第4話 性的行動


 ドアはカオリさんに施錠され、カーテンも閉められていく。


「……え?」


 俺は店に閉じ込められた。それだけではない。

俺のことを、気づけば4人が囲んでいたのである。……四方…を……



 正面には黒髪おさげのカオリさん。右側には茶髪ポニーテールのミキ。左側には金髪ツインテールのナツキ。背後には黒髪ショートヘアのリナ……




 今になって思えば。もっと早くこの店の異様さに気づいてもよかったのかもしれない。


 なぜならこの店は。客が俺以外誰もいなかった。今さら俺はそんなことを把握した。

…なぜ今まで気づかなかった……目の前のメイドの可愛さに意識が行き過ぎていた、ゆえに……?


「ご主人様…。突然このように囲んでしまい…どうかお許しください…」

「……あの、何をしようとしてるんですか……?」


 俺はカオリさんに疑問を投げかける。

これは、客を驚かせるためのお店側のドッキリ演出…か何かか?


 …それにしては妙だった。4人からはユーモア的な雰囲気は一切感じられなかったのだ……? 表情が……深刻そのもの…… ミキのような明るい子まで、そんな得体の知れない表情を…なしていて…


「なぁ…どうしたんだよ? ミキ……?」


 俺の右側にたたずんでいたミキに話しかける。

すると、「ねぇご主人様。歌のかごめかごめ、みたいじゃない…?」と返答されてしまう。


 直後、左側からナツキの声が聞こえた。「今のミキの例えは、言い得て妙だよねー…」と……


 ワケが分からなくなった俺は、とにかく、平常心を保とうとして……今度は背後にいたリナに適当に、話しかけた。まるでフレンドリーに。


「あ…! 珍しいなぁ! …接客が嫌なリナが…メイド服を着てるってさ…!」

「接客は嫌だけど、あなたには興味があるので…」

「……え…?」


 思ってもいなかった言葉を返された。


 ……? …どういう興味…なんだろうか…。……どうにも異様な状況であったから、男が聞いて喜ぶような類いの興味だと、素直に受け取ることはできず…に…―― と、そんなときだった。




「実はあなたのことは前から知ってたんですよ…」


 カオリさんが口を開いた。


「……え? 前から…知ってた…?」

「はい。…あなたの名前は、館林たてばやし じゅんですよね…♪」

「……」


 まさしくそれは俺の本名だった。…何で知ってるんだ? 俺、名乗ってなかったよな…??

そんな疑問をかなぐり捨てるように、カオリさんは言葉を続けていく…続けていく。


「あなたは地下鉄である銀座線を利用していますね? 大学に行くために。最寄駅は…田原駅ですよね…?」

「ちょ…ちょっと……」

「……♪」


 ……背筋がゾワっとした……。何が起こってる…


「……え、じゃあ住所も……」

「当然、じゃあないですか」


 バレてる…?


「どこまで…俺のことを知ってんです…?」

「例えば…あなたが高校2年生のときにしたことも、知ってますよ」

「え…」


「犬の食事に農薬を混ぜ、殺したことがあったでしょう?」


「!!? なんで……そんなこと……?」


 あまりにピンポイントすぎる出来事を指摘された俺は動揺に襲われ、放心状態になった。



 あぁ……そうだ。事実である。確かに俺は高2だったとき、隣の家の犬が、よく鳴くからうるさいとのことで、農薬を食事に混ぜて殺したことがある…………


「なぜ知っていた、と言われても…自然と知っていたとしか言いようがありません」

「…いや、それはおかしいだろう…… こんな…普通は誰も知らないようなこと――」


「ところで、なんだけど」


 そのとき、ミキが声を上げた。


「その犬の飼い主って、ここのオーナーなんだよね」

「…!?」


 瞬間的に声が出なくなる。そこで俺は、点と点が線になっていく感覚に…………

だからか。だからカオリさん、いや、おそらくはミキたちも…このことを知ってるのか……



 …ちょっと待てよ…だとすると…オーナーは、俺が食事に農薬を混ぜているところを、目撃してたってことか…? そういうことだよな…?? てっきり俺は、バレないようにできたと思っていたのだが…見られてたってことか……?



「ははは……」


 俺は渇いた笑いを浮かべて、カオリさんに尋ねた。


「もしかして、そのネタで俺をゆするつもりですか? 脅しってやつですか?」

「…とんでもないです。脅すなんてそんな…。私はただ、確かめたいことがあって…」

「確かめたいこと?」

「……あなたに、質問しなければいけないことがあります」


 カオリさんは、俺の目をじっと見て…そして言葉を紡いだ。


「犬を殺したとき、どういう心境でしたか?」


「……」




 質問の意図は何だ?と思ったが、とりあえず……本音を言ってみるか……。


「どういう心境も何も、うるさかったから殺したとしか……」

「そのとき、罪悪感とかは抱きませんでしたか?」

「…あの、蚊を殺すときに、いちいち罪悪感を抱かないのと一緒ですよ」

「つまり…蚊を殺すのと同じ感覚で犬を殺したと?」

「そう、ですね。めざわりだったので殺しました」

「……」


 思考をしてるような表情を見せたかと思えば、直後、カオリさんは言い放った。



「あなたは大量殺人を犯す素質があります」


「は? 殺人って、人間を殺すってこと??」

「はい」

「また、どうしてそんな…?」

「…エスカレートです」

「…エスカレート?」


「蚊を殺す感覚で犬を殺せたのであれば、今度はその感覚で、人間を対象にするんじゃあないですか…? 蚊や犬を同じ生き物と見なしているのであれば、人間もまた同じ生き物ですよね」

「…つまり…?」


「あなたは、いずれ気に入らない人間を殺すことになります。それも抵抗なく。蚊を殺すのと同じ軽い気持ちで、人を次々と殺していくのでしょう」


 俺は…なんだか辟易としていた。…ため息をつきながら言う。


「…さっきから何を言いたいんです? 説教でもするつもりなんですか…?」

「めっそうもないです」


 そして次の瞬間―― 俺と距離を置くどころかカオリさん…は…


「やっぱりあなたは…素晴らしい……」


 カオリさんから…逆に恍惚な笑みで言われる。


「抵抗なく人を殺せる……そんなお方を……私は待ち焦がれていたのです……っ」


 顔を赤く上気させ、「はぁ…はぁ…」と息を荒くするカオリさんが目の前にいた。



 胸をまさぐり始めていた。



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