第5話 何でも…しますから……


 俺と距離を置くどころかカオリさん…は…


「やっぱりあなたは…素晴らしい……」


 カオリさんから…逆に恍惚な笑みで言われる。


「抵抗なく人を殺せる……そんなお方を……私は待ち焦がれていたのです……っ」


 顔を赤く上気させ、「はぁ…はぁ…」と息を荒くするカオリさんが目の前にいた。



 胸をまさぐり始めていた。


 それは…まるで性行為を始めようとする女性の顔だった。


 そして、4人のメイドは口をそろえて言い放った。


「イケニエになってくれますかご主人様?」


 …意識が暗転してくる。な、何だ…? そこで俺は。自分が椅子から崩れ落ちていってることに気づいた。

睡眠薬……さっきのフルーツジュースに入っていたのか……?




 気づいたら俺は、見知らぬ部屋にいた。たくさんのロウソクが見える…火がついている…暖炉も燃えている……


 女性4人が俺を見下ろしている……


「お目覚めですかぁ…? ご主人様…」


 …ナツキの声。…起きたら、可愛らしいメイドさんにささやかれている…などと手放しで喜べる状況ではなかった。そういう状況ではなかった。なぜなら俺の体は、拘束されていたからである…?!


 …まるで手術台のような硬い台の上に俺はあおむけの状態…で…金属具で両手両足が拘束されてる。…できることと言えば、せいぜい首を少しだけ持ち上げて、辺りをかろうじて見渡すことくらいしかできない。


 だからこそ分かったのだが、より、異様な状況であることに気づいた。


「そのノコギリは……何だ……?」


 彼女たちが持っている刃がギザギザのそれは、どうにも、ノコギリそのものに思えて仕方なかった。


「今から…ご主人様を切断するので…」

「ぁ……あぁ………?」


 リナの言葉を受けて俺はめまいが…。耳をふさぎたいと思う。

だが、耳をふさごうにも腕が動かせないから…無理だった……



 …え? 何でだ? なぜ俺は…今から切断されなければならない……

そんな流れでもあったか……? 俺は先ほどの状況を必死に思い出す。



『やっぱりあなたは…素晴らしい……』

『抵抗なく人を殺せる……そんなお方を……私は待ち焦がれていたのです……っ』



 そうだ…俺は…カオリさんに……俺の殺しに対する価値観を理解してもらえたんだ。なのに、俺を殺すなんてどういうことなんだ…? 話の流れが全く分からなかった。


「カオリさん…!!!」


 その人物に必死に呼びかけた。必死に…――


「あなたは、俺を殺すつもりなんですか!? 何で!!? どういうことですか…!?」


 やはりその人物も、手にノコギリを持ったままで、こちらを静かに見下ろしていて。…唇が動いた。


「殺すのではありません。イケニエです」

「………は?」


 面喰らう。


 ……今……カオリさんは…何て言った?? 妙な言葉が聞こえた気がしたんだが……

イケニエって何だ? イケニエって、儀式とかで使われる言葉の、あの生け贄か……?


「イケニエになることであなたはサタンになるんですよ…。そして私たちの願いを叶えてもらいます」

「………?」


 この人は何を言ってるんだ? ……分からない……理解の範疇を超えている気がした……

カオリさんは何て言ったんだ? 今、確かに、サタン(?)とかいう非現実的用語が飛び交った気がする。理解が追いつかない。



「ま、そういうことだから」


 あっけらかんとミキがそう言い放つ。リナとナツキも、何か頷いて恍惚な表情を浮かべてる。みんなそのつもりでノコギリを持っているのだと分かった。




 意味が分からなかった。ただ一つ分かることは、この子たちは頭がおかしいということだった。


 …儀式をして、本当に俺がサタン(?)とやらになると…本気で思ってるってことなのか……?


 この女どもは頭がイカれてるにもほどがあると思った。だが、事態は待ってくれない。カオリさんが言い放った。


「それでは、準備に取りかかります」

「準備……って……」


 4人のメイドは暖炉のほうに顔を向けたかと思うと、一斉に…


「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…」


 何事だ。念仏を唱え始めた。確かに、ナムアミダブツと繰り返している。


「それ…何…?」

「今の念仏は私たちの中では意味をなしません。なぜなら私たちは形式主義を実行してるにすぎないからです。…要は何を思ってるかが重要なのです」


 意味の分からないことを言われ、俺は混乱した。




 そのうちに彼女たちは、何やら移動を開始しており…やがて…動きが静かに止まる。


 俺の右手のほうに…黒髪おさげのカオリさん。右足のほうに…茶髪ポニテのミキ。

左手のほうに…黒髪ショートヘアのリナ。左足のほうに…金髪ツインテのナツキ。手に、改めてノコギリを持っている。持っている。嫌な予感がした。


「おい……やめろ……!」


 が、どうやらメイドたちはもはや聞く耳を持たないようで。それどころかカオリさんからこんなことを言われた。


「あなたを切断するのは、もうこれで13回目なのです。そろそろ成功させたいのですが」


 じゃあ俺は今まで12回殺されてるのか? いや何をバカなことを言って…俺はそもそも一度だって殺されてない… と思ってる隙に、彼女たちはノコギリを持ち上げていく。


 …あぁ……逃げられな…い…金属具で固定……そういえば。

気づけば…動けなかったのだ、


 気づけば…俺の身体は押さえつけられ、その間に、四肢は切断された。ノコギリを手にしたメイド4人が、俺の右手、右足、左手、左足をそれぞれ切断したのだった。


 一体何が起こったのか、信じられない状況を目の当たりにしたようだ。



「あー!!!!」



 ところが。直後に違和感を覚えた。



 痛みを全くといっていいほど感じなかったからである。



「あれ?」


 おかしい。確かに目の前には、切断された俺の右手・右足・左手・左足がそれぞれころがっていた。こんなことをされて痛みを感じないはずない…のに…?


