第8話 再会
魔塔主の講義は、講義というよりは魔塔主の実験材料になった感じだ。
言われるがままに光の聖剣を作り出して、言われるがままにさまざまな素材を切っていく。
この世界で最も硬いとされる鉱物まで真っ二つだ。
その様子を魔塔主は楽しそうに記録していく。
魔塔主はいつも一人で城に来る。
助手など側に連れていないため、記録も自分で取っているのだ。
「なぜ、助手をおかないのですか?」
「私の話が理解できずに足手纏いになるからです」
「それは魔塔主の説明が足りないからではないですか?」
「頭の悪い者が理解できるのを待つよりもひとりで研究を進めた方が早いのです」
天才の助手をできるのは天才の一言で全てを理解して動ける天才だけということだろうか?
「寂しくないのですか?」
いつもひとりで研究して寂しくはないのだろうか?
「研究材料が目の前にいるのに何が寂しいのですか?」
「研究材料が私という人間じゃなくても寂しくないのですか? 魔獣や魔草を研究することだってあるでしょう?」
「寂しくないですね。彼らは魔力で語りかけてきますから」
「え? 魔力があるものであれば会話が可能なのですか?」
それは初耳だ。ゲームでもそんな話はなかったはずだ。
「はい! ボクの目玉はいい魔石になるよ〜とかワタシを煮詰めたらいい毒薬になるよ〜とかそんな感じです」
「いや、それ、幻聴じゃないですか」
はっはっはっと魔塔主が楽しそうに笑う。
「王子と話していると対等の立場の研究仲間と話しているような気持ちになるから不思議です」
正直、私も魔塔主と話している時が一番気兼ねなく話しているような気がする。
まるで同年代の同等の役職の者と話しているような感じだ。
……課長にまでしかなれなかった私が魔塔主と同等の役職というのは失礼かもしれない。
魔塔主の見た目は非常に若いが、魔法の熟達者という者は魔力量に比例して老化が遅れるものらしいので、魔塔主も見た目よりも随分と歳を取っているのだろう。
もしかすると、50代くらいかもしれない。
「私は残念です」
そう魔塔主が唐突に言ってため息をついた。
光の聖剣はどこまで細くできるのかという魔塔主の疑問に答えて私は光の聖剣の形をレイピアに変化させる。
「魂を見る魔法があれば、王子の魂を見ることができるのに。絶対に他とは違った形なり色なりしていると思うんですよね」
魔塔主の言葉に私はどきりとした。
私が本来はこの世界の者ではないと気付かれたのだろうか?
「魂はどれも同じではないでしょうか? 生まれて成長する過程の方が大事では?」
私はなんとか動揺を隠して言った。
「生まれた瞬間から人の魔力量も属性も違います。それは赤子に宿る魂の魔力量が違うからだと考えられているのです」
「魔力量や属性は魂が入る器側の特性ではないのですか?」
前世の私は魔法など使えなかったのだから、この世界の者の肉体の特性だろう。
「しかし、それでは魔力が膨大な赤子が母体にいる時に母体への負荷がかかりすぎます。それに、これまで胎児の時に膨大な魔力量を感じるという話は聞いたことがありません」
なるほど……
「では、魂と赤子が一緒になった時に魔力が生まれるのかもしれませんね」
私の言葉に魔塔主がじっと私を見る。
「王子は、魂に魔力が宿っていることはないと確信しておられるようですね」
しまった。前世の記憶があるからついそのような話し方をしてしまった。
「いえ……そのようなことはないですよ」
「本当ですか? 魂の秘密について、何かお考えがあるのですよね? ぜひ、お聞かせいただきたいものです」
魔塔主がじりじりと距離を詰めてくる。
「は、針ほどの細さにできましたよ!!!!!」
私はレイピアをさらに細くしていって、これ以上細くしたら光の聖剣が消えてしまうという感覚のところで止めた。
「これは素晴らしいですね」
魔塔主が記録を取る。
「これ、長くできますか?」
魔塔主の質問に私は自分の魔力量と伸びる範囲の感覚を探る。
「長くできますよ。ただ、肉眼で確認できる範囲よりずっと先まで長くできますので室内での実験はできませんね」
屋根に穴でも開けたら大変だ。
「では、今度、望遠魔導具を持って参ります」
「それで」と魔塔主が再び私との距離を詰めた。
「魂についてですが……」
その時、乳母が訓練場に入ってきたため、私は慌てて光の聖剣を消した。
騎士団長とグレデン卿に話をする時に乳母にも光の聖剣の話はしてあるから見られてもいいのだが、反射的に隠してしまった。
「講義終了のお時間になりました」
乳母の一声がかけられると魔塔主は残念そうな様子を見せながらもあっさりと引き下がった。
「それでは、また次の講義でお会いしましょう。リヒト王子」
魔塔主は私の手を取って優雅な仕草で手の甲にキスを落として消えた。
転移魔法で魔塔に戻ったのだろう。
乳母が私の手の甲をハンカチで拭く。
「乳母は魔塔主のことが苦手みたいですね」
「リヒト様にとっては前王の次に危険な存在だと思います」
「魔塔主が興味があるのは私の魔力だけですよ」
「これまではそうだと思いますが、人嫌いのあの者がリヒト様のお名前をお呼びでした」
そうだっただろうか?
これまではただ『王子』と呼んでいたはずだ。
今日もそれに変化はなかったと思うが?
