第6話 リナのお願いを達成した


「じゃあ…こっちに…」


 リナが何やら部屋から出ていき……俺もついていくことに。

俺と同じ20歳で……黒髪ショートヘアがチャームポイントの女の子……




 ……部屋から出ると、そこはキッチンだった。



 …そう、だったのか。つまり、先ほどまで俺が寝かされていたあの部屋は、キッチンの隣に位置してたのか。そんなことを考えてたらリナに「これ……」と、何か渡される。


「これは…包丁…」

「マイ包丁なの。…わたしが調理に使ってるこれで、殺してほしい」

「…いつも調理に使ってる包丁で殺せってことか…?」

「そそ」


 それから、リナは地図帳を持ってくる。



「わたしの標的が…よく来る場所って、大体決まってるの…」


 そう言って…リナは指をさしていく。



「ここは…千代田区の神田須田町一丁目…?」

「昼頃よくそこに来るんだよねぇ……。そこで殺してください。人目があっても構いません」



 そんなことを平然と言われ、俺は言葉を返した。


「…ちょっと待て…人の往来の中で殺しても構わないって…そういう意味で言ったのか?」

「うん」


「…おいおい……そんなの目撃者多数で、俺は警察に捕まって終わりじゃねーか…」



 人相、背格好、服装等は当然警察に情報提供され……すぐに捕まってしまうであろう……



「大丈夫だってー。そのための儀式なんだしー」

「…リナまでそう言うのか」


 だから、あの儀式が何だってんだ…?




「…それにしても。…ふふふっ」


 リナは唐突に笑い出す。持ち味のショートヘアもつい揺れる。


「おい…何がおかしいってんだよ?」

「だってご主人様って……警察に捕まる心配はしても。殺すことへの抵抗や葛藤は…ないんだなーって♪」

「……」


 ……言われてみれば…そうだ? 警察に捕まる可能性は考えても、殺しに対する罪悪感や抵抗はなかった。



 …なぜこんなことになっている? リナに指摘されて初めて、自身の心性が何かおかしい(?)ことに気づいた。


 儀式を経たからなのか、それとも、そんなのとは関係なく、元々の俺の本性だったのか? 判別は、つかぬ。




「やっぱりご主人様ってさぁ…わたしの思った通りの…素敵な人だったよ…♪」



 そう言われ、返す言葉が分からなくなった俺は……。とりあえず店を後にしようかと思ったが……



「ところで…殺したいほど憎んでる相手って誰なんだ?」


 興味本位の質問だったけど、単純に、殺す相手が分からなければ殺しようがないというのもあったから聞いた。



「元カレをヲヲおぉおオ!!!!」


 突然リナが絶叫し始める。気が狂ったのかと思った。



「…元カレが…どうしたんだ…?」

「…そいつを殺してほしいんだよおオぉおオオ!!!!」



 瞬間、冷静な顔つきになり、「ま、相手はわたしのこと、恋人とは思ってなかったろうけどー」と他人事のように言い始める。

何だこれは? 躁うつ病の類いか?


「恋人とは思ってないって、どういうことだ?」


 俺がそう聞くと、再び、徐々に徐々に黒髪ショートヘアの女の子の顔が歪んでいった。



「散々利用するだけ利用して、捨てたんだよねー。最初から恋人だなんて思ってなかったんだろうなーってこと…そう思ってたのはわたしだけっていう」


「……何があったんだ?」


「…投資に必要って言われてお金を要求されたの。それが、結構な大金で。最初はバイトでちまちま稼いでたんだけどさー…全然集まんないから風俗行ったの」


 平然と言い放つリナ。


「彼氏がいる状態で風俗で働いた…ということか?」

「いや、背に腹は代えられないでしょ。ってか、期間内に早く出せって言われてたから、わたしも手段を選んでられなかったんだし」

「…どうなったんだ?」

「なんとか間に合ったんだよねー。で、数百万渡したの」

「凄い額を稼いだな……彼氏は?」


「渡したときはめちゃくちゃ喜んでくれてたけど、翌日には音信不通になってたの」

「…なんと」

「はい、金だけもらってトンズラーって感じ」

「…その男を殺せばいいのか?」


「うん。殺して殺して」


 殺意のある目だった。



 …まぁ、散々尽くした挙げ句の結果がこれかってのは、確かに憤りたくなる気持ちは分からなくはない、が。



「…期間内に大金を払えって言われた時点で、そいつの人間性には気づかなかったのか?」

「まぁ、そう言われたら、そうなんだけど」

「そんなにカッコいい男だったのか?」

「んー…外面ってか、内面がね。わたしの趣味だったから」

「リナの趣味…か」


 どんな男がタイプなんだろうか?



