっていると、魔法の講義で魔塔主に注意された。
「王子には何やら憂いがあるようですが、どのような心持ちの時にも集中していないと魔法は自分や自分の大切な人を簡単に傷つけてしまいますよ」
「魔塔主にもそのような経験があるのですか?」
「王子、私を誰だと思っているのですか? この世界で最も優れた魔法使いですよ? 例えば、私が魔法で誰かを傷つけたとして、それは全て私が意図したことです。魔法が暴走した結果の事故ではありません」
「そうですか……」
これは、さすが魔塔主と感心するべきところなのだろうか?
それとも、恐れるべきところなのだろうか?
おそらくは後者だろう。
「私もそのように自分に自信を持つことができたらいいのですが」
「王子は私が認める魔法の天才です。それだけで自信を持つには十分だと思うのですが?」
さすがナルシスト。
徹底している。
「魔塔主もこの国の貴族間の忌まわしい慣習についてはご存知ですか?」
「はて……」と魔塔主はしばしの間考える。
「一体どれのことでしょう?」
魔塔主の回答に私はハハッと力無く笑ってしまった。
確かに、貴族間の犯罪は子供たちのやり取りに限らない。
城の中にも不正はあり、城の外、王族の目の届かないところでも不正なやり取りはある。
王族が王族として、この国を正しく導くためにやらなければいけないことは沢山ある。
「私はちょうど今の王子と同じ年齢の時に前魔塔主によって魔力量を見込まれて拾われました」
拾われたという言葉に私は思わず魔塔主の顔を凝視した。
「それまで私は下町でゴミを漁って、ボロ布を身に纏って、路地裏や廃墟で雨風を凌いで生きていたのです。おそらく母親だったのだろう女と一緒にいましたが、彼女は魔塔主から一枚の金貨をもらうとあっさりと私を手放しましたし、私も女に対しての未練はありませんでした」
それは本当だろうか?
それにしては、少し淋しそうな眼差しをしているような気がした。
もしかすると、魔塔主は母親を救うために、一緒にいたいという気持ちを飲み込んだのかもしれない。
女性が一人で子供を抱えて生きていくのは大変だから……
もしかすると、魔塔主の母親だって本当は我が子と離れたくなどなかったかもしれない。
それでも、裕福な者に子供を預けた方が子供が幸せだと思ったのかもしれない。
「私はそのような卑しい生まれでしたが、10歳で前魔塔主から魔塔主の座を譲り受けました」
「すごいですね」
私は素直に魔塔主を称賛した。彼は本当に稀代の天才だったのだろう。
「下町で生まれて何もなかった私でも10歳で魔塔主になったのです」
魔塔主は私を見てニィッと口角を上げた。
「リヒト王子、あなたは生まれながらにして多くのものを持っています。身分、権力、資金、そして膨大な魔力とそれを使いこなす才覚まで」
「……」
「何も持たない私がたったの六年で魔塔主になったのですよ? あなたなら、もっと大きなことができるのではないですか? 自信を失うのは、それが失敗した時で十分でしょう」
「魔塔主……」
まさか、他人に興味がなさそうな彼に慰められるとは思ってもみなかった。
「それだけのものを持っていて失敗したのなら、その時は盛大に笑って差し上げますよ」
「ひどいことを言いますね」
そう魔塔主に返しながらも私は笑っていた。
魔塔主のおかげで気持ちが随分と軽くなったのがわかった。
そうだ。私はこの一国の王子なのだ。
幸いにも両親から溺愛されていて、3歳にして騎士団を使いたいなんていう突拍子もないわがままを許されたのだ。
法律の一つや二つ作ったり改変したりすることくらい許してくれるのではないだろうか?
まずは行動、ダメだったとしても何度だって説明し、理解を促そう。
魔塔主の言う通り、私は無力だと嘆くには、まだ何も挑戦していない。
「リヒト様!」
騎士団長が魔法専用の訓練場に飛び込んできた。
「ルーヴ伯爵夫妻が盗賊に襲われました!」
「っ!?」
私は息を呑んだ。
しかし、愕然としている暇などない。
「それで、助けることはできましたか!?」
騎士団長はルーヴ伯爵夫妻の馬車を見張っていた騎士たちが無事に二人を救出したことを報告してくれた。
「よかった。これで……」
私はこれでしばらくはカルロの身の安全が保証されたとほっと息を吐き、肩の力を抜いた。
ゲームではカルロの両親は盗賊に襲われて死亡したことが語られていたから、一度事件を阻止してしまえばもうそのような不幸は起きないと思った。
しかし、実際に阻止してみると不安になった。
もし、ゲームシナリオの強制力というやつがあるのなら、同様の事件がまた起こるかもしれない。
「騎士団長、申し訳ありませんが、もうしばらくはルーヴ伯爵の動向を注視してもらえますか?」
「わかりました」
いつまで続くのかわからない任務をお願いするというのも心苦しかったが、カルロの幸せを守ることを優先した。
その後、ルーヴ伯爵夫妻が王宮騎士団に救われたお礼として、献上の品を持って王城を訪れた。
現王である私の父は、感謝を受けるべきは私だとして私を謁見の間に同行しようとしたが、私はそれを断った。
王には息子がいるという噂がすでに貴族間で流れているようだったが、私の存在は7歳までは公表しないと決めたのは両親だ。
その決定を覆すのは良くないだろう。
ルーヴ伯爵の面会時間、私は予定通りに法律の勉強を進めていた。
法律に詳しい者を講師として呼んでほしいと乳母に言っておいたら、なぜか父王の第一補佐官が来た。
確かに、記録室の番人だ。
法律には詳しいだろうが、王の執務の補佐をする者がここにいてもいいのだろうか?