 …それにしても。四肢を切断されて残った胴体って……なんか、ヘビみたいだなあ。四肢がないし。


 と、そんなバカみたいなことを思ってるうちに、メイドたちは…次々と放り込んでいく。


 暖炉に……俺の四肢を……!


 ナツキが…左足を。リナが…左手を。ミキが…右足を。そしてカオリさんが…右手を。次々と暖炉に放り込んでいく。火がパチパチっと舞い上がり、勢いを増す。


「それでは…次は…」


 カオリさんのその掛け声とともに、4人のメイドは俺の胴体を力を合わせて運んでいって…、「せーの…!」の合図で暖炉に投げ込んだ。またしても火は勢いを増す。


「あぁ…俺の体が…燃えている……」


 俺はとても悲しい気持ちになった。


 ……


 ……?


 今さらながら、俺は状況がであることに気づいた。



 なぜ俺は……自分をができてるんだ…?



 というか、にあるのだ…??


 そんな俺の思考を見透かしたかのごとく、4人のメイドが一斉にこちらを振り向いた。まるでホラーそのもので。



「儀式は…成功しました。あなたは…サタンになりました」

「……は?」


 あ…あぁ…そういえば。この子たちは、俺をサタン(?)とやらにしたくて、こんな儀式をしていたんだっけか……? 荒唐無稽すぎて何がなんやら…



 何の気なしに俺は視線を変えてみた。すると、すぐ真下に両手があるのが確認できる。両足も見えるぞ。胴体も…!


 まさかと思い、自分の手を上へと動かしてみたら……頬に当たる感触が……! どうやら顔もあるらしい。改めて真下を見てみるが、着ていた衣服も儀式の前と同じものを身につけてる。



 ……両手両足がつながっている自分がいた。何もかもが……元通り……だ。



「大丈夫ですか? ご主人様」

「大丈夫…なわけないだろうが…!?」


 俺は逆ギレするかのごとくメイドたちに怒鳴り散らす。そりゃそうだろう…こんな異常な状況で…?!


「とりあえず……安心してください……?」


 メイドたちは等身大の鏡を持ってきて。…そこに映ってるのは、俺だ。両手両足がつながっていて。顔も俺そのものだった。まるで儀式などなかったかのようで…


「お前たちは…何がしたかったんだよ…?」

「……」


 息を整えたかと思うと、カオリさんは一歩前に出て…静かに答えた。


「私たちには…それぞれどうしても…殺したいほど憎んでる相手がいるのです……」


 ……


 何やら、目の前の女の子たちには事情がありそうだった。


「だから…ご主人様に…殺していただきたくて…っ」


 切実そうな顔で言葉を発していくカオリさん。


「……ちょっと待ってくださいよ。俺に…殺人の片棒をかつがせようってんですか…? ……警察に捕まれっていうんですか?」

「そのための儀式です…あなたは警察には捕まりません…」

「は?」


 …儀式をしたから警察には捕まらないって…どういう理屈なんだ……?


「いや、そもそも…何で俺がそんなことしないといけな――」

「何でも…しますから…」

「…え?」




「何でも…しますから……」




 それは、今にも性行為をしそうな、顔を上気させた表情そのもの……で……。嘘や誇張の類いではないことが伝わってきた。


「カオリさん…本気ですか?」

「はい…」

「…後悔はしませんね…?」

「はい。絶対にしません。…むしろ私は…」

「……カオリさん…」



 そこで俺は、カオリさんの後ろにいた3人にも呼びかける。


「…お前らもそうなのか?」


 すると、3人は前に出て…


「カオリさんと同じだよ」

「ってか、儀式する時点でね」

「ま…覚悟は決めてんで……」


 リナ、ミキ、ナツキが順にそう答えた。言い方はとてもラフだが、どうやら本気らしい。


「何でもしますって言葉…忘れんじゃねーぞ…?」


 まるで俺は、それを恫喝のように4人のメイドに向かって発した。



 ………俺はどうしてしまったのだろうか。はて。こんな直接的に、欲求を突きつけるタイプの人間だったっけ?


 ……儀式とかで、サタン(?)とやらになったから?


 いや、儀式とか関係なく、元々の俺という人間の本性がこうだったのだろうか…?



「必ずや…ご主人様のご要望にお応えします…」

「それならいい。…で……誰の要望から聞けばいいんだ?」

「私は最後でいいので年下の子を優先してください」


 そうカオリさんに言われ、他3人は話し合いの結果、ジャンケンをして勝った者順、ということになり。

それで。リナ、ミキ、ナツキの順となっていく。



「じゃあ…こっちに…」


 リナが何やら部屋から出ていき……俺もついていくことに。


 ……リナの妙に色っぽい後ろ姿を見ながら、思った。


 リナの要望を……お願いを達成したら、俺と同じ歳の……20歳のこの子と性行為ができるってことか……と。



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