「ともかく、わたしの前から姿を消されたんじゃ、もう触れることもできない。接することもできない。ここまで稼いであげたのに…なのに逃げた…。殺してね? ご主人様」


「…分かった」



 …俺は店の外に出て、目的地のほうへと歩を進める。

…すると、リナが後からついてくる。風で黒髪ショートヘアが揺れていた。



「…一緒に来るのか?」

「じゃないと相手が分からないでしょ?」

「ってか…メイド服のままで来るのか」

「大丈夫だってー」


 そんな のうてんきな会話をしながら、やがて俺たちは…地下鉄である銀座線へと乗り込んでいった。

なぜなら千代田区神田須田町一丁目とは、まさにその沿線区域に当たる場所だったから…である。




「ねぇ…」

「何だ…?」


 …ゴトンゴトンと揺れる地下鉄車両の中で。視線先のドアの外は真っ暗な中で、隣に座ってるリナが…話しかけてくる。



「大学の1限目ってさぁ。いつから始まんの?」

「…俺のとこは8時45分からだが」

「じゃあ、朝の8時台くらいの電車に乗るんだね?」

「…そうだな」

「混んでるでしょ? それと比べたら今の…お昼の時間はすいてるよねぇ」

「あぁ」

「よかったね~」



 今から殺しにいくとはとても思えない会話だったのだった。



 そうしてるうちに…目的地へと着いた。俺とリナは車両を降り…改札口を抜ける。


 …地上に出ると、太陽の日差しが輝いていた。時刻は午後1時くらいだった。


「こっちこっち」


 気づけば俺の手を引くリナに…ついていくと……やがて足の動きは止まる。俺は辺りを見渡して。



「ここは…神田駅北口交差点…か」


 視界には…中小のビルが立ち並んでる。オフィス街…といったところか。




「ここに来るのか?」

「うん。よく会社を訪れてるみたい」

「リナの元カレは会社員?」

「いや、大学生なの。ご主人様と同じだね」

「そうか」


 リナは俺と同じ20歳であるから。付き合ってた相手が大学生だったとしても、別に違和感はなかった。


「なんかねー、投資しそうな会社を、直接見に行ってるんだって」

「…見極めてるってことか?」

「というより、投資するからには一度見ておかないと気が済まないって言ってた」

「…そうなのか」


 いわゆるデイトレーダーとしてそれは普通なのだろうか??


 いや普通かは俺には分からない。俺は株式だの投資だのには詳しくな―― などと考えていたときだった。




 リナの顔色が変わった。視線を俺の後ろへと向けていく。




「ねぇ…あの男…」

「…あいつが?」

「うん」


 横断歩道の前まで、歩いてきている一人の男がいた。

スーツではない。当たり障りのない私服ってやつで。何を考えてるか分からない男のようにも思える。


 …この男に、リナは投資詐欺でだまされたってことか。そうして奴は行方をくらまし……恋人としての関係を無理やり終わらせた。




「…ねぇ」



 リナが俺の服の裾をつかんでいたことに気づいた。



「あの男にわたしは…わたしは…っ」



 震えがリナから伝わってくる。物理的にも、精神的にも。



「…分かった」




 俺はリナから離れて歩き出していった。

…持っていたカバンの開封と同時進行だった。


 白昼堂々、包丁をカバンから取り出す時点で、何かがもうおかしいわけだが、とにかく俺は近づいていく。



「あの…」

「…ぁ?」


 俺の軽い呼びかけで、男が振り向いたところで。


 腹に思いっきり刺した。



「あぁ……ッ?!」



 まさか刺されるとは思っていなかったのだろう。あるいは刺した衝撃や、それによる激痛もあったのか、男の身体は揺らぐ。とりあえず俺は包丁を腹から抜いた。


 直後、鮮血があふれ出し、俺の衣服にもまとわりついていく。

「キヤーー!!」と通行人が悲鳴を上げたのも、それからすぐのことだった。



 男は完全に身体のバランスを崩し、仰向けに倒れていく。



 …今ので終わり? これで男は死ぬ?