「王子は法律書を全て読まれたと聞いておりますが、どの法律に一番興味を持たれましたか?」
建国された頃には王が法そのもので無秩序だったエトワール王国に法律ができたきっかけや最初の法律がどのようなものだったのかという話から始まり、現在、どのように法が制定されているのかということまで語ったところで第一補佐官は私に質問をした。
「性犯罪についてです」
私の回答に第一補佐官は意外そうな表情を見せた。
「貴族間で子供たちをやり取りすることを気にされているようでしたから、人身売買についてご興味がおありなのだと思っておりました」
「確かに、人身売買もひどい犯罪だと考えています。しかし、売る側は金銭的問題を抱えており、そのような場所に残っても子供たちは貧困の問題から逃れられません。売られた先でお腹いっぱい食べれるのであれば、裕福な家庭に買われることが悪いことだとは言えません」
「なるほど」と第一補佐官は頷いた。
「しかし、売られた先で性行為を強要されるのは明らかな虐待です」
「子供たちはそのために買われています。馬小屋の管理のために雇われた子供が何もせずにサボっていれば仕事を辞めさせられるでしょう。それと同様に、性行為のために買われた者がその行為を拒絶することは許されません」
私は第一補佐官の言葉に怒りを覚えた。
第一補佐官という識者でさえ、このような悍ましい考えを持っているのだろうか?
なんて醜く穢れた国なのだろう。
「それのどこが同じなのですか? 馬小屋の掃除をし、馬たちに餌を与え、毛並みを美しく保ち、蹄の確認を行うことと、子供たちの体に無理やり触れて、小さな体に無体を強いて子供たちの体と心を傷つけて自己満足な快楽を得ることの何が同じなのですか?」
怒りのあまり、私の体からは魔力が漏れて出ているのがわかる。
第一補佐官は魔法使いではない。
私が魔力をぶつければそれを防ぐ術はないだろう。
第一補佐官は青ざめている。
私はもうすぐ5歳になる小さな体ではあるが、魔力量は大人顔負けだ。
その魔力が無造作にぶつかってきたらと恐怖しているのかもしれない。
もちろん、魔力をぶつけるつもりなどないし、ましてや魔法を使おうなどとは思っていない。
第一補佐官の真っ青な顔を見て、私は少し冷静になった。
これから私は性犯罪を防ぐ法律を作るつもりだ。
今ここで第一補佐官を怯えさせては、法律作りの際に支障になるかもしれない。
私が気持ちを落ち着かせて魔力を収めようとした時、第一補佐官が私の勉強机に両手をついて前のめりになり、私の顔に顔を近づけた。
「リヒト様! どうしてそのようなことを知っておられるのですか!?」
私は第一補佐官の勢いと質問の意図が分からずにその身を引いて、椅子の背もたれに背中をピッタリくっつけた。
ちなみに、魔力は第一補佐官が怪我をしないように引っ込めた。
「そのようなこととは……?」
「性行為の方法です! まだ4歳の幼子が知るようなことではございません!!」
あ……しまった。
そうだった。もうすぐ5歳とは言えど、まだまだ子供の私が知っていてはおかしい知識だ。
「まさか、わたくしが目を離した隙に、あのクズ前王に…一体、いつ……あのクズ前王を早々に処しておけばこのようなことは…今すぐにでも処さねば…」
私の後ろに立つ乳母が小さな声でぶつぶつと恐ろしいことを言っている。
「乳母、落ち着いてください。私は誰にも何もされていません」
「「では、なぜ!?」」と、乳母と第一補佐官の声が重なった。
私は脳をフル回転させて言い訳を考える。
「えっと……本で読んだような……」
「そのようないかがわしいことが書かれた本はどれですか!? 燃やします! 国中のその本を燃やします! 題名を教えてください!」
「いや、誰かが話しているのを聞いたような……」
「リヒト様のお耳にそのような話をお聞かせした者は誰ですか!? 牢にぶち込みます! 永久に出られないようにしてやります!!」
「いやいや! 城の者ではない!!」
「では、下町の者たちですか!? あの辺りは一掃しましょう!」
「そうではなくて! もっと遠い……そう! 転移先の見知らぬ土地で見知らぬ者たちが話しているのを聞いたのだ!!」