「リヒト様、絶対に魔塔主の前で隙を見せてはいけませんよ?」
乳母の目があまりにも真剣で、私は思わず頷いた。
翌日、私たちは改めて手に入れた下町に馴染みやすい服装で下町へと出かけた。
「リヒト様がそのようなお姿をするなど……」
馬小屋の少年から借りた彼の弟の服は私には少し大きくて、私は手足の袖を捲っていた。
地味な服装をした私に乳母は何やらショックを受けていたが、私としては前回の服装より満足していた。
これなら下町を歩いていてもそれほど目立たないだろうと思ったのだが……
「また来たのか……」
下町を歩き出して早々にゲームでは情報ギルドへの水先案内人役だった男に見つかってしまった。
どうやら彼は我々の顔をしっかり覚えているようだったので、また彼にすぐ追い返されるのかと私は肩を落とした。
しかし、彼は今度は私たちを追い返すことはせずにわざわざ着替えて再び下町に来た私たちに呆れた眼差しを向けて一言「ついてこい」と言った。
彼がまるで迷路のような路地裏をすいすいと歩いていくのについていくと、一軒の古びた建物の一室に通された。
「ここで待ってろ」
水先案内人の男は部屋を後にして、乳母もグレデン卿も警戒を強めた。
私もいざという時には二人を連れて転移できるように心の準備だけはしておいた。
しかし、そんな警戒は杞憂だったようで、次に部屋の扉が開いた時にはグレデン卿を若くした姿がそこにはあった。
「ゲーツ!」
そうグレデン卿が名前を呼び、打てば響くように「兄上!」とゲーツ・グレデンが嬉しそうな表情を見せた。
ゲーツ・グレデンはゲームで情報ギルドのギルド長として登場した時とは違い、グレデン卿と同じ赤い髪をしていた。
ゲームでは黒く染めていたのだろう。
グレデン卿は弟は自分に似ておらず可愛い顔をしていると繰り返し言っていたが、本人を見るとやはり私の記憶が混同するほどに似ている。
グレデン卿から情報を聞いていた騎士団員たちが見たらかなり驚くことだろう。
もしかするとクレームも出るかもしれない。
「ゲーツ、すぐに探し出すことができなくてすまなかった」
グレデン卿は長年探し求めた弟をしっかりと抱きしめて謝罪した。
ゲーツ・グレデンも兄の背中に腕を回した。
「兄上、心配をかけてすみませんでした。グレデン領に戻って父上に見つかればまた王族に引き渡されるか貴族に売られてしまうと思うと戻れなかったのです」
「お前の判断は正しい。すぐに探しにいけなかった私が悪いのだ」
「いえ。私も兄上には無事だという便りくらい出すべきでした」
「それはダメだ。私宛の手紙も父上が先に見たかもしれない。お前は何も悪くないよ」
お互いの至らなかった点を反省し合う二人に私は少し笑ってしまう。
見た目だけではなく、性格までよく似た兄弟だ。
私の存在に気づいたゲーツ・グレデンの目が急に険しくなった。
「兄上、その子供とご婦人は何者ですか? 兄上は自分の家族をこんな危ないところに連れてきたりしないでしょう?」
どうやら私と乳母の存在を警戒しているらしいゲーツ・グレデンに私は名乗った。
「警戒させてしまってすみません。私はリヒト・アインス・エトワール。この女性は私の乳母です」
私が名乗るとゲーツ・グレデンの警戒心がさらに強まった。
「エトワール……王族がなぜ兄上と一緒にいるのだ? それに、現王には王子などいないはずだ! 兄上を謀っているのか!?」
「ゲーツ!」と、グレデン卿が叱るように弟の名前を呼んだ。
「まだ公表されていないだけで、リヒト様は現王の嫡子だ。リヒト様に対しての無礼は護衛騎士である私が許さない」
ずっと探していた実の弟に対してそこまで言わせてしまい、私はなんだか申し訳なくなった。
「お前を探し出すことができたのは全てリヒト様のおかげなのだ。現王もリヒト様も前王とは全く違うから、そのように警戒しなくても大丈夫だ」
グレデン卿の説明に警戒心を緩めてくれたのか、ゲーツ・グレデンの厳しい眼差しが少し和らいだ。
「王子のおかげで私を見つけることができたというのは、どういうことですか?」
ゲーツ・グレデンの問いかけにグレデン卿が口を開きかけた時、再び部屋の扉が開いて水先案内人の男がカップを乗せたトレーを運んで入ってきた。
無骨な男がお茶を運んできた姿はかなり似合わなかった。
「なんだ。あんたらまだ立って話してたのか? 座ったらどうだ?」
乳母をはじめ、グレデン卿もゲーツ・グレデンも私をじっと見た。
位が一番高い私が上座に座らなければ彼らは腰を下ろすことができないのだ。
ゲーツ・グレデンは城から逃げ出してから今日までこの下町で生きていたのだろうが、三つ子の魂百までとはよく言ったもので、王族に対する貴族の礼儀は忘れていないようだ。
グレデン卿のことも『兄上』と呼び、一人称も『私』だった。
ゲームでは『俺』と言っていたので、兄を前にして貴族として生活していた頃の感覚が一時的に戻っているのかもしれない。
もしくは、情報ギルドのギルド長として振る舞う時にはそれらしく演じていたのだろうか?
私が上座の一人がけ用のソファーに座ると、乳母は私の後ろに立った。
グレデン卿が私の護衛としての位置に立つか、弟のそばにいるべきか迷っているようだったので、私はグレデン卿にソファーに座るように勧める。
グレデン卿がソファーに座るとその隣にゲーツ・グレデンが座った。
下町の者たちとは違い、位で行動が制限される様子を見ていた水先案内人が呆れたような表情を見せていた。
それには私も内心で賛同する。
さっさと好きな場所に座ればいいのに、面倒臭いよね。
とてもわかるけど、私が自由な行動をすると下の者たちは戸惑い、動けなくなってしまうだろう。
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