 いやまだ分からない。心臓という急所に刺せていたかは分からない。微妙にずれていたかもしれないよな…


 俺はかがんで、腹めがけて再び刺した。


「がぁアあぁあッ!!?」


 男は絶叫を上げ、口からは血がほとばしって。ついに内臓が破裂し、そこから血が逆流して口から出てきたということなのだろう…?


 俺は静かにそんなことを考えながら次々と刺していった。


「あァ…ッ!!!」


 声にもならない声を聞きながら俺は手を振り下ろしていく……果たして今のが致命傷になったか? いや分からない。心臓に当たってなかったかも……? 俺は再び刺した。


 心臓に当たってなかったかも……? 再び刺した。心臓に当たってなかったかも……? 再び刺した。


 心臓に当たってなかったかも……? 再び刺した。


 …俺の横目に、交差点の車がゆっくりと通り過ぎていくのが見える。

きっと何事かと、こちらを見るためにスピードをわざと遅くしているのだろう?



 ところで俺の衣服は返り血で真っ赤になっている。というか、俺の顔にも血がかかっている……


 あァ……生温かい……!! これは確かに、先ほどまで生きてた人間の血なんだろう……



「……」



 いつのまにか男は身動き一つしなくなっており。瞳孔も開いている。死んでいるのが分かった。


 それが確認できた俺は、メイド服のリナのところへ行く。



「これで……いいか」

「うん、よかったよ♪」



 とっても、はつらつとした笑顔。とりあえず俺は…血のついたシャツを処分するためにも… 一旦自分の家へと帰ることにした。


 …アパートの扉を開けて、中へと入って、一息つく。



 そういえば。さっきのこと、当然ニュースになってるよな…。俺はテレビをつけた。


「それでは…レポーターの文野ふみのさん! 中継をお願いします!」

「はい! こちらは事件のあった千代田区の、神田駅北口交差点なのですが――」


 おぉ……さっそくやってる…。


 やがてレポーターは「一体、ここで何が起こったのか?? インタビューしていきたいと思います」と言い、通行人にマイクを向けていった。


「驚きました…まさかいきなり自殺するなんて」

「車から見てたんですけどね。そりゃあ、自分のお腹を何度も何度も…」

「包丁で自分を刺してたんですよね…」


 複数人にインタビューしていく中で、俺はそのうち、とてもおかしなことに気づいた。


「…自殺…? 自殺って何だ…??」


 やがて映像は切り替わり、スタジオへと戻される。


「以上、現地からの中継でした。…というわけで、白昼堂々の自殺…というわけですが…」

「気でも狂ってしまったんですかねぇ…」


 司会の言葉に、ゲストがそう返していく。


 …何が何やら分からなかった。…あの男は、俺が殺したのではなかったのか? なぜか、男が自殺したということになっている……



 その後も、複数の媒体を確認してみたが、どうやら男子大学生が自分で腹を刺して自殺したと処理されてるようで。……意味が分からなかった。まったくもって意味が分からなかった。



「自殺ってことになってるけど、お前たちが何かしたのか?」

「ううん…わたしたちは何もしてないしー」


 冥土喫茶へ向かった俺は、さっそくそんな会話をリナとしていた。

…本当はみんなに聞きたかったのだが、店内にいたのはメイド服を着たリナ一人だけで。


「何もしてないって……じゃあ何であんなことが……」


「それより……ねぇ、ご主人様。…何するの?」

「……ん?」


「だからさ、もちろん…忘れたわけじゃないでしょ? わたしたちのお願い叶えてくれたら…何でもするって言ったじゃんね」


「あぁ。それは覚えてる」


 俺は 直接的すぎる言葉で言った。



「お前と性行為させろ…」



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