「お一人でいつどこに行かれたというのですか!? わたくしはそのような場面に立ち会っておりません! メイドたちが寝ずの番をしている時ですか!? 寝ずの番に寝てしまった者がいるということでしょうか!? 誰ですか!? いますぐに解雇いたします!」
「小さい頃のことでどのメイドだったか覚えてない! それに、私の睡眠魔法で眠らせたのだから、メイドには罪はない!!」
「もっと小さい頃……リヒト様はまだ4歳ですよ? 去年の話ですか? 2歳の頃は歩き出したばかりですし……」
もうすぐ5歳とは言えど、小さい頃という言い方はかなりおかしかったな……中身は52歳って言えたらどんなに楽だろう。
「睡眠魔法は風属性ですよね」
第一補佐官の言葉に私はしまったと思った。私が光属性の魔法だけでなく、全属性の魔法を使えることはまだ魔塔主と乳母、両親、そして両親が信頼している家臣しか知らないと聞いている。第一補佐官は知らなかったのだろうか?
「王からリヒト様が全属性の魔法を扱えるとは聞いていましたが、本当にそのようなことができるのですね」
どうやら王からは聞いていたものの半信半疑だったようだ。
「第一補佐官、リヒト様を疑うなど失礼ですよ」
「リヒト様を疑ったわけではありません。ただ、親というのはどうしても子供を過大評価してしまうところがあるものですから」
「特に、王は……」と第一補佐官が言葉を濁した。
私の両親の私に対する溺愛ぶりを知っているので、第一補佐官が疑ってしまった気持ちも理解できる。
「しかし」と第一補佐官は私を観察するようにじっと見た。
「まさか、転移魔法まで使えるとは……」
しまった。
転移魔法のことはまだ両親にも秘密にしていたのにうっかり話してしまった。
「魔塔主が興味を持っておられるので、よほど魔法の才に恵まれているのだろうとは思っていましたが、想定以上です」
「第一補佐官、このことは……」
乳母の言葉に第一補佐官は頷いた。
「わかっています。リヒト様からお話しされるまでは王や王妃にも秘密にしておきます」
「それにしても」と第一補佐官は言葉を続けた。
「リヒト様が性行為の方法を知っておられて驚きましたが、貴族間での子供たちのやり取りに対して非常に敏感に行動されていた理由にも納得ができました。そのような知識をお持ちであれば、彼らの行動は非常に汚らわしく、愚かに思えることでしょう」
「……第一補佐官は彼らの行動を許容されるべきだと考えているのではないのですか?」
「先ほどの質問で誤解を与えてしまったようですね。私も彼らの行動が当然の権利であり、許されるべきだとは考えておりません」
私は第一補佐官の言葉にホッとした。
「ただ、現在の法律はそれを取り締まることができませんし、前王の行いがそれが彼らの権利だと認め、許してしまっているのです」
そう。それが問題なのだ。
「前王に対してはまだ対処する力がありませんが、ひとまず、私は法的問題を解決したいと考えています。そのために協力していただけませんか?」
「リヒト様のお披露目が7歳です。その頃から貴族たちにリヒト様の聡明さを知らしめ、一般的な基礎学問を納める13歳から政治的影響力を発揮されるとして、法案を提出するのは王立学園ヴァイスハイトを卒業する頃でしょうか?」
王立学園ヴァイスハイトというのはエトワール王国の王侯貴族の子息令嬢が通う学校だ。
何も問題がなければ12歳で入学し、16歳で卒業だ。
「これまでの慣習をなくす法案ですから、反対する貴族もいるでしょうが、この悍ましい慣習に不快感を抱いている貴族も少なくありませんし、この慣習に特に興味を持っていない貴族も多いので、その者たちを味方につければ法案成立は不可能ではありません」
第一補佐官はそのように正規のルートでの法案成立を私に説明してくれた。
これは私も一度考えた流れだった。
このルートが一番無理がなく、新法制定の正式な流れだ。
だが、これでは遅すぎる。
「第一補佐官、私は最速で法案を通したいと考えています」
それが今の私には無理でも、それを成せる人が私の味方であることを私は知っている。
第一補佐官も私が何を考えているのかはわかっていたのだろう。
少し口角を上げた